はじめに
太郎と花子がカフェで入試について話をしている。
花子:太郎さん、先日○○大学を受験してきたけど、世界史の問題が若干変わってたよ。
太郎:花子さん、それは入試改革の影響だよ。文科省は「学力の三要素」を掲げていて大学に思考力や判断力、表現力を評価する出題をするよう求めているんだって。
花子:その大学の世界史って、去年までは一般は( ア )で、英語検定利用方式は( イ )だったけど、今年は前者がなくなって、私は後者を受けたんだけど( ウ )みたいになってた。
太郎:つまり世界史の問題というよりは( エ )の問題ってことかな。ということは( オ )みたいな準備が必要だよね。
花子:受験生はその大学だけを受けるわけではないのにね。
設問1 次の会話文中の空欄( ア )~( ウ )に入れる文章あ~うの組み合わせとして正しそうに思えるものを①~⑥の中から選べ。
あ 難問奇問が多め
い 資料をヒントに教科書の知識を使ってまとめる論述式
う 資料を読解して意見を書く論述式
①ア:あ イ:い ウ:う
②ア:あ イ:う ウ:い
③ア:い イ:あ ウ:う
④ア:い イ:う ウ:あ
⑤ア:う イ:あ ウ:い
⑥ア:う イ:い ウ:あ
設問2 次の会話文中の空欄( エ )( オ )に入れる組み合わせとして正しそうに思えるものを①~④の中から選べ。
( エ )に入れる文章
あ 運転免許試験
い 国語の試験
( オ )に入れる文章
X 教科書の学習よりも友達と話し合いや発表を重視する
Y 教科書の知識をつけた上で新書などを読み討論する
① あーX ② あーY ③ いーX ④ いーY
本シリーズでは2021年度の私立大学の世界史入試問題を解いてみて、傾向が変わっているのかどうかを検証します。来年度の受験生のお役に立てればと思います。
今回は上智大学です。文科省の入試改革にあわせて難問・奇問で有名な一般試験を取りやめ、世界史の出題はTEAP方式の論述のみになりました。
ブログのアクセス解析をしていると、過去の上智大学TEAP方式へのアクセスがちょくちょくあります。お困りの人がいるようです。
問題は東進の過去問ライブラリーから、また上智大学のHPにもそのうち問題と出題意図が掲載されます(「リンクを貼るときは書面で申し込み」なので各自でググってください)。解答例はぶんぶんのオリジナルであり、正解ではありません。
上智の難問・奇問オンパレードについてはこちら この間名古屋大学の悪問奇問についてTwitterでつぶやいていたら、著者様からレスをいただきました。
過去記事
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
目次
1 上智大学 TEAP方式 過去の出題
史料1 | 史料2 | 小論述 | 中・大論述 | 大論述 | |
2015 | 権利章典 | フランス人権宣言 | 球戯場の誓いの意義40字 | 「世界を一回りしたのは1789年宣言だ」とはどういうことか120字 | 権利章典と人権宣言の「人権」の違い400字 |
2016 | 植民地の独立と課題 | 18世紀末のスペイン領ラテンアメリカとアメリカ合衆国の人口比率 | アメリカ合衆国の黒人の立場と解放の歴史20字程度×4 | スペイン領ラテンアメリカと13植民地の社会構造の違いを考察350字 | |
2017 | チェアダーエフの文章 | トルストイの文章 | 両者のロシアのあるべき姿の考え方の違い300字 | 両者と文明論的意味。同じ論争をした日本やトルコの例をあげつつ300字 | |
2018 | ヨーロッパ統合に関する文章 | 文中のヨーロッパ統合を加速させる要因と抑制する要因について300字 | ヨーロッパ統合の二つの形態とイギリスのEU離脱について300字 | ||
