今年の国立大学の入試問題を解答し、次年度の受験生のヒントにしたいと考えます。
今回は九州大学です。世界史は文学部のみの選択科目で旧帝大の中では最も歴史が浅く、東京大学の問題構成をモデルにしています。新課程からは「歴史総合、日本史／世界史探究」からの出題です。
あくまで解答例であって正解ではありません。著作権はぶんぶんにあります。
九州大学は所定のアドレスにメールを送ると「標準解答例」をダウンロードできます。期間限定ですので（５月初旬から一ヶ月ほど）ご入用の方は検索してください。
追記
2025年はメールなしで問題がアップされています。ご入用の人はお早めに。
＊解答例作成の方針
- 受験生と同じく何も見ないで解答する。ただし途中でお茶を飲んだりトイレに行ったりはする（ルール違反）
- 解答を作ったら、受験生がアクセスできる教科書（実教出版、帝国書院、東京書籍、山川出版社の２冊）・資料集（帝国書院、浜島書店）・参考書（詳説世界史研究）でウラを取る（イカサマ）
- 仕上げに河合塾、駿台、東進、代ゼミの解答速報と比較する
- 解説は関連する一般書を利用する
問題は東進過去問データベース（要会員登録）。河合塾と代ゼミの解答速報はすぐ消えます。
文中の記号（短答問題）
◎：必答 ○：まあいける △：やや難しいが解答すれば合格に近づく
▲：かなり難しい ×：ドボン（満点防止問題）
一問一答の出題パターン
ま：判別が紛らわしいもの や：書くのがややこしいもの
こ：事項の細かいいつどこだれ
り：教科書の記述内容を理解できている、またその知識から推理する
ぜ：有名な事項のあとひとつ ゆ：現在の言葉の由来、フルネーム
て：権力に抵抗した、または宥和しようとした人や事件
ク：他教科クロスオーバー グ：グローバルもの
目次
過去10年分の第1問と第2問の出題
| 年度 | 大問１ | 大問2の中の小論述 |
| 2015 | 17世紀〜20世紀半ばにかけての北アメリカの住民構成の変化 600字 | 中ソ国境紛争と中国、ソ連のその後 |
| 2016 | シンガポール、ジブラルタル、スエズ運河の存在が帝国主義時代のイギリスの世界経営において共通して持っていた意味 500字 | イスラームにおけるカリフ権の変化 |
| 2017 | １ 六世紀末～14世紀の中国における諸王朝の首都の立地とそれを中心とする交通・輸送網と経済・商業の関係 500字 | 14世紀～15世紀のイングランドの人口・経済・産業構造の変化 |
| 2018 | 三つの一神教の成立過程 600字以内 | 王家の家紋に見られるそれぞれの王の系譜、統治の意識 |
| 2019 | 17世紀半ばから19世紀末にかけて、ヨーロッパの国際体制の展開 500字以内 | グラフのうちイギリスの小麦価格の推移をしめすものはどちらかとその判断の理由 |
| 2020 | 古代～19世紀までの西洋文明における政治と宗教との関係 600字以内 | 朝鮮の国際的地位の変化と1919年の蜂起の背景 |
| 2021 | 9世紀前半から20世紀前半までの世界史における普通選挙制の実現と女性参政権の拡大の過程について 600字以内 | 1840年以降、新天地を求めてアメリカに赴く中国人移民の動きが始まり、1860年以降に活発化した背景 |
| 2022 | 国際連盟と国際連合の設立の経緯 600字 | 第一回・第二回・第三回十字軍の結果を説明 |
| 2023 | 19～20世紀の青年将校の反乱 500字以内 | 大乗仏教 明の海禁の緩和 |
| 2024 | 15～20世紀のヨーロッパ美術の特徴と背景 550字以内 | 第二次世界大戦後~パレスチナ戦争 1956年の反ソ暴動 |
| 2025 | 紀元1世紀頃からイギリス東インド会社のインド進出に至るまでのインド洋海域の状況 600字以内 | 贖宥状の説明。ポーツマス条約に対する日本国内の不満の理由 |
コメント
