難関私立大学で毎年出題される文化史、第4回は受験生が最も手が回りにくい20世紀のヨーロッパ文化です。
19世紀に科学が発達し、ヨーロッパ人は人類の進歩に疑いを抱きませんでしたが、第一次世界大戦では大量殺人のために科学が使われます。まさに「野蛮への回帰」です。この衝撃が新しい文化を生み出します。
目次
4 20世紀の文化
特徴 科学技術の進歩と科学万能主義への批判
①科学技術
映像
映画 19世紀末フランスで実用化(リュミエール兄弟)
1910年代に移民の教育目的にアメリカで普及
[1 ](米)『白雪姫』(1937)世界初の長編アニメーション映画
[2 ](米)映画俳優・監督 『モダンタイムス』『独裁者』
テレビ放送:1936年,イギリスで開始
コンピュータ
1946年に発明 1990年代 インターネットの普及
物理学
ナチ党の迫害で亡命 原子爆弾開発
生物学
遺伝子学の発展:DNAの発見と解明。遺伝子組み換え技術
クローン技術(英 クローン羊のドリー)
移動手段
自動車 [5 ]の大量生産方式
航空機 プロペラ飛行機:1903年に[6 ]兄弟の初飛行
ロケット 第二次世界大戦末期に登場
→有人宇宙飛行(ガガーリン)
補足
民間企業による商業用ラジオ放送は1920年にアメリカ・ペンシルベニア州ピッツバーグで始まり、開局初日の番組は大統領選挙の開票情報で、ハーディング候補の当選を伝えました。ラジオはジャズ音楽などアメリカの大衆文化の普及に寄与しました。
マストアイテム
ドリーは、世界初の哺乳類の体細胞クローンである雌羊で、1996年に体細胞の核を除核した胚細胞に移植する技術によって誕生しました。
ドリーの剥製 TimVickersさん撮影 ウィキメディアコモンズ、パブリックドメインの画像
「フォード・モデルT」は1908年に発売され、以後1927年まで約1,500万台が生産されました。ベルトコンベアによる流れ作業方式(フォード・システム)でコストダウンを実現し、労働者にも手が届く自動車でした。
しかし流れ作業の単調な労働はまるで人間を機械扱いしていると『モダン・タイムス』などで風刺されます。
1913~14年頃のハイランドパーク工場におけるフォード・モデルT のボディとシャシーの架装ライン光景
『モダン・タイムス』(1937年)いずれもウィキメディアコモンズ、パグリックドメインの画像
1957年10月4日、カザフスタンにあるバイコヌール基地から打ち上げられたR-7ロケットから世界初の人工衛星「スプートニク1号」が軌道に投入されました。球体が発した信号は世界中で観測されました。いわゆる「スプートニク・ショック」です。
アメリカ合衆国も翌年に人工衛星を打ち上げますが(ヴァンガード計画)失敗します。米ソのミサイル技術差はアメリカ国内で「ミサイル・ギャップ」と呼ばれました。
フルシチョフは人工衛星やICBM(大陸間弾道ミサイル)の実験を通じて「いつでも核ミサイルを合衆国に落とせる」という印象を与えて外交的に優位に立とうとしましたが、核ミサイルの性能はまだまだでした。
アメリカは偵察機(U2)を飛ばしていて、その辺の事情を知っていましたが黙っていました。敵は怖い方が国内世論を誘導するのに好都合です。
アメリカは威信回復のために「アポロ計画」に莫大な予算をつぎ込みます。ぶんぶんはちょうど物心ついた頃で、打ち上げが延びてテレビの前でジュースを飲みながら(なぜかその日はおかわり自由だった)待っていた記憶があります。
1969年はベトナム戦争の真っ最中。最前線の兵士たちは何を思ったのでしょうか。
空欄
1 ディズニー
2 チャップリン
3 ペニシリン
4 アインシュタイン
5 フォード
6 ライト
7 スプートニク1号
②哲学・社会科学
第一次世界大戦の衝撃→ヨーロッパ近代への批判
[8 ](独)『西洋の没落』 ヨーロッパ文明の没落を予言
サルトル(仏)『存在と無』人間の主体性や内面の自由を重んじる
精神分析学
