ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

センター・私大世界史直前チェック(戦後史その1冷戦の時代)

 センター試験まで一か月余り、みなさんは最後の追い込み中だと思います。

 さて世界史は公立高校だと「教科書最後まで終わらない問題」が発生します。センター演習で戦後史が断片的に出てきて?となりがちです。

 ひと通り終わらせたとしても、教科書は年代別に輪切り、一方センター試験の戦後史は「この事件は時系列のどこに入るか」みたいに出題されることが多いです。

 今回から数回に分けて、センター試験及び中堅私立大学の「知らないとお手上げだけど知ってるとできる」難易度で、1945年以降の世界史をざっくり解説します。

 第1回は冷戦の時代です。

 

凡例 空欄…[    ]:人名 (   ):事件、地名 ↘:因果関係

   空欄はセンター、赤字は中堅私大レベル

 

序)戦後の国際秩序再建

①集団安全保障体制

 1941 (1      )憲章 英[2       ] 米[3       ]

    戦後の国際秩序について基本方針
 1944 (4                )会議…国連憲章の草案

 1945 4月(5             )会議…国際連合憲章の採択

    (50カ国)

    10月 国際連合:本部:(6       )

       総会(加盟国の多数決)、事務局

       経済社会理事会と専門機関、国際司法裁判所

       (7     )理事会…米ソ英仏中に(8    )権

                 紛争解決…経済+武力制裁

②敗戦国の処理

 パリ講和会議…イタリアなど旧枢軸国、賠償金と領土割譲

 ドイツ、オーストリア…米英仏ソによる分割管理

            ドイツの首都(9       )も分割管理

            東方の領土をポーランドソ連に割譲

            (10        )国際軍事裁判

 日本…米軍中心の連合国軍の占領。GHQ連合国軍総司令部

    満州と台湾は中国に帰属、朝鮮半島は北緯(11   )度で米ソが分割

    農地改革、財閥解体日本国憲法極東国際軍事裁判

③米ソ主導の秩序再建

 アメリカ合衆国自由主義 資本主義

 (12      )体制 自由貿易体制

  (13    )(国際通貨基金)ドルを基軸通貨

  (14    )(世界銀行)戦災国への融資

  (15     )(関税と貿易に関する一般協定)自由貿易体制の推進

 ソ連社会主義 計画経済

  東ヨーロッパで人民民主主義共産党と勤労者政党)の親ソ政権

   ハンガリールーマニアブルガリアポーランドアルバニア

   ユーゴスラヴィア:[16      ] の自主路線

    マーシャルプラン受け入れ表明→コミンフォルムから追放

解説

 第二次世界大戦帝国主義戦争、民族解放戦争など複数の戦争で構成される「複合戦争」ですが、イデオロギーという点(またはヤルタ体制史観)からは自由主義社会主義全体主義の戦いで、全体主義が負けて残りのふたつが勝利します。

 その中心がアメリカ合衆国ソ連(ヨーロッパ戦線でドイツと延々戦っていた)で、ヤルタ会談から両者の駆け引きは激しくなります。

 戦後は戦勝国を中心とする集団安全保障体制、国際連合("the United Nations" まさに連合国)が成立する一方、米ソがそれぞれの陣営を囲い込もうとします。

空欄の答え

1 大西洋 
2 チャーチル 
3 フランクリン=ローズヴェルト 
4 ダンバートンオークス 
5 サンフランシスコ 
6 ニューヨーク 
7 安全保障 
8 拒否 
9 ベルリン 
10 ニュルンベルク 
11 38
12 ブレトン=ウッズ 
13 IMF 
14 IBRD 
15 GATT 
16 ティトー

 

1)東西両陣営の対立

①冷戦の始まり 1945~1955

アメリカ陣営              ソ連陣営   

1947 [1     ]ドクトリン 封じ込め  

    [2    ]プラン           

  ギリシアと(3     ) を援助 →1947 (4       )結成

                       (ソ連 東欧6 仏 伊)

48 ヨーロッパ経済協力機構(OEEC)     48 (5     )でクーデター

                 ↙     (6      )

