はじめに
難関私立大学の一部で世界史の論述問題が出題されていますが、教科書の内容を時系列に説明できれば答案になる出題が大半です。
そうした中で異彩を放つのが上智大学TEAP方式で、お困りの受験生が多いのか当ブログにアクセスが集中します。
上智大学の一般試験世界史は悪問・難問・奇問のデパートとして悪名高く、『絶対に解けない受験世界史』の常連でしたが、文科省の入試改革にあわせて世界史の出題はTEAP方式の論述のみになりました。
問題は東進の過去問ライブラリーから。上智大学のHPにも問題と出題意図が掲載されます。その時にぶんぶんの解答例が大間違いならコソーリ直します(インチキ)。
解答例はぶんぶんのオリジナルであり正解ではありません。
東進さんは頼りになります。関関同立の問題も全部上げてください。
過去記事
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
上智大学の解答例
目次
1 上智大学 TEAP方式 過去の出題
史料1 | 史料2 | 小論述 | 中・大論述 | 大論述 | |
2015 | 権利章典 | フランス人権宣言 | 球戯場の誓いの意義40字 | 「世界を一回りしたのは1789年宣言だ」とはどういうことか120字 | 権利章典と人権宣言の「人権」の違い400字 |
2016 | 植民地の独立と課題 | 18世紀末のスペイン領ラテンアメリカとアメリカ合衆国の人口比率 | アメリカ合衆国の黒人の立場と解放の歴史20字程度×4 | スペイン領ラテンアメリカと13植民地の社会構造の違いを考察350字 | |
2017 | チェアダーエフの文章 | トルストイの文章 | 両者のロシアのあるべき姿の考え方の違い300字 | 両者と文明論的意味。同じ論争をした日本やトルコの例をあげつつ300字 | |
2018 | ヨーロッパ統合に関する文章 | 文中のヨーロッパ統合を加速させる要因と抑制する要因について300字 | ヨーロッパ統合の二つの形態とイギリスのEU離脱について300字 | ||
2019 | 第一次世界大戦の講和をめぐる複数の資料 | 中東欧に国民国家を適用する問題点120字 | WW1後のヨーロッパの覇権の揺らぎ350字 | ||
2020 | ザビエルについての記述 | ザビエルを取り巻く世界の動き200字 | イエズス会の活動が「香料と霊魂」と受け止められている理由と筆者の考え350字 | ||
2021 | ロシアの中央アジア支配 | カフカースにおける少数勢力の立場 | 19世紀を通じての国際的な綿花生産・供給の事情200字 | カフカースや中央アジアにおける少数勢力の立場について叙述した文章の続きを書く300字 | |
2022 | アメリカ合衆国の黒人について | モザンビークの植民地支配 | 19世紀から20世紀にかけての合衆国の黒人差別制度の変遷200字 | 植民地支配の理想と実態とはそれぞれどのようなものであったといえるか300字 | |
2023 | 「北の十字軍」に関する考察 | 大学生二人の「正しい戦争」についての話 | 北ヨーロッパ商業圏の特徴 200字以内 | 会話文の議論と問題文を結び付けて「北の十字軍」がどのようなものか説明350字以内 | |
2024 | 世界史の歴史に関する考察 | 大学生二人の「現代において世界史の過去のあり方を学ぶ意義」に関する話 | 大航海時代のヨーロッパへの影響200字以内 | 現代において世界史の過去のあり方を学ぶ意義について、大学生のレポートの続きを書く350字以内 |
客観式の正誤判定問題5題、200字中論述1題、300~350字大論述1題、複数テキスト参照という形式が定着しました。この2年は文科省の顔を立てて大学生の疑似会話文とのダブルパッセージになっています。
正誤判定問題は完答マスト、中論述は教科書の内容を時系列で説明できれば解答可能です。このふたつの出来が合否に直結します。