大論述は東京大学と同じで、長いスパンの展開が基本で、似た事項の比較を絡ませることもあります。リード文中のヒントと指定語句が親切です。文字数は500字～600字と多めです。
第2問は資料を読ませた上で200字程度の中論述と50～100字程度の小論述を課します。2025年は大論述が長くなったので小論述は100字、30字と控え目です。資料文は平易で、教科書の内容を時系列で書けば何とかなります。東大や北大の小論述、私立大学の200字程度の中論述を練習しましょう。
１
設問
インド洋をめぐる海上交通は歴史的にどのような変遷をたどってきたのか。紀元1世紀頃からイギリス東インド会社のインド進出に至るまでの時期の状況、交流に伴う沿岸地域の文化的変容にも言及しながら。600字以内
用語から芋づる連想
紀元後１世紀に季節風（ヒッパロスの風）を利用してローマからインド東南アジアにかけての交易が行われていた。『エリュトゥラー海案内記』に詳しい。著者はローマ領のエジプトに住んでいたギリシア人とされている
紅海
４世紀にはアクスム王国、12世紀からはカーリミー商人がここを通ってインド洋と地中海とをつなぐ貿易をしていた。
東南アジア
扶南の外港オケオからはローマの金貨が出土している。インドとの貿易が進む中で「インド化」とよばれる仏教、ヒンドゥー教、王権思想、サンスクリット語を自らの政権の正当化に使う動きが起こる。７世紀からはシュリーヴィジャヤ王国やシャイレンドラ朝など大乗仏教の港市国家が繁栄する。
ダウ船
アラビア商人の船でインド洋の交易で使われる。パブリックドメインの画像。
スワヒリ文化
10世紀にアラブ人が東アフリカに住みつき、現地の文化と融合したスワヒリ文化が栄える。東アフリカからは象牙、金、奴隷などが輸出された。
ジャンク船
宋代になると中国商人がジャンク船を使って東南アジアまで商品を買い付けに来るようになった。パブリックドメインの画像。
13世紀にユーラシアを統合し、草原の道と海の道をつなぐ大循環ルートを生み出した。東南アジアに出兵して朝貢を呼びかけた。
ヴァスコ=ダ=ガマ
15世紀末にインド洋を横断してカリカットに到着した。以後ポルトガルがインド洋で香辛料貿易に乗り出した。しかしポルトガルの国力ではインド洋交易を支配することはできなかった。
キーワード以外で「インド洋と文化変容」に関わること
インド南部東岸にあったドラヴィダ語族系のタミル人の国。前期チョーラ朝はクシャーナ朝やサータヴァーハナ朝と同時代で、さらに南に同じタミル人の国家パーンディヤ朝があった。インド洋交易圏の中で胡椒などの特産品をローマに輸出していた。
後期チョーラ朝は東南アジアのマラッカ海峡地域で海上交易で栄えていた三仏斉に遠征軍を送って制圧している。
ヴィジャヤナガル王国
14世紀から17世紀にかけて繁栄したデカン高原以南の南インドで繁栄したヒンドゥー教国。北インドのムスリム政権に対抗するために軍馬をインド洋交易を通じてアラブ商人から購入した。
イギリス東インド会社
1600年に設立された特許会社。最初は東南アジアで香辛料貿易を行うが1623年のアンボイナ事件でオランダに敗北、その後はインドに商館を置き綿織物をヨーロッパに運んだ。
解答例
紀元1世紀から季節風を利用する航海法が開発されギリシア系エジプト商人がインド洋に進出し、サータヴァーハナ朝と胡椒や金貨を取引した。4世紀には紅海からエチオピアの商人も進出した。東南アジアではインド商人が来航するとヒンドゥー神などインド文化で王権を正当化するインド化が進み、諸島部では大乗仏教の国家が栄えた。８世紀にムスリム商人がダウ船を使ってインド洋交易に参入し、一部はアフリカ東海岸に移住して象牙や奴隷を扱い、現地の文化と融合してスワヒリ文化が生まれた。10世紀の南インドではチョーラ朝が東南アジアに遠征し、中国商人のジャンク船が来航して絹や陶磁器が持ち込まれた。12世紀後半にはカーリミー商人が紅海を経由してインド洋と地中海を結ぶ交易を行ない、カイロが繫栄した。13世紀にモンゴル帝国がユーラシアを支配すると海上交易にも力を入れムスリム商人が活躍した。14世紀のヴィジャヤナガル王国は北部のイスラーム政権と戦うためにインド洋交易で軍馬を購入した。15世紀初頭に鄭和がマラッカを基地にインド洋の港市に朝貢を促し、その後マラッカ国王が明に朝貢しつつイスラームに改宗してムスリム商人と関係を保ち、東南アジアでイスラーム王国が生まれた。15世紀末にヴァスコ=ダ=ガマがインド航路を開発しポルトガルがインド洋でムスリム商人と香辛料貿易の利益を争った。17世紀にはイギリス東インド会社がインド産綿織物をヨーロッパに出荷した。600字
