難関国立大学の世界史の入試問題を解説します。
第5回は一橋大学です。400字論述3題と字数的には最も多く、問われる内容も教科書の範囲を越えることが度々です。東京大学(教科書の内容から外れないけど書けそうで書けない)への対抗意識と思われます。
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一橋大学 2020年
Ⅰ
課題:ルターが前年に起こった大規模な反乱について1525年に書いた著作を読んで。
問1 農民たちの要求を具体的に説明する。
問2 「聖書のみ」というルターの主張と、農民たちが考える「聖書のみ」の相違はどのようなものであり、どのような理由で生じたと考えられるか。
問1農奴制、領主制、十分の一税の廃止。
問2ルターの「聖書のみ」は聖書を信仰上の唯一の権威とし、特にキリストの言行である新約聖書の福音を重視し、魂の救済は信仰によってのみ可能であるとした。そこで贖宥状の販売のような行為に走るカトリック教会を批判した。一方ルターはザクセン侯の保護を求めたように、イエスの言葉を引用して信仰を守るためには既存の社会秩序は必要であるとした。一方農民にとって教会は領主かつ皇帝や諸侯と結ぶ政治権力であり、農民は彼らから収奪を受けていた。そこで農民はルターの教会批判を既存の秩序を破壊して自らの権利を実現するための思想に結びつけた。農民の「聖書のみ」とは旧約聖書に描かれる平等な社会に立ち戻るという意味で、聖書をもじった十二か条の要求を作り、領主制、農奴制、十分の一税の廃止を訴えた。このようにルターは神学的見地から聖書を重視し、農民は社会改革のために聖書を根拠とした。396字
補足
教科書の「ルターは最初農民に同情的だったが、後に鎮圧する側に回った」を400字にする問題。一橋大学の第1問はヨーロッパの中世~宗教改革の中からの出題が基本で、かなり深いところまで聞いてくる(過去にはカールの戴冠、フス戦争、ハンザ同盟で400字とか)。第一志望なら掘り下げて学習しておくように。
前回の北海道大学の回で紹介したように、ルターは神学論争のつもりで教会を批判したが、教会は世俗の権力と結びついているので、それに批判的な農民や諸侯に反抗する言葉を与えてしまった、ということがまず必要な理解。
次にルターが福音重視=イエスの言行=新約聖書、農民の共有社会の実現要求=ワット=タイラーの乱(過去問にあり)の「アダムが耕しイブが紡いだとき誰が領主だったか」=旧約聖書、と考えれば両者の違いが明確になる。
イエスの「カイザーのものはカイザーへ」は、キリスト教の成立のところで習う。
イエスは内面について説いたのであってローマ帝国に反抗するつもりはないが、パレスティナの中にイエスを担いでローマ帝国に反抗しようとする勢力があり、それがイエスが処刑される背景になった。
Ⅱ
課題:20世紀中葉において資本主義社会の覇権がイギリスからアメリカ合衆国に移行した過程について
条件:18世紀以降の世界史の展開を踏まえ、第二次世界大戦・冷戦・脱植民地化との関係に必ず言及
19世紀後半にイギリスの工業力は相対的に低下し、アメリカ合衆国が工業生産力世界第一位なった。イギリスは自由貿易から植民地拡大に転換し、海運、金融、通信を整えて覇権を維持した。第一次世界大戦でイギリスは植民地の人員や富を動員したが、結局アメリカ合衆国の参戦で決着した。大戦後イギリスは国際連盟の常任理事国として植民地支配を維持しようとしたがインドなどの民族運動にさらされた。一方アメリカはイギリスと同等の海軍力が認められ、金融の中心となり国際連盟の外から発言力を強めた。さらにイギリスは第二次世界大戦で疲弊し、アメリカは連合国を勝利に導いた。戦後イギリスは大西洋憲章に沿ってインドなど植民地の独立を認め帝国は解体、アメリカ合衆国は国際連合の常任理事国となり、ブレトン=ウッズ体制で米ドルを基軸通貨とし、各地で集団安全保障体制を構築するなど政治・経済両面で自由主義陣営の盟主となり、冷戦下でソ連と争った。399字