大論述は2020年から世界史の知識を使って課題文を読解・要約した上で受験生の意見を述べる出題が続いています。出題の趣旨を理解した要約が書ければ大きな差はつかない、逆に言うとそれを外すと大幅減点になると考えます。
2 2024年 解答例
設問1
凡例
○:正文 ×誤文:間違いを含む単文。正誤ポイントを解説
難易度メーター
◎:必答 ○:まあ解ける △:やや難だか難関私大合格には必要
▲:かなり難しい ×:ドボン
(1)b○
a 春秋は四書ではなく五経の一つ
(2)d◎
a ササン朝が敗北したのはニハーヴァンドの戦い
(3)a◎
b 北方戦争はピョートル1世
c モンテスキューは『法の精神』
(4)c◎
×ギリシアの独立承認はサン=ステファノ条約ではなくアドリアノープル条約
(5)b◎
○イギリスは19世紀に穀物法や航海法を廃止して自由貿易を進めた
a オランダが強勢栽培制度を始めたのはジャワ島
c 蒸気船を開発したのはフルトン。スティーブンソンは蒸気機関車の改良
d アフリカ西海岸で奴隷貿易を行ったのはベニン王国やダホメー王国
解答に向けて
正誤問題パートは点を取らせる問題で、高校の学習内容が定着していればまず間違うことはありません。特に今回はすべて即答できます。
私立の入試問題をこなして、人名や事件名からその5W1H、特に「なに=内容」を即座に思い出せるようにしましょう。
リヴァプール~マンチェスター間の鉄道。機関車はロケット号。ちなみにフルトンの蒸気船はクラーモント号。パブリックドメイン。
設問2
課題
大航海時代に世界と結びつくことで16世紀のヨーロッパ経済に生じた変化。200字以内
語群 商業革命 価格革命 地中海沿岸 銀
解答作成に向けてのメモ
指定語句から芋づる
商業革命
大航海時代で西ヨーロッパからアジアに直接行けるようになったため、ヨーロッパ商業の中心が地中海沿岸から大西洋沿岸に移動した。その結果フィレンツェやヴェネツィアなど地中海都市が衰退した。
価格革命
新大陸からの大量の銀が流入して物価の騰貴が起こり、固定地代に頼る封建領主が没落した。銀山を経営していたフッガー家も没落した。
それ以外
西ヨーロッパで人口が増加する中、東ヨーロッパでは農奴の束縛を強化して安価な穀物を西ヨーロッパに供給した。この結果西欧と東欧のあり方に違いが表れた。
解答例
新航路の開発でヨーロッパ人がムスリム商人を介さずアジアとの直接交易が可能になり、商業の中心地が地中海沿岸から大西洋沿岸に移る商業革命が起きた。また人口増加と新大陸からもたらされた大量の銀によって物価の騰貴が生じる価格革命が起きて、固定地代に頼る封建領主が没落した。この結果西ヨーロッパでは商工業が発展し食糧が不足すると、東ヨーロッパでは農奴制を強化して安価な穀物を西欧に輸出する農場領主制が発達した。200字
解答作成のポイント
最近の研究では新大陸の銀の流入以前から人口増加の影響で物価が上昇しているので、そういうニュアンスにした(東進さんの解答例も同様)。また商業革命と価格革命だけでは字数が不足するので(大本営の解答例はその二つで押し切っている)、東ヨーロッパの農場領主制も追加した。「新大陸産の作物が伝来し特にジャガイモは寒冷地帯の食糧事情を改善した」は生活の変化なので割愛。
参考
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
設問3
課題
問題文を読んだ大学生が「現代において世界史の過去のあり方を学ぶ意義について、自分の考えを述べなさい」というレポートの続きを書く。問題文を踏まえること問題文で触れられた過去の歴史や世界史に対する考え方から少なくともひとつの考え方を取り上げる(300字~350字以内)。
問題文(抜粋)
テキスト1 「世界史の世界史」
- 地球全体がつながり始める大航海時代前の人々は「世界史」という意識は希薄で人々の描く歴史は自分たちの文明や地域に限られざるを得なかった
- 中国では王朝ごとの歴史が書かれる。王朝の地理的・領域的な範囲を「中国」と呼びその文化や生活様式がいきわたった範囲を中華とする