                     コミンフォルムから除名

  (7    ) 連合条約(ブリュッセル) 

↓ 西側ドイツの(8    ) 改革 ↘

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲ 48 (9      ) 封鎖▲▲▲▲▲▲▲▲

49 北大西洋条約機構             49 経済相互援助会議

  (10     )            (11      )

  ドイツ(12    ) 共和国        ドイツ(13    ) 共和国

首相[14    ] (キリスト教民主同盟)  社会主義統一党

首都 ボン                首都 ベルリン

                    ソ連、原爆開発

                    中華人民共和国

▲▲▲▲▲▲▲▲▲50~53 (15    )戦争 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲

  米、「国連軍」↗          ↖ 中、人民義勇軍

米大統領[16      ]の「巻き返し」

51 太平洋安全保障条約(ANZUS)   50 中ソ(17    ) 条約

日本…日米安全保障条約

(50 (18      ) 講和条約 主権回復)

54 東南アジア条約機構(SEATO)       

  西ドイツ主権回復 55年NATO加盟 ↘  

55 中東条約機構→59 中央条約機構    55 (19    )条約機構 

  オーストリア主権回復 永世中立国

解説

 「やられたらやり返す、倍返しだ!」でストーリーを把握しましょう。

 サンフランシスコ講和条約で日本が朝鮮・台湾・南樺太・千島を正式に放棄したことも覚えておきましょう。

空欄の答え

1 トルーマン 
2 マーシャル 
3 トルコ 
4 コミンフォルム 
5 チェコスロヴァキア 
6 ユーゴスラヴィア 
7 西ヨーロッパ 
8 通貨 
9 ベルリン 
10 NATO 
11 COMECON 
12 連邦 
13 民主 
14 アデナウアー 
15 朝鮮 
16 アイゼンハワー 
17 友好同盟相互援助 
18 サンフランシスコ 
19 ワルシャワ 

 

②雪解け・平和共存 1955~1963

アメリカ陣営            ソ連陣営

                  1953 スターリン死亡

----------55 ジュネーヴ4巨頭会談----------

                  56 [20   ]スターリン批判

                   ↓   コミンフォルム解散

                   ポーランドポズナニ暴動)

                  ハンガリー動乱(ナジ=イムレ)

ーーーーー59 フルシチョフ訪米 アイゼンハワー と会談------

61 米:[22     ]大統領     61 (21      )の壁構築

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲62 (23      ) 危機▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

ーーーーーーーーーー63 (24      ) 禁止条約--------

 解説

 フルシチョフは核とロケット開発(1957年 スプートニクの打ち上げ)をちらつかせて、軍人出身のアイゼンハワー、若いケネディを硬軟取り混ぜて揺さぶります。

 ソ連はミサイルの成功を根拠に「アメリカを追い抜いた」と宣伝しますが、実際その性能はショボく、アメリカ合衆国もそれを把握していましたが、敵は怖いほうが国内政治をうまく進められるので黙っていたみたいです。

 なおフルシチョフは駆け出しの時はウクライナ共産党の責任者で、スターリン死後の1954年にクリミアをロシア共和国からウクライナ共和国に割譲します。地盤への利益誘導です。またスターリンを批判しましたが、粛清には手を貸していました。

 「ハンガリー動乱」はソ連側の言い分で、ハンガリーでは「革命」と位置付けられています。

 

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空欄の答え

20 フルシチョフ 
21 ベルリン 
22 ケネディ 
23 キューバ 
24 部分的核実験 
 

③多極化 緊張緩和(デタント)~新冷戦~冷戦終結 1965~1989

アメリカ陣営              ソ連陣営

1965 (25     ) 戦争に合衆国が介入 

   ジョンソン大統領の「北爆」 

66 仏、[26    ]の自主路線

  NATO脱退            ソ連[27      ] 第一書記

60年代末 西独[28    ]     68 チェコスロヴァキア

東方外交               「プラハの春

                   ソ連など5カ国出兵

                   中ソ対立→69 国境紛争

                 ルーマニアアルバニアの自主路線

ー1972 SALTⅠ(第1次戦略兵器制限交渉)…運搬手段の数量制限ー

72 米[29    ]大統領の訪中

73 ベトナム和平協定

ーーーーーーーーーー73 東西ドイツの国連加盟----------

ーーーーーーーーーー75 全欧安全保障協力会議(CSCE)----

                 79 ソ連の(30      ) 侵攻

81 米 [31    ]:強いアメリカ、SDI構想

  英 サッチャー:「小さな政府」

                 85 ソ連[32      ] 書記長

                   (33     )(改革)

