ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

世界史の論述問題を解いてみた(2022 上智大学TEAP方式)

はじめに

 難関私立大学の一部で世界史の論述問題が出題されていますが、教科書の内容を時系列に説明できれば答案になる出題が大半です。

 まずは私立の穴埋め問題をたくさんこなし、次に論述問題集の時系列型をやりましょう。穴埋め問題の正解語句から文章を復元するトレーニングも有効です。

 そうした中で異彩を放つのが上智大学TEAP方式で、お困りの受験生が多いのか時々当ブログの該当回にアクセスが集中します。

 上智大学の一般試験世界史は悪問・難問・奇問のデパートとして名高く、『絶対に解けない受験世界史』の常連でしたが、文科省の入試改革にあわせて世界史の出題はTEAP方式の論述のみになりました。

 問題は東進の過去問ライブラリーから、上智大学のHPにも問題と出題意図が掲載されています(「リンクを貼るときは書面で申し込み」なので各自でググってください)。解答例はぶんぶんのオリジナルであり、正解ではありません。

 旺文社の『全国入試問題正解』を見たら、最後の問題の解答例は省略でした。

ヽ(`Д´メ)ノ プンスカ!www.toshin-kakomon.com

過去記事

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

目次

  

1 上智大学 TEAP方式 過去の出題

  史料1 史料2 小論述 中・大論述 大論述
2015 権利章典 フランス人権宣言 球戯場の誓いの意義40字 「世界を一回りしたのは1789年宣言だ」とはどういうことか120字 権利章典と人権宣言の「人権」の違い400字
2016 植民地の独立と課題 18世紀末のスペイン領ラテンアメリカアメリカ合衆国の人口比率 アメリカ合衆国の黒人の立場と解放の歴史20字程度×4   スペイン領ラテンアメリカと13植民地の社会構造の違いを考察350字
2017 チェアダーエフの文章 トルストイの文章   両者のロシアのあるべき姿の考え方の違い300字 両者と文明論的意味。同じ論争をした日本やトルコの例をあげつつ300字
2018 ヨーロッパ統合に関する文章     文中のヨーロッパ統合を加速させる要因と抑制する要因について300字 ヨーロッパ統合の二つの形態とイギリスのEU離脱について300字
2019 第一次世界大戦の講和をめぐる複数の資料     中東欧に国民国家を適用する問題点120字 WW1後のヨーロッパの覇権の揺らぎ350字
2020 ザビエルについての記述     ザビエルを取り巻く世界の動き200字 イエズス会の活動が「香料と霊魂」と受け止められている理由と筆者の考え350字
2021 ロシアの中央アジア支配 カフカースにおける少数勢力の立場   19世紀を通じての国際的な綿花生産・供給の事情200字 カフカース中央アジアにおける少数勢力の立場について叙述した文章の続きを書く300字
2022 アメリカ合衆国の黒人について モザンビークの植民地支配   19世紀から20世紀にかけての合衆国の黒人差別制度の変遷200字 植民地支配の理想と実態とはそれぞれどのようなものであったといえるか300字


 客観式の正誤判定問題5題、小~中論述1題、大論述1題、という形式が定着しました。大論述は、2019年までは教科書の知識を「運用する」出題でしたが、2020年、2021年は読解と意見を求める出題でした。

2 2022年 解答例

設問1

凡例

正文:正しい語句を選ぶ 誤文:間違いを含む単文を選ぶ

難易度メーター

◎:必答 ○:まあ解ける △:やや難だか難関私大合格には必要

▲:かなり難しい ×:ドボン

(1) :誤文:セシル=ローズはスーダンではなくアフリカ南部◎

(2) :誤文:大西洋三角貿易産業革命を準備した。産業革命の後ではない◎

(3) :正文:アパルトヘイト南アフリカの人種隔離政策)◎

(4) :誤文:スペイン支配地域でも黒人奴隷は導入されている△

(5) :正文:世界同時多発テロ事件(2001年の出来事)◎

解答に向けて

 このところ正誤問題パートは点を取らせる問題で、高校の学習とMARCHクラスの受験勉強をしていればまず間違うことはありません。 

(4)aはドミニカやベネズエラの野球選手に黒人が多いから誤りとわかりますが、他の選択肢のc「ハイチ独立の経緯」、d「ラテンアメリカクリオーリョによる独立後も奴隷制が存続した」がやや難しいです。

 大コロンビアエクアドル、コロンビア、パナマベネズエラ)ではボリヴァルの働きかけで、ベネズエラでは1819年に最初の段階的奴隷制廃止(新たに生まれる奴隷の子の自由)が宣言され、コロンビアでは1821年に段階的廃止が決議されました。

 しかし大土地所有者や奴隷主が抵抗したため、最終的な奴隷制廃止はコロンビアは1853年、ベネズエラ1854年でした。

 セシル=ローズの風刺画。エジプトと南アフリカを踏んでいます。

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設問2 

課題

19世紀から20世紀にかけて、アメリカ合衆国の黒人が経験してきた人種差別的法制度の存続・制定・廃止といった変遷について 節目となった時期を明示しつつ 200字

指定語句:奴隷制 南部諸州 南北戦争 キング牧師

解答作成に向けてのメモ

 