- ヘロドトスの『歴史』はギリシアのみならずヨーロッパ、小アジア、オリエント世界までも対象とした歴史である。辺境地域などへの偏見や空想を含むが当時の歴史叙述としてはギリシア中心主義でない異文化間を示している
- キリスト教やイスラームでは宗教的観点から世界の創造から終末までを描く人類史、普遍史を描く。アウグスティヌスは聖書に基づく神の歴史と地上の歴史を描き、タバリーはムハンマド以前のペルシアの王の列伝とムハンマド後の歴史を描き、世界の歴史の始まりから終わりまでを描こうとした
- 啓蒙思想は博物学の知識から信仰に依拠しない人類史を描こうとした。それは歴史を未開から文明へと人類全体が移行する進歩史観にもとづく歴史である
- ランケは19世紀のロマン主義やナショナリズムを背景に、普遍的な進歩史観を否定し、それぞれの時代や地域に個性があると考え、世界史はそうした各国が連続して攻防していく様子を世界史と考えた。しかしその舞台はヨーロッパを前提としていた
- マルクス主義は人間の物質的生産活動が歴史や社会の土台と考え、生産関係の矛盾によって歴史が展開する史的唯物論を唱えた。マルクスは人類の生産様式の段階を区別し、最終的に社会主義に達すると考えた。しかしこれもヨーロッパのモデルを念頭に置いている
テキスト2 高校教員の話
- 新しい世界史のひとつはグローバルヒストリーで、現在のグローバル化以前にあった国や地域を超えた動きに着目して歴史を描く
- かつて世界史は各国の政治史が中心だったが、今は文化の変化や一般の人々の生活など扱うものが増えた。グローバルヒストリーはそういう視点とも結びついている
- 20世紀にはより長期的な時間の区分、例えば長期的な気候変動といった自然環境の変化から文化や社会の変化を説明する世界史の教科書もある
テキスト3 高校生のレポートの最初の部分
- 世界史とはそれぞれの国々の歴史を年表にして横並びにするのではなく、もっと広い視点や多様な描き方が必要
- 様々な文化や時代において書かれてきた過去の世界史の問題点を批判する一方、現代の世界史とのつながりを考えたり、過去の世界史の試みに見られた視点を再評価することも意味がある
解答に向けてのメモ
内容 | 批判 | 現代の世界史とのつながり | 過去の試みに見られた視点 | |
中国 | 中華の王朝の歴史。自らの王権を正当化するための歴史 | 正史の「世界」は中国の文化を共有する地域 | ナショナルヒストリー 歴史を統治の教訓とする | 人物を中心とする政治史 |
ヘロドトス | ギリシアとペルシアの戦いの記録 | 伝聞による話が多く正確性に欠く | 広範囲な地域の様子が網羅的に記されている | 同時代史 |
キリスト教・イスラーム | 宗教的観点からの普遍史 | 聖書の記載を事実ととらえる | 現代を時間軸の中に位置づけようとする | 世界の始まりから終わりを描く |
啓蒙主義 | 聖書ではなく知の集積に基づく人類史 | 進歩主義史観。ヨーロッパのアジアに対する優越 | 世界の範囲が現在に近い | 博物史 |
ランケ | 史料批判に基づく実証的な歴史学 | ヨーロッパ中心の世界観 | 各国史と歴史を国家の興亡のダイナミズムとしてとらえる | 実証主義 各国史 |
マルクス | 生産関係の矛盾による歴史の発展 | ヨーロッパの発展段階モデルが他地域にも当てはまると考える | 経済や社会のあり方に注目 | 史的唯物論 |
解答例
1 啓蒙思想の歴史に学ぶ
例えば新しい世界史は関係性を重視し従来の高校世界史を網羅的と批判するが、そうした歴史叙述は啓蒙思想の歴史に見られる。キリスト教の歴史は聖書を事実と信じ世界を終末に向かう単線的な時間軸でとらえて各時代を説明する。これに対して啓蒙思想は大航海時代の知見に基づき聖書の神話を否定し、世界を様々な文化の集合体として描く点で画期的である。一方で啓蒙思想はキリスト教の単線的時間軸を継承し、世界史を未開から文明へと向かう進歩の歴史として描き、関係性の意識は希薄でヨーロッパ文明を価値基準とし周辺を未開や停滞とみなす傾向にある。啓蒙主義の歴史を学ぶことで私たちは世界史を描く際に単線的な歴史やヨーロッパ中心主義に陥らないよう自覚できる。とはいえ啓蒙思想が描く網羅的な世界は発見に満ちていて教養的世界史として興味深い。350字