2019 | 第一次世界大戦の講和をめぐる複数の資料 | 中東欧に国民国家を適用する問題点120字 | WW1後のヨーロッパの覇権の揺らぎ350字 | ||
2020 | ザビエルについての記述 | ザビエルを取り巻く世界の動き200字 | イエズス会の活動が「香料と霊魂」と受け止められている理由とそれに対する受験生の考え350字 |
このところは客観式の正誤判定問題5題、小~中論述1題、大論述1題6と形式は安定しています。問題は大論述で、2019年までは教科書の知識を「運用する」出題でしたが、2020年から様子が変わってきました。
2 2021年 解答例
設問1
(1) a
誤文:クリミア半島を含む黒海沿岸を領土にしたのはピョートル1世ではなくエカチェリーナ2世
(2) b
誤文:アレクサンドル2世はポーランド鎮圧後は反動化
(3) c
(4) b
誤文:イギリスとロシアは英露協商でアフガニスタンについて妥協し、1919年にアフガニスタンは独立を達成
(5) c
正誤問題パートは高校の学習を真面目にしていれば間違うことはない。
設問2
課題
1860年のロシアにおける供給不足の原因を含め、19世紀を通じての国際的な綿花生産・供給の事情を、下記の用語をすべて用いて論述。150~200字
解答例
19世紀にイギリスで産業革命が本格化すると西インド諸島やアメリカ南部で綿花プランテーションが発達した。インドはイギリス産綿織物の流入で手織りの綿織物産業が衰退し、イギリスの綿花供給地に転落した。19世紀の半ばには合衆国がイギリスへの最大の綿花供給地となるが、南北戦争が発生すると供給が途絶し、インド産綿花の輸入が増加したのに加えてエジプトやフェルガナ地方で綿花生産が拡大した。186字
解答作成のポイント
共通テスト試行調査(2018年)の問題
上智大学は共通テストに新規参入し、英語民間検定導入にも熱心で、試行調査の問題も拝借するし、入試改革の優等生です。(´・ω・`)
このグラフの1860年代に急増する「その他」が鍵です。ブログの過去回で、エジプトが英仏の口車に乗って綿花プランテーションと鉄道建設に莫大な資金を貸し付け、借金が焦げ付いてスエズ運河を手放す話をしました。
帝政ロシアも産業革命が発生しはじめると、南北戦争で供給が不安定になったアメリカ産に代えて、フェルガナ地方で綿花の生産を始めました。
BLM運動が盛り上がりを見せていたので、アメリカの奴隷制について準備していた受験生は多かったと思うので、大筋は書けたはずです。
補足
1940年代にはソ連が社会主義の理想を追求するべく、アラル海周辺で灌漑による集団農場を建設し、極東から朝鮮系の人が強制移住させられて綿花生産等に従事しました。
アラル海は塩湖で豊富な漁場でしたが、湖に注ぐ川の水を無計画に(計画経済なのに)使用したため、1960年ぐらいからアラル海は干上がりました。
アラル海の様子。1989年 (左) 、2014年 (右)。アメリカ航空宇宙局(NASA)によって作成されたもので、特記事項がないのでパブリックドメインです。
設問3
冒頭の文章と、カフカースや中央アジアにおける少数勢力の立場について叙述した文章の論旨を踏まえ、(2番目の文章の末尾の)「カフカースやトルキスタンの諸勢力は」に続く空欄に当たる文章を完成させる 250~300字
解答メモ
課題文の段落ごとの要約
最初の文章
- ヨーロッパ列強はオスマン帝国への関与を深めていた。
- ロシアはオスマン帝国と境を接し、18世紀以来黒海沿岸やカフカースに進出する。この地域はムスリムを信奉する様々なエスニック集団が居住。ロシアはコサックをそこへ入植させる
- クリミア戦争でロシアは敗北した
- 敗北後アレクサンドル2世は近代化に着手
- 敗北後ロシアの関心はトルキスタンへ
- イギリスとロシアはユーラシア内陸部で勢力圏争い