法制度

内容 影響

1800年

奴隷貿易廃止

奴隷制度は存続

1850年

カンザスネブラスカ

南部で奴隷制度が拡大

奴隷州か自由州は住民の意志

共和党結成

1860年

南北戦争

南部諸州の離脱

1860年

奴隷解放宣言

反乱地域の奴隷解放

1860年

憲法修正第13条

奴隷制の廃止

1860年

ジムクロウ

南部で州法での公共施設での分離
投票権の制限

1960年代

公民権

投票権の制限廃止 人種差別の廃止

解答例

1800年代に奴隷貿易が禁止されるが南部では奴隷制が存続し、50年代のカンザスネブラスカ法で奴隷制の可否は住民の選択とされた。60年にリンカンが大統領になると南北戦争が発生、戦後に憲法修正第13条で奴隷制が廃止されたが、南部諸州はジムクロウと呼ばれる黒人の公共施設での分離や投票権の制限を州法で規定した。1950年代のキング牧師らの公民権運動の結果、1960年代の公民権法で人種差別が禁止された。199字

解答作成に向けて

 昨年から頻出の黒人(アフリカ系アメリカ人)差別に関する話題。昨年の綿花生産に関する小論述にも指定語句に「南北戦争」あり。黒人奴隷の問題は2016年にも出題されています。準備万端だったと思います。

ズバリ的中か!?

南北戦争について

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

バスボイコット事件、公民権法について

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 お題が「人種差別的法制度の存続・制度・廃止の変遷」なので、「○○年代に○○法ができてこうなった」をつないでいきます。

 大学発表の解答例を見ると、

  • 19世紀なかばまでは奴隷制が存続し、黒人が奴隷とされてきた
  • 南北戦争を機に奴隷制は廃止されて黒人は自由身分となった
  • 南部諸州では公共施設における人種分離などを定めた法制度が確立された
  • 1950年代にキング牧師を指導者とする公民権運動が高まりを見せた
  • それら法制度は1960年代に廃止された

の4点が評価ポイントです。

設問3

課題

植民地支配の理想と実態とはそれぞれどのようなものであったといえるか。理屈が建前だと判断される根拠は引用文(モザンビークの「同化民」をめぐる状況)のどのような点にみいだすことができるか。黒人に対する差別意識との関わりに言及しながら 300字程度

解答作成に向けてのメモ

資料:A最初の文章 B後の文章

植民地支配の理想

A 黒人奴隷貿易の現況。アフリカ社会が野蛮で未開。ヨーロッパの支配によって彼らをそうした状態から救い出すこと。植民地支配は住民に恩恵をもたらすという理屈。この時点でアフリカの人々をヨーロッパ人より低位なものと見ている

植民地支配の実態

B 植民地は宗主国に利益と威信を与えるべく利用されるべき 資源の収奪

理屈が建前だったの根拠

B 原住民のうちポルトガル的な生活洋式を取り入れたものは「同化民」と呼ばれたが、白人とは同権ではなく、常に身分証明書の携行を求められ、白人の施設を使うことができない。

解答例

ヨーロッパ人は自らを文明的と自負する一方アフリカを未開とみなし、建前上は原住民の黒人を文明化することが使命であり植民地の理想とした。しかし実際の植民地経営は自国の権益拡大が目的であり、原住民は酷使され開発による利益はヨーロッパ人が一方的に収奪した。現地人を文明化するという理屈さえ、モザンビークのようにヨーロッパ文明に同化できるかどうかで住民が分断され、仮に同化して建前上白人と同権とされても白人とは違う扱いをされた。このように白人は白人であるだけで特権を持ち、黒人は文明化すべき対象という眼差しで差別し、経済的に搾取し、仮に文明化を受け入れても黒人であるだけで差別するのが白人の植民地支配の実態であった。300字

解答のポイント

 2021年の「トルキスタンカフカス」はやりすぎだったと反省したのか、2022年は文章中にほぼ解答に必要なことが書かれていて、課題文を要約すれば出題意図に沿った解答が可能です。

大学発表の解答例を見ると、

  • 植民地支配の実態は、アフリカ人を労働力として使い、商品作物の生産や鉱物資源の採掘で利益を得ることにあった
  • それを隠蔽するためにヨーロッパの進んだ文明を遅れたアフリカにもたらす意義を前面に押し出した
  • 白人は進んだ文明を持ち、黒人は持たないという決めつけは差別意識の表れ
  • モザンビークの同化民制度は住民全体のごく一部に限定され、同化しても必ずしも白人と同等には扱われない、黒人に対する差別意識の表れ

の4点が評価ポイントです。

 ぶんぶんの居住地や職場は人権教育が盛んで、ぶんぶんも人権の係の経験があり、被差別地域を訪れて現地の方と懇談したりしています。

 最近の人権学習に登場したのが「マジョリティ特権」の概念です。これはアメリカ合衆国の研究で、上智大学の先生が日本語訳を出しています。

 マジョリティはマジョリティであるだけで市民的権利が100%保障されているのに、マイノリティはマイノリティというだけでマジョリティと「スタートライン」が違います。ぶんぶんも人権係の時に被差別地域の方から同じ話を聞いています。

 またマジョリティがマイノリティの一部に同化をすすめて仲間にしても、あくまで「名誉マジョリティ」であって、都合が悪くなれば「やっぱり…」みたいな言い方をして差別する、もぶんぶんは知っています。人として最低です。(ꐦ°᷄д°᷅)

 「世界史の入試問題は教科書に載っていることから出すべき」との意見もありますが、ぶんぶんは他教科や人権HRの学習内容と世界史で学んだことをつなげば解答できる出題は賛成です。今回は人権学習にしっかり取り組んでいた受験生には手応えのある解答が書けたと思います。

 ただ来年は「無茶ぶり」が復活するかもしれません。(´・ω・`)

まとめ

  • 客観式問題は難関私立の正誤問題レベル、中論述は教科書の知識で解答できる難易度。
  • 大論述は単なる要約ではなく、他教科、探究活動や人権LHR、読書体験などを総動員して書く必要がある。小グループで新書の読書会を開催したり議論する勉強をすると効果的。
  • TEAP利用は上智第一志望者向き。