補足
「イギリスが斜陽、アメリカ合衆国が日の出の勢い」の様子を、世界史の流れの中に位置づけていく。京都大学の得意パターン。「覇権」を政治面と経済面の2点から整理した方が書きやすい。
イギリスは世界の工場から世界の銀行にシフトチェンジし、広大な植民地を支配して繁栄を誇るが、植民地を維持するための負担は増加、そこで現地の人を教育して「手下」に使おうとするが、彼らが民族意識に目覚めて反乱が頻発する。
イギリスは二度の世界大戦でインドからの借入金が膨張、もはや植民地支配を維持できなくなる。それなら対等な関係になって貿易をした方が得策。
一方アメリカ合衆国はいわゆる「モンロー主義」で、経済力世界一になっても自分の利害にかかわること(中国市場、戦債償還)にだけ口出しをしていた。第二次世界大戦後はソ連に対抗するために「自由主義世界の盟主」として行動するようになった。
ただしベトナム戦争にはじまる「双子の赤字」からニクソンは金ドルの交換を停止、冷戦終結後は唯一の超大国としてイラクやアフガニスタンを攻撃するが、「世界の警察」というより自国の利益を重視する「単独行動主義」に傾きつつある。
なお一橋大学はイギリス史の出題が少ない方だが(これもアンチ東大)、最近は第二次英仏百年戦争や中世の身分制議会も出題されているので、決め打ちせずに他大学の入試問題もやる。
Ⅲ
課題 朝鮮王朝の問1空欄(小中華)はどのようなものであり、どのような背景があったのか。またそれが1860から70年代にどのような役割を果たしたか、国際関係の変化と関連付けて
問1 小中華
問2 朝鮮王朝は明に冊封して朱子学や科挙など文化を受容し、豊臣秀吉の侵攻に際して明が援軍を派遣したことに恩義を感じていた。17世紀に東北部に清が台頭すると朝鮮王朝は降伏し清の冊封国となった。しかし両班層は対抗意識から清を夷狄視し、自らが明の正統な後継者であると考え、朝鮮王朝では中国以上に儒教的価値観が厳格に守られた。19世紀に入るとキリスト教や東学が盛んになるが、いずれも儒教を否定する邪教として弾圧された。1860年代に米仏が相次いで近海に現れ通商を求めると、大院君や両班は彼らを儒教を理解しない夷狄とみなし、鎖国政策を取った。江戸幕府とは対等な関係を持っていたが、明治新政府が西洋的な外交関係を申し出ると儒教の礼に反すると拒否した。1875年の江華島事件で日本に敗北すると、翌年日朝修好条規を結んで対等外交を受け入れたが、その後も政府は夷狄である日本と清を争わせるという中華思想的な外交を続けた。397字
補足
東大2020年の第1問と被り。ブログの「東アジア近現代史4」で説明したところ。ズバリ的中か?
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
「どのようなもの」は中国以上に儒教を守り、朝鮮王朝以外の国々を儒教の礼を知らない夷狄だとみなしたこと、「どうしてそうなったか」は明に対する恩義と清に対する対抗意識、「1860~70年代の影響」は、西欧の主権国家体制や対等外交を見誤る結果になったこと、を書けば話になる。
大院君 ウィキメディアコモンズ、パブリックドメインの写真。出典は下のリンク。
まとめ
一橋大学は3問中、書ける、頑張ったら書ける、お手上げ(笑)という構成の年が多いのですが、今回は3問とも概念(宗教と反乱、覇権、中華思想)理解と細かい知識の両方がないと400字に到達しません。やや難化という感触です。
教科書の概念的な部分を授業中から理解することを心がけましょう。