ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

世界史の入試問題について考える(1 京都大学2018前半)

    このところずっと放送大学の教員免許更新をやっていて、すっかりブログがご無沙汰でした(この話題も面白いので後日)。

 

    今回から2018年度の世界史の入試問題を解説しながら、大学は世界史で私たちに何を問いかけているのか、では私たちは何をするべきかについて考えます。

 

    第1回は京都大学です。

    問題は朝日、産経、毎日、日本経済新聞などから入手してください。予備校のサイトから行くのが早いです(河合塾東京大学京都大学については何年分を自分のサイトに上げています)。

 

    解答例は私のオリジナルです。

    すでに各予備校で解答例は出ているので、そちらも適宜みてください。

  代々木ゼミナール 一番長持ちです

sokuho.yozemi.ac.jp

 

 

京都大学 2018年

問題:近代のオスマン帝国と成立当初のトルコ共和国の国家統合について

条件:ミドハト=パシャ、アブデュルハミト2世、統一と進歩団、ムスタファ=ケマル

ヒント:内外の圧力による国家の危機。歴代の指導者が異なる理念に基づいて特定の人を糾合して国家解体を食い止める

 

 マトリックス

 

背景と理念

ミドハト=パシャ

列強の干渉→立憲主義 オスマン主義

帝国のムスリム、非ムスリムが平等=新オスマン

アブデュルハミト2世

露土戦争専制政治 パン=イスラーム主義

ムスリム

統一と進歩団

日露戦争、イラン立憲革命→ミドハト憲法復活 オスマン主義→パン=トルコ主義

トルコ人

ムスタファケマル

WW1敗北→脱イスラーム 政教分離政策

アナトリアに住んでいる人

 

 解答例

列強の圧迫に対抗してミドハト=パシャはミドハト憲法を発布し、宗教を問わず帝国内の諸民族を平等に扱うオスマン主義を唱え、立憲政治を目指した。しかしアブデュルハミト2世憲法を停止して専制政治を復活させ、パン=イスラーム主義を唱えて非ムスリムの反発を招いた。統一と進歩団は日露戦争を背景に憲法の復活を求めて青年トルコ革命を起こし、パン=トルコ主義を掲げて帝国内のトルコ人の団結を求めたが非トルコ人の反発を招いた。第一次世界大戦で敗北し帝国が解体の危機に瀕するとムスタファ=ケマルはスルタン制を廃止してトルコ共和国を樹立し、カリフ制度の廃止や政教分離をすすめてアナトリア住民による国民国家建設を目指した。(299字)

 

ポイント

    今のトルコ共和国の大統領がイスラームを掲げて統合を図ろうとしていることに対する歴史学習(批判?)になっていて、京都大学らしい問題です。

 

*発展:過去問ではアメリカの単独行動主義(2011)、冷戦後も中国は共産党一党独裁(2017)。

 

 たぶん世界史の先生なら「今の大統領の方針はムスタファ=ケマルの建国の精神とは違う」という話はしていると思いますが、『詳説世界史』には詳しい記述がありません。

 帝国書院と東京書籍には「オスマン主義」「パン=トルコ主義」の語句があります。

 

 解答の方針は、タンジマートの西欧化政策「ムスリムも非ムスリムも同権」→アフガーニーのパン=イスラーム主義を専制政治に利用→日露戦争によるナショナリズムの高揚、トルコ人主義(ロシアのトルコ人地域を狙う)→アナトリア国民主義(このころからヒッタイトの遺跡を顕彰するようになる)、という流れです。

 解答例はリード文の「内外の危機」を意識し、背景を足して文章を整えました。

 

 19世紀のアジア、アフリカの近代化と民族運動は私たちの問題であり、世界史学習の「後半のハイライト」です。

 ヨーロッパ列強の進出・侵略に対して、油断していると植民地にされてしまう、西欧化を無条件に受け入れると食い物にされてしまう(オスマン帝国、エジプト、イランのように利権を切り売りする)という状況です。

 そういう状況の中で、いくつかの従属地域は「国民国家」という西洋のシステムを受け入れて近代化と自立を図り、列強に対抗していくオプションを選びます。

 

 その際に「国民」に凝集性を持たせるためには、伝統的な価値観を近代的な視点から「読み替え」て国民のアイデンティティを構成することが不可欠です。

 選択肢は民族(エスニシティー)、宗教、住んでいる場所などですが、どれを使っても必ずそこから「漏れる」集団が出現します。

 これは「国民国家」が抱える宿命です。イタリアやドイツの統一(イタリア人やドイツ人って?)、中華民国(漢族?の国民国家)、明治政府しかりです。

 

*発展:しかも国民の凝集性はむしろ内外の「国民的でない」ものを利用する方がより高まるというのは嫌な話です。

 

 今のトルコ共和国(その背景にある西アジアイスラーム主義)の問題をきっかけに、今一度国民国家ナショナリズムの「作為性」について、また「多様性」とは何かについて考える良問です。

 ただ高校生には理解するのが難しいと感じます。とはいえここが「歴史総合」の本丸なので世界史の先生方は心しておいた方がいいです(笑)。

『詳説世界史』の今後の頑張り?に期待します。

 

解答例
a   劉備  
b   天津
c   重慶  
1   荀子  
2   始皇帝  
3   蔡倫
4   九品官人法  
5   四六駢儷体
6   孝文帝  
7   玄奘  
8   ソンツェン=ガンポ
9   龍門石窟  
10   西太后  
11   燕雲十六州  
12    
13   院体画  
14   秦檜  
15 湘勇
15 ゴードン  
16   陳独秀  
17   五・三〇事件  
18   ヴィシー政府  
19   崔済愚
20   フェルビースト
21   甲申政変  
21 清仏戦争
22 張学良  
23   無制限潜水艦作戦  
24 汪兆銘
24 李承晩

 

 

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西太后はやはり映像化したくなる人ですよね。他にも色々ありました。 

 

解説

 毎度おなじみ、紛らわしい、ややこしい、細かい、推理と理解、前後、抵抗のオンパレードです。

 

紛らわしい

9 15ア    19    京都大学を受験するなら雲崗と龍門の判別は朝飯前、湘勇と淮勇(とりはふるとり)、崔済愚と全琫準(準は準優勝=2番目)の区別もできて当然です。紛らわしいスペシャルで紹介済み。

  

ややこしい

5 四六駢儷体は京都女子大の回で紹介(あれは「四六」と書ければOKでした)。その時「ドボン」と言いました。ごめんなさい。でもこの構成ならドボンです。

 

推理・理解

b    天津は「北京条約で開港された」と「北京に近い」がヒント。清仏戦争は2015年の過去問をやっていれば気がつく。

 

前後もの

20    フェルビーストはきついですね。

 

抵抗もの

24ア    イ    汪兆銘は「寝返った人」もので紹介。李承晩は「李承晩ライン」(竹島問題の発端)の張本人さん。大問Iで問われたナショナリズムを刺激するお二人。

 

後半に続きます。

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com