解答の方針と注意点
工エｴェｪ(´д｀)ｪェｴエ工 これ600字で収まるの？
九州大学の問題はスパンが長いから困りものだが、テーマは「インド洋をめぐる海上交通」と「交流に伴う沿岸地域の文化的変容」なので書くことを絞る。
解答例は、
- 紀元後１世紀：季節風貿易でローマの金貨やアジアの胡椒がもたらされる
- ４世紀：東南アジアのインド化
- ムスリム商人：東アフリカでスワヒリ文化
- チョーラ朝：中国物産がインドにもたらされる
- カーリミー商人：地中海とインド洋、さらに南シナ海をつなぐ
- モンゴル：ユーラシア循環ルート
- ヴィジャヤナガル王国：南インドに馬を持ち込む
- マラッカ王国：明に朝貢しつつイスラームに改宗、東南アジアにイスラーム王国ができる
- ヴァスコ＝ダ＝ガマ：ポルトガルが香辛料貿易に参入、鉄砲や戦争技術を持ち込む
- イギリス東インド会社：綿織物の取引は産業革命につながる
のように、インド洋の往来と文化変容と関係のあるものだけに絞って600字にした。
過去回
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
２
資料
１ ヤコブス＝デ＝ウォラギネ『黄金伝説』
２ マルティン＝ルター「天来の預言者を駁する、聖像とサクラメントについて」
３ 「復讐者！」『パンチ』1900年7月25日
解答例
問1
問2 ③（×三頭政治はディオクレティアヌス帝の時代ではない）◎
問3 (1)九十五カ条の論題で異議を唱えた事業の内容。事業の背景および教会が購入者に対してあるものの意義をどう説明したかについて触れつつ 100字以内▲り
レオ10世はサン=ピエトロ大聖堂改修の資金集めに贖宥状をドイツで販売した。ローマ教会は贖宥状購入を善行のひとつとしていたが販売に当たった修道会はこれを買えばすべての罪が赦され魂が天国に行けると宣伝した。100字
問4 ④（A ラテン語 B ドイツ語）◎
問5 (1) 義和団◎ (2) 扶清滅洋◎
問7 (1) 大韓帝国○ゆ
(2) ポーツマス条約に対して人々は条約の内容のどのような点について不満を抱いたか。30字以内○総
人的犠牲や増税の割に賠償金がないなど得たものが見合わないから 30字
解答のポイント
九州大学の大問２は資料を読んで考察するパターンが続いていたが、今回は資料文の下線についての短答問題が多い。
問３(1)事業の内容＝贖宥状の販売、事業の背景＝サン＝ピエトロ大聖堂の改修、「教会が購入者に贖宥状の意義をどう説明したか」は、ルターが批判したのはルターのライバル修道会のあこぎな売り方だったので、解答例では「贖宥状の趣旨はこうだが修道会は…」という形にした。
なお贖宥状で贖える罪は教会法で定められた罪で、キリスト教のいう人間の原罪は本人が悔い改める以外にない。最初ルターは九十五か条の論題で贖宥状を批判したのはその点で、のちに贖宥状そのものを否定した。
問７(2)は歴史総合からの出題。ぶんぶんの歴史総合の授業で生徒はEテレ高校講座の日本史で日比谷焼き討ち事件を視聴し、なぜ起きたのかを考える。
宗教改革について
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
３
解答例
問1 A 十二イマーム派△こ B シャー△こ C パフレヴィー朝○や
問2 ウイグル◎
問3 (1) リューリク○こ （2） ③（ノヴゴロド国）◎
問4 漢人◎