2 ヘロドトスに学ぶ
例えば新しい世界史は従来の高校世界史を一国史、政治史中心と批判するが、ヘロドトスの歴史にもその傾向が見られる。彼はギリシアとペルシアの戦いの歴史が忘却されつつあることに危機感を覚えてその経緯を書き残した。つまりギリシアの政治史である。しかし彼は戦争の背景であるギリシア以外の世界の文化について広範囲、網羅的に記している。彼はギリシアとバルバロイを二項対立で捉え、不確かな伝承や偏見を含むものの、バルバロイの文化を綿密に取材しギリシアとの優劣ではなく驚嘆をもって論じている。私たちはヘロドトスを学ぶことで文化の多元性を認め、日本の歴史学が陥りがちな西洋・東洋・日本という三分法やヨーロッパの価値観で物事を論じることに注意できる。また新しい世界史教科書が政治史と文化史を別に扱いがちなことへの警告になる。350字
3 中国史に学ぶ
(準備中)
解答作成への道筋
こちらからの出題 5,500円(+税)なので高校生には高すぎ
ぶんぶん的には『ガラスの仮面』の北島マヤの無限エチュードのようにいくつか思いつくが、受験生はおそらく目が点になった(・_・)と思われる。とはいえまともな世界史の先生の授業を受けていれば、次のような無駄話を聞いたことがあるはず。
- 世界史の教科書はヨーロッパ中心
- 学習指導要領は「進んだ西洋、遅れた東洋、東洋から脱出して西洋の仲間入りに成功した日本」という三分法の呪縛にとらわれている
- 教科書は政治史中心で文化史は後回し
- 教科書は歴史上の有名人の話ばかりで市井の人の話はあまりない
問題は、課題文を読んでこれまでの歴史叙述の良い点と課題点を理解し、大学生の書き出しのヒント「過去の歴史の批判」「現代の世界史とのつながり」「視点の再評価」に沿って整理することが求められている。
高校生は先生の無駄話である「ヨーロッパ中心史観」「進歩主義史観」の線で論述するのが最も無難。解答例もそうしてみた。
解答例1では、啓蒙主義の歴史について
- 過去の歴史の批判:単線的発展論でヨーロッパ中心主義的
- 現代の世界史とのつながり:「世界」の範囲は現代に匹敵
- 視点の再評価:違う文化に対する単純な驚き。教養の集積
- おまけ:新しい教科書は理論とか焦点化とか問いをたてるとか小難しいw
という点で論じ、啓蒙思想の歴史から学ぶべき点と限界を明らかにした。
*東進さんの解答速報も啓蒙主義の歴史観を起点に西洋の世界史がヨーロッパ中心主義、進歩主義的であることを批判しています。ぶんぶんは啓蒙主義だけで押し切っていますが、東進さんは色々詰め込んでます。
解答例2では、ヘロドトスの歴史について
- 過去の歴史の批判:一国史、政治史。ギリシアの優位
- 現代の世界史とのつながり:当時の限界に近い「世界」の範囲を射程にする
- 視点の再評価:違う文化に対する単純な驚き。政治史と文化史の融合。取材量
- おまけ:新しい教科書も政治史中心、ヨーロッパ中心から抜け出していないw
という点で論じ、ヘロドトスの歴史から学ぶべき点と限界を明らかにした。
高校生にはかなり難しい課題だが、世界史(歴史総合や世界史探究も含めて)がヨーロッパ中心主義、西洋・東洋・日本という三分法、進歩主義史観と常に背中合わせであることに気づけば、問題文からその点を拾い集めて論ずることができる。
まとめ
- 客観式問題は難関私立の正誤問題レベル、中論述は教科書の知識で解答できる難易度。この二つは完答を目指す
- 大論述は単なる要約ではなく、他教科、探究活動や人権LHR、読書体験などを総動員して書く必要がある
- 世界で起きていることに対して常にアンテナを張り、歴史にさかのぼって考える姿勢が必要
- 教科書と教員の無駄話を自分なりに解釈する姿勢が必要
- TEAP利用は上智第一志望者向き
- 来年は「歴史総合・世界史探究」からの出題なのでどうなるか不安