はじめに 首都圏の私立大学の入試が変わる
不公平な英語成績提供システム、採点無理ゲーの国語と数学の記述式、主体性を歪めるJePが次々と頓挫し、「目玉」がなくなりポンコツ化した大学入学共通テストはさらにふたつの日程にセンター試験の問題を流用する特例追試、闇討ちのようなリスニング1回聴き増加と、とんでもないことになっています。
一方、2021年度入試から首都圏の一部難関私立大学が個別入試で共通テストを利用します(いわゆる旧「センター併用型」)。
詳しくはこちら。私が取材を受けたライターさんとは違う方の記事。
早稲田大政治経済学部・上智大・青山学院大が、2021年から共通テストを必須とし、大学独自の個別試験では思考力や表現力を問う問題を課すとしています。
私は錦の御旗のように使われる「学力の三要素」については疑問がありますが、客観式・記述式に関わらず、手持ちの知識を使って初見の資料を読み込み、自分なりの仮説をたてる出題は評価します(共通テストは未成熟感が否めませんが)。
今回は上智大学のTEAP利用型の世界史を取り上げます。
聖イグナチオ教会 ウィキメディアコモンズ CC 表示-継承 3.0 Alex Toraさん撮影
目次
0 入試方式の変更
2021年度から上智大学の一般入試は次のようになります(HPより。リンクは大学に連絡する必要があるので省略)。
入試方式 | 大学入学共通テスト | 外国語資格・検定試験 | 大学独自試験 |
TEAPスコア利用型 (全学統一日程) | なし | TEAP/TEAP CBT スコアを得点化して利用 | 教科・科目型試験 1~3科目 (英語は課さない) |
学部学科試験・ 共通テスト併用型 | 3~4科目 (外国語必須) | 任意提出 得点化して共通T英に加算 |
学部学科適性試験。記述式を含み、文章理解力・ 論理的思考力・表現力等を総合的に測定 |
共通テスト利用型 | 4教科4~6科目 (外国語・数ⅠA・国は必須) | 任意提出 共通T英の得点として利用可 (CEFR B2以上) |
なし |
*TEAP(Test of English for Academic Purposes)は上智大学と公益財団法人日本英語検定協会(以下「英検協会」)が共同で開発した、大学で学習・研究する際に必要とされるアカデミックな場面での英語運用力を測定するテスト。26都道府県(CBTは13都道府県)で実施。四技能バージョンの受験料は15,000円。
上智の世界史(客観式)は「一見さんお断り、上智💛の人向け」で難問奇問のデパートでしたが(個人の感想)、2021年度から世界史はTEAP利用型のみです。
この入試は2015年度から始まり、初見の史料を読解して手持ちの知識と組み合わせて論述します。学部学科適性試験のサンプルもそれっぽいですし、共通テスト対策も兼ねて解答してみます。
大学HPでは過去二年分の解答例が掲載されてるのでそちらもご覧ください。
問題はこちらから。会員登録必要(無料)
1 過去の出題内容
史料1 | 史料2 | 小論述 | 中・大論述 | 大論述 | |
2015 | 権利章典 | フランス人権宣言 | 球戯場の誓いの意義40字 | 「世界を一回りしたのは1789年宣言だ」とはどういうことか120字 | 権利章典と人権宣言の「人権」の違い400字 |
2016 | 植民地の独立と課題 | 18世紀末のスペイン領ラテンアメリカとアメリカ合衆国の人口比率 | アメリカ合衆国の黒人の立場と解放の歴史20字程度×4 | スペイン領ラテンアメリカと13植民地の社会構造の違いを考察350字 | |
2017 | チェアダーエフの文章 | トルストイの文章 | 両者のロシアのあるべき姿の考え方の違い300字 | 両者と文明論的意味。同じ論争をした日本やトルコの例をあげつつ300字 | |
2018 | ヨーロッパ統合に関する文章 | 文中のヨーロッパ統合を加速させる要因と抑制する要因について300字 | ヨーロッパ統合の二つの形態とイギリスのEU離脱について300字 | ||
2019 | 第一次世界大戦の講和をめぐる複数の資料 | 中東欧に国民国家を適用する問題点120字 | WW1後のヨーロッパの覇権の揺らぎ350字 | ||
2020 | ザビエルについての記録 | ザビエルを取り巻く世界の動き200字 | イエズス会の活動が「香料と霊魂」と受け止められている理由と筆者の考え350字 |
ポイント
試験時間90分(2017年までは60分)、客観式の知識問題と論述の組み合わせで、論述の字数は毎年変わります。論述では史料を踏まえて、地域間や時系列の比較や関連付けという「世界史を通じて身につけたい大学予備学力」が問われます。