                   (34     )(情報公開)

ーーーーーーーー 87 中距離核戦力(INF)全廃条約------

                     アフガニスタン撤退

ー89 (35   ) 会談(米[36    ] ソ ゴルバチョフ)冷戦終結

                 89 東欧各国の一党支配体制崩壊

                   ベルリンの壁撤去

90 東西ドイツの統一       91 (37     ) 三国独立

(西独 コール)           ソ連で保守派のクーデター

                  ソ連消滅 (38      )

                       (CIS)

解説

 緊張と緩和が繰り返します。

 60年代後半は世界中で「異議申し立て」が起きます。アメリカ合衆国ではベトナム反戦運動公民権運動や女性解放運動が結びつきます。フランスではド=ゴールが市民運動(五月危機)で退陣します。

 ド=ゴールがしたこと(第五共和政アルジェリア独立、NATO脱退、中華人民教科国承認、核開発)は少し前の入試問題ではよく出題されました。

 さてこの米ソの緊張と緩和は「プロレス」みたいなもので、「アメリカが来たら貧乏になるぞ」「ソ連が来たら財産みんな没収されるぞ」と敵の恐怖をあおり、それぞれが「子分」を囲い込みます。

 時々歩み寄りますが、何かの拍子に緊張が高まります。こうして子分たちを「守ってもらわないと困るだろ」と不安がらせ、従属状態に置きます。

 当然、この従属に対する「異議申し立て」が起こりますが、両者は「ソ連の陰謀だ」「アメリカの手先か」と論点をすり替えて弾圧します。

 ただしこうした構図はバレたら意味がないので、局地的に戦争を起こし。両国は自陣営に軍隊を配備します。そのための軍事費は財政を圧迫します。

 アメリカ合衆国ベトナム戦争で疲弊し、日本や西ヨーロッパ諸国の経済復興で経済的地位が低下、金ドルの交換停止に至ります。

 より深刻なのはソ連でした。アフガニスタン侵攻は泥沼化、農業生産は停滞、計画経済は重工業の時代の発想で、80年代の省資源、情報化時代にはフィットしません。

 ソ連は都合の悪いことは隠蔽しましたが、もうどうしようもなくなって、ゴルバチョフ書記長がペレストロイカグラスノスチを打ち出します。86年のチェルノブイリ原子力発電所の事故では隠蔽体質が事態を悪化させました。

 ついにゴルバチョフが「冷戦は終わり、ソ連は東欧を指導しない(ブレジネフの「制限主権論」を放棄)」と宣言し、東欧の一党独裁政権はあっけなく崩壊します。

空欄の答え

25 ベトナム 
26 ド=ゴール 
27 ブレジネフ 
28 ブラント 
29ニクソン 
30 アフガニスタン 
31 レーガン 
32 ゴルバチョフ 
33 ペレストロイカ 
34 グラスノスチ 
35 マルタ 
36 ブッシュ

37バルト

38独立国家共同体 

 

まとめ

 こうして社会主義は敗北し、アメリカのフランシス・フクヤマはこれを「人間の政府の最終形態としての自由民主主義」が勝利して人類発展としての歴史が「終わる」と称しました。 

歴史の終わり〈上〉歴史の「終点」に立つ最後の人間

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  • 出版社/メーカー: 三笠書房
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 しかし米ソは全世界の異議申し立てを「サスペンド」していただけです。もはや「ソ連の陰謀説」は意味をなさない、つまり歴史が動き始めました。今、私たちが生きているこの混とんとした世界がそれです。

 続く。