[9 ](墺)個人の深層心理を「夢」から分析
[10 ](独)近代社会の官僚化傾向を指摘
デューイ(米)ら 価値あるものを真理と捉える
経済学
[11 ](英)需要と供給・雇用の調和均衡をはかる
その他
レヴィ=ストロース(仏)『野生の思考』
人類学。構造主義(現象から構造を抽出してそれを元に現象を理解)
西洋の目線から見た「東洋」像を批判 ポストコロニアル理論
補足
第二次世界大戦は未曾有の惨事となります。人間はモノ以下の扱い、不条理の極みです。「人の生きている意味って何?」です。
サルトルは1945年の講演で「人間の本質はあらかじめ決められておらず、実存(現実に存在すること)が先行した存在である。だからこそ、人間は自ら世界を意味づけ行為を選び取り、自分自身で意味を生み出さなければならない」 と訴えます。
*サルトルの言葉を借りると「ペーパーナイフは紙を切るという目的が先にあって生まれているが、人間は 目的を持って生まれている訳ではない」です。
つまり人間は根源的に「自由」が与えられているから、自分自身があらゆる行動の意味を決めなければならない、そこには絶対的な孤独と責任が伴います。
この不安と上手につきあうためには「アンガージュマン」(社会へ積極的に参加する)、つまり自由を自ら拘束していくことが自由を最も生かす方法だ、とサルトルは主張します。
ヨーロッパ近代を「ヨコ」からの視点で批判したのがサイードです。
彼は膨大な著作の研究を通じてヨーロッパ人がオリエント(主に中東)をどのように認識してきたかを明らかにしました。ヨーロッパはオリエントを自らの「外部」にある後進的なものととらえ、それがヨーロッパによる植民地支配を正当化していました。
日本に住む私たちも、中東の情報を直接ではなくヨーロッパ経由で知ることが多く、その情報にヨーロッパの「フィルター」がかかっていることに無自覚だと、同じ偏見を持ってしまう可能性があります。
オリエンタリズムはフェミニズムと同じく歴史を違う角度から切り込み、当然視されていたことを再考するのに有効な視座です。
空欄
8 シュペングラー
9 フロイト
10 マックス=ヴェーバー
11 ケインズ
③文学
[12 ](仏)『ジャン=クリストフ』
カミュ(仏)『異邦人』『ペスト』人間の不条理と反抗
バーナード=ショー(英) フェビアン協会の設立に参加
[13 ](英)スペイン内戦に参加 『カタロニア賛歌』
[14 ](独)『魔の山』 反ファシズム ナチスの迫害で亡命
スペイン内戦に参加
補足
カミュの『ペスト』はカフカの『変身』(ある日起きたら虫になっていた)とともに不条理文学として有名です。 ある街に突然ペストが蔓延し、人々は不条理な死と向き合いあうことになります。
災害時は団結です。どこかの政府みたいに無策・災害に乗じて利益誘導するとか、スケープゴートを作って国民を分断するなどもってのほかです。
オーウェルの『1984年』はソ連の全体主義を批判しているのですが、読んでいくと他人事ではありません。共通テスト初年度に登場。出題者はよくわかってます。
空欄
12 ロマン=ロラン
13 オーウェル
14 トーマス=マン
15 ヘミングウェー
④美術 音楽
野獣派(フォーヴィスム)
単純化されたフォルムと鮮明な原色 マティス(仏)ルオー(仏)
立体派(キュビスム)
物体の構成を総体的に表現しようとする
[16 ](西)『ゲルニカ』→スペイン内戦
超現実派(17 )
その他
[18 ](メキシコ) 壁画を手がける メキシコ革命に参加
建築
ル・コルビュジエ(スイス・フランス)国立西洋美術館の基本設計
現代音楽
シェーンベルク(墺)無調・十二音音楽
(19 ) アメリカの黒人音楽から誕生→1920年代から流行
(20 ) 1960年代後半 アメリカ合衆国
体制への異議申し立て 「ヒッピー」などの若者文化
ロック音楽 1950年代に誕生,強いリズムと躍動感
ビートルズ(英)
補足
パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックが創始したキュビスムは、これまでの絵画が一視点から描かれていたのに対し、いろいろな角度から見た物の形を一つの画面に収めて描くのが特徴です。死後70年経過していないので画像なし。 本買ってください。
シケイロスは『詳説世界史B』にデカデカと載っているため最近入試で見かけます。社会主義リアリズムの画家で、マルクス主義者を広言し、1932年と1940年(トロツキーの暗殺未遂に関わった容疑)の2度メキシコから追放されています。
シケイロス作の未完成の壁画(1940年代)メキシコ、サン・ミゲール・デ・アジェンテの文化的中心である美術学校の中にある ウィキメディアコモンズ パブリックドメインの画像
空欄
16 ピカソ
17 シュールレアリズム
18 シケイロス
19 ジャズ
20 カウンターカルチャー
休憩タイム
シェーンベルクの無調 12音技法
Schönberg: Piano Suite, Gould (1965) シェーンベルク ピアノ組曲 グールド
まとめ
科学は人間の生活をよくする一方、人間をモノ扱いする危険性もはらみます。ふたつの世界大戦はまさにその極みです。20世紀の文化の多くは19世紀の人々が絶対視していた「科学」や「近代」を疑うことから発しています。
また20世紀は国民が政治の主役です。芸術を通しての政治批判や異議申し立てが行われるようになり、それは次第にロックのような誰でもできる方法へと拡大します。
21世紀の「アラブの春」はSNSの投稿から火がついたのは記憶に新しいです。
昨今「芸能人は政治に口出しするな」という(その発言自身が政治的であることに無自覚な)意見が見受けられますが、私たちは主権者ですから「おかしい」と思ったことは自分の得意なことで声を上げるのは当然の権利です。
教科書では扱いが少ない20世紀の文化ですが、21世紀を生きる私たちにとって示唆に富みます。大学に合格したあかつきには読みあさってください。
おわりに
文化史学習で「入試で出るから」という動機で作品名・人名・内容を機械的に暗記すれば、確かに1点2点は増えるでしょうが、それは出題者の意図ではありません。
文化史を学ぶことで「これがあれにつながるんだ!」と発見し、ある地域と時代のあり方、他地域との関係をトータルに理解することが重要です。この知識の有機的なつながりが「教養」です。
先人の知恵を学び、それを組み合わせて新しい視点を生み出す。平和なときには「穀潰し」(笑)でも、有事の時には人々が間違った方に向かないように諫める、それが「人文知」と私は考えます。
昨今日本では人文学を軽視し、高校のカリキュラムも入試問題も実用礼賛という「反知性主義」が吹き荒れています。
私は、勉強を我彼の序列をつけたり学歴を得たりするためのツールとみなし、大学に合格したら終わり、学問には関心がない、その状態で実社会に出たら英語で恥をかいた、そういう経験から「大学の学問は役に立たない」(そのくせ学者は偉そう)と思い込んでいる人の存在が背景にあると考えます。
ぶんぶんは地方で世界史を細々と教える身ですが、受験のための勉強であってもそれが教養となり、それのおかげで世の中のヤバさに気づき、行動できる人がひとりでも増えること、それが私のささやかな「アンガージュマン」です。
実業界のエキスパートはこう主張しています。
受験生の頑張りと実り多い大学生活を祈念します。
ヨーロッパ文化史直前チェックリンク集
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
17・18世紀
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
19世紀
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com