時代は2020年(大航海時代、宗教改革)が最も古く、2018年(EU)が最も新しいです。内容は「歴史総合」の狙いでもある「近代を相対化する」が中心です。東京大学や東京外国語大学とテイストが似ています。
2 2015年の解答例
*解答は私のオリジナルで、あくまで「例」です。
1~4
1 b マグナ=カルタ
2 c ラ=ファイエット
3 a トーリ党の説明
4 (1) 球戯場の誓い
(2) (1)の歴史的意義 40字
国王が憲法制定を認め身分制に代わる国民による議会が始まるなど革命の発端となった 40字
ポイント
「意義」なので、三部会=身分制議会から、国民議会=第三身分を中核とする「国民」の議会へのパラダイムシフトを書いてみた。
5
5 英首相の「人権ならイギリスの方が先」に対して仏大統領が言ったとされる「しかし世界を一まわりしたのは1789年宣言だ」とはどういう意味か。具体例を挙げながら 120字
解答例
フランス革命が掲げた自由と平等の精神はナポレオンによってヨーロッパに広まり自由主義やナショナリズムを生み出した。またラテンアメリカの独立運動にも影響を与え、日本や中国では憲法や共和制などヨーロッパに対抗して近代化を進める思想的根拠となった。120字
ポイント
「世界を一まわり」なのでフランス革命がヨーロッパ、ラテンアメリカ、東アジアに与えた影響を書いてみた。
6
6 「人権」へのアプローチにおいてイギリスとフランスの間には明らかな相違がみられる。史料(権利章典と人権宣言)を読み比べ、その相違について説明 400字
ヒント 史料の下線部
聖俗の貴族および庶民 身分 古来の権利と自由 王の権威により、法律の免除権または法律の執行免除権があるかのようにふるまうのは違法である
フランス人権宣言
国民議会 人の権利 人の譲り渡すことのできない神聖な自然的権利 人および市民 人は自由かつ権利において平等なものとして生まれ 国民 個人 各人の自然的諸権利 権利 市民
解答例
権利章典では人権は各身分が従来から持つ特権のことであり、国王は各身分が出席する国会の同意なくその権利を制限することができないとする。イギリスではマグナ=カルタ以来高位聖職者・ジェントリ・都市商人が王権の制限を試みてきた歴史的経緯があり、名誉革命もトーリ、ホイッグなど貴族やジェントリたちによる特権の維持と王権の制限と位置づけることができ、革命後はジェントリを中心とする議会主権と立憲王政が確立した。一方1789年の宣言では人権とは人が生まれながらに持つものであり、主権は国民にあり、市民として誰もが政治に参加できるとする。フランスはイギリス以上に身分制が残存し、第三身分は政治的には無権利であった。彼らは啓蒙思想を根拠に身分制を否定して政治参加を求めた。フランス革命では普遍的な人権を政治の根拠に使用したので民衆や農民の政治的な自覚を刺激したのでイギリス以上に革命が社会の広範囲に拡大した。392字
ポイント
イギリスの「人権」は中世以来の「国王からフリーという特権」で、国王に「マグナ=カルタのころから国王は貴族や都市の特権を認めるって言ってんじゃん!」、つまり革命側はイングランドの歴史的コンテクストを根拠にして王権を制限し、議会主権を打ち立てようとした。
一方フランスは、確かに革命の発端となるのは貴族が三部会の招集を要求をしたので「後ろ向き」っぽいが、啓蒙思想の普及の中で第三身分が人権は「自然権」(天賦の権利)という普遍的理念を根拠として政治参加しようとした。
この「ボクの言ってることは正しい!」という「革命の正当性の根拠」の違いに気が付けば文章になる。
まあ、つまりボクのおかげだということさ(ルソー談)
フランスでは普遍的な人権という理念を政治の根拠にしたために、これまで政治に口出しできなかった都市民衆や農民もそれぞれの自由と平等を求める(いわゆる複合革命)。その辺がイギリス革命との違い。
ブルジョワジーと自由主義貴族はイギリス風の「穏健な立憲君主制」で幕引きにするつもりだったが、革命は「自由と平等」という「ディスクール」の奪い合いになる。
まとめ
2015~2017年はすべて異なる二つの考え方や社会構造を比較して、なぜそうなったのかを考察するような問題です。
普段の授業から先生の無駄話(笑)を聞き逃さず、「あれとこれとは似てるけど違う」と思ったら教科書の前の方に戻って比較するなど「ひとりアクティブラーニング」をしながら、自分なりに歴史上の出来事を解釈する癖をつけましょう。
それを友だちに喋ったり、先生に「私はこう思うんですけど」とぶつける(外化する)とさらに勉強が深まります。
続き
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
2021年入試