(3) アイヌ（2019年（ ）施策推進法）◎総
問6 ③（ECSC 1952年）→⑤（EEC 1958年）→②（EC 1967年）◎
問8 ヘレネス◎
問9 シェイエス◎
解答のポイント
やや書きにくいものはあるが、大コロンビア以外は難関私立（ご近所だと西南学院大学）を併願している人なら書けるはず。
国立の一問一答の直前チェックにはこれが最適。
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
歴史総合はどれ？
歴史総合の枠組みは近代以降の日本と世界の関わり。今回の出題で歴史総合の教科書からの出題は、２の問7(2)の30字論述、３の問5(3)の２題だけ。
九州大学の世界史の大論述、中小論述のタイトルを見るとコテコテの世界史問題で、 特に従来２は2018年の「王家の紋章」問題のような史料を読んで考察する意欲的な問題が好んで出されていた。「歴史総合から出題」が足かせになっている気がした。
とはいえ来年からは浪人生への配慮はなくなるので、１の大論述で歴史総合からたっぷり出される可能性もあるので、歴史総合の網羅的な学習はしておきたい。
特別企画 歴史総合・日本史の４
（日）日本史の知識 （総）日・世・歴総の共通知識
問1 ア：東京音楽学校（日） イ：田口卯吉（日）
問2 血盟団事件（日）
問3 日英通商航海条約の内容を２つ
領事裁判権の撤廃（総）、関税率の一部引き上げ（総）、最恵国待遇の双務化（日）、内地雑居の容認（日）
問4 金融恐慌発生の背景。150字（総） 語群：戦後恐慌 手形 関東大震災
大戦後にヨーロッパが復興すると日本は工業製品の販売不振から戦後恐慌になった。日本銀行が企業に融資するが、関東大震災で多数の企業が被災して震災手形と呼ばれる大量の不良債権が発生した。さらに大蔵大臣の失言で銀行の危機的な経営状況が明らかになり、全国の銀行に預金者が殺到して銀行は営業停止に追い込まれた。149字
問5 史料Bの書簡が作成された時代背景について。120字（総）
日本はGHQ占領下で武装解除され新憲法で軍隊の保持が禁止された。しかし冷戦がはじまり東アジアで共産党政権が成立すると日本は反共の拠点と位置づけ直され、朝鮮戦争で在日米軍が朝鮮に出動するためGHQは警察力拡充の名目で日本の再武装を許可した。119字
コメント
問3、大阪大学が「中学生の知識」と強弁する「日英通商航海条約」。歴史総合は「日本国民としての自覚を促す」のが目標なので、次は世界史側で出題されそうです。
問4、歴史総合の授業で大戦景気→戦後恐慌→関東大震災→金融恐慌→昭和恐慌をやったばかりなのでバッチリ覚えていました。なお慶應義塾大学文学部の小論述が日本産生糸や繭の価格暴落と世界恐慌をリンクさせる問題で、今後も狙われそうです。
問5、ぶんぶんの高校で使っている公共の教科書では憲法の平和主義の扱いがペラペラなので多少詳しめに授業したので覚えていました。「日本が反共の砦に」は岸信介と国際勝共連合の蜜月関係からすっかり有名になりました。
紹介した問題は歴史総合の関心事なので、世界史選択生も準備しておきましょう。
まとめ
- 基本は用語の知識（名前と意味）です。５W１Hや教科書の周辺記述とともに用語を記憶し、どの方向から聞かれても答えられるようにしましょう。特に用語から内容が言えるようにしましょう
- 大論述はリード文のヒントと指定語句が親切です。教科書の知識が頭の中に入っていて、ヒントから必要な事項を思い出してつなげます。普段の授業から「これはあれと似てる」「これはあれにつながる」とギラギラしましょう
- 一問一答は権力に抵抗した人、弾圧した人が出やすいです。授業中からその辺を意識しましょう
- 過去問が少ない分、他の国立大学の大論述や小論述、難関私立大学のリード文がしっかりしている問題を探して取り組みましょう。
- 今年は過年度生に配慮してか歴史総合は控え目でしたが、油断しないで教科書は特に日本史関連に注意して網羅的に学習しておきましょう。