- トルキスタンでロシアはムスリムの抵抗に遭う
- トルキスタンはロシアにとって綿花の供給地としての価値がある
- アフガニスタンでもロシアとイギリスは対立
- 英露協商で英露は中央アジアの勢力圏で妥協。ソヴィエト=ロシアはアフガニスタンの独立をいち早く承認
二つ目の文章
- クリミア戦争中にカフカースのエスニック集団、とりわけチェチェン人を率いたシャミールはロシアと戦い、オスマン帝国やイギリスに支援を求めた
- イギリスは最初このムスリム勢力を支援したが手を引き、シャミールはロシアに降伏してムスリムを懐柔した
- トルキスタンではメルヴ一帯で住民が激しく抵抗したが敗北した
- 大国の動きだけを見ていてはユーラシアの地域秩序の本来の姿を把握することはできない
解答例
遊牧民の伝統やイスラームの信仰を軸に多様なエスニック集団を形成していた。ロシアが18世紀以降両地域に進出しクリミア戦争敗北後に侵略を本格化させると、彼らはオスマン帝国やイギリスに援助を求めるなど国際情勢を見ながら抵抗した。しかしロシアは両地域を支配下に置き、鉄道建設や綿花生産など「ロシア化」を進め、中央アジアではイギリスと英露協商を結び支配権を固めた。両地域ではロシアに抵抗する過程でイスラームと民族的自覚が結びつき、ロシア革命を機に独立を宣言するがソヴィエト政府に押さえ込まれた。ソ連が崩壊するとトルキスタンは独立し、カフカースではチェチェンのムスリム勢力がロシアからの独立を求めて争っている。298字
解答のポイント
国公立の論述問題の解答例を数多く自作しているぶんぶんでさえ「なんじゃこりゃぁ~!」と思うぐらいなので、試験場の受験生は凍りついたのではないかと。
*いや、TEAPで好スコアを取る首都圏の高校生なら、教科書はとっくに終わっていて、大学生向けの入門書の輪読会で議論を戦わせているかもしれない。これが「身の丈入試」なのか…。(´・ω・`)
ぶんぶんは課題を見て、まさか天下の上智大学が「ダブルパッセージの上っ面だけまとめるだけ」というゴ○みたいな共通テストの真似をするはずがない、何か別の意図があると感じました。
ぶんぶんの解釈はこうです。
- 私たちがカフカースや中央アジアを「周辺部」と思っているのは西欧中心主義にどっぷり浸かっているから
- ユーラシアの内側から歴史を見れば、遊牧世界の方が長く世界の「中心」で、独自の文化を保つだけでなく日常から移動と交流をしているので「国際」感覚も豊か
- それを「周縁」であるヨーロッパが侵略していく。とりわけこれら地域と隣接し「ヨーロッパの中の周縁」であるロシアが露骨な侵略をする
- 侵略の過程でヨーロッパの「民族」が持ち込まれ、ユーラシア中央でイスラームと結びついた民族意識が芽生え、抵抗の根拠となる
- ロシア革命を機にこれら地域は独立を目指すが、ソヴィエト=ロシアは宗教や民族を社会主義建設の障害になる前近代の遺物とみなし、民族運動を弾圧し、住民を強制移住させた
- ソ連が崩壊してトルキスタンにはイスラーム共和国が独立、チェチェンでは自立を求めるムスリム勢力とそれを認めないロシア共和国の間で暴力の連鎖が続く
解答例は、チェチェン紛争を射程に入れて300字にまとめてみました。「課題文を要約するだけでいいです」なら出題意図に反するので低評価でしょう。
東進の解答速報は課題文の要約に近く、コーカンド=ハン国の併合などの具体例を追加して字数を稼いでいます。
まとめ
- 2020年、2021年と意見を求める問題が出現。
- 客観式問題は難関私立の正誤問題レベル、中論述は教科書の知識で解答できる難易度。
- この方式で合格したいなら早めに教科書を終わらせて、小グループで新書の読書会を開催し、議論するなど大学生のような勉強をした方がいい。
- 他大学併願の人はこの方式はパスして共通テスト利用で合格するのが得策。