もともと「school」って「スコレー」(暇)の意味ですから、学校がないとひまつぶしに困ります。スマホもゲームもそろそろ飽きてきた頃でしょう。
今回から休校中のひまつぶしに復習プリントを投下します。単元別のプリントはたぶん学校でプリントや学習ノートをもらっているので、テーマ史にします。
これは「ひつまぶし」 ∑d(d´∀`*)グッ!
第1回は中国の制度史と経済史です。人名よりも制度名を空欄にしています。
1 殷周時代
(a)< >(商)…現在確認できる最古の王朝(伝説では夏王朝)
氏族集団の連合(邑制国家)
王都のもとに多くの(1 )(城郭都市)が従属
神意の占いで国事を決定。 (2 )文字はその記録
→[A ]から発見
複雑な文様(饕餮文)をもつ(3 )器…祭祀用の酒器・食器
貝貨の出土…東南アジアから
(b)< >…都:西周[B ] 東周[C ]
(4 )流域におこる→前11世紀,殷を滅ぼし華北を支配
*易姓革命…天の命が変わると王朝も変わる
(5 )…有徳者に譲位する (6 )…武力で交代
(7 )制度
周王が一族・功臣・土着の首長に(8 )(封邑)を分与
→諸侯として領地を世襲
卿・大夫・士…王や諸侯の家臣→地位と封土(采邑)を付与
(9 )…親族関係の秩序や祭祀の方法(同姓非婚など)
家柄(宗族)にもとづく制度→父系の氏族重要
補足
殷の青銅器は神の権威を示すためかおどろおどろしい(これで金ぴかだと効果抜群)ですが、西周の青銅器は饕餮文は洗練され、器形も整い銘文が記され王名・歴史事実・この器の由来を叙べたものが増えます。政治が占い(神権政治)から君臣の人的結合関係(封建制度)へと変化したことが如実に示されています。
2 春秋・戦国時代
(c)< >時代…[10 ]が編纂したとされる歴史書『春秋』に由来
(11 ):周王の権威のもとで諸侯の招集・盟約の儀式を行う
春秋の五覇:斉の桓公,晋の文公などの有力諸侯
(d)< >時代…この時代の策謀をしるした漢代の書『戦国策』に由来
諸侯は王を称す。下克上(晋の三分や田氏による斉の乗っ取り)
富国強兵政策を推進
戦国の七雄(斉・楚・秦・燕・韓・魏・趙)中央集権的な政治体制
(12 )製農具・ (13 )の普及
→小家族の農業経営が可能→氏族の統制が緩和→農民の直接支配
(14 )普及→(15 )銭:斉・燕、(16 )銭:韓・魏・趙
(17 )銭:楚 円銭:秦
都市の発達 斉の首都臨淄
戦国の秦…孝公の時、[18 ]が変法を実施
補足
中国の文化圏が広がるにつれて、政治の正統性は神意→血縁→実力と変遷したと捉えることができます。
紀元前4世紀に台頭した匈奴は名古屋大学、京都大学でよく出題されますが、これを見ると始皇帝が修築した長城は趙と燕のものだとよくわかります。
こちらのマップをお借りしています。とても助かっています!
兵馬俑展で買った貨幣のレプリカの一部
青銅器は春秋時代に「編鐘」と呼ばれる楽器に使用されます。音楽は今も昔も上流階級の権威の象徴です。YouTubeより。
3 秦漢古代帝国
(e)< >…秦王政 前221年 斉を滅ぼす 都:[D ]
皇帝権力の絶対化(皇帝の称号)、中央集権化の推進
(19 )制の全国施行…中央から郡守、県令を派遣
貨幣(20 )銭・度量衡・車軌・文字(篆書)の統一
思想統制 (21 ・ )…李斯の建議
焚書…医薬・農業・卜筮以外の書物を没収。
(f)< >…劉邦(高祖)新都[E ]を建設
(22 )制採用…郡県制と封建制の併用
諸侯権力の削減→呉楚七国の乱(前154)
→郡県制と同じ中央集権体制成立
武帝の政治(前2世紀後半~前1世紀初)
(23 )(地方長官の推薦による官吏登用)
財政難打開策(経済統制)… (24 ・ ・ )の専売
(25 )…不足地に転売 (26 )…不足時に放出
五銖銭(半両銭から銅の分量を減らす)の鋳造
(27 )代の制度復活・非現実的改革を断行
→各地で反乱(赤眉の乱)
(h)< >…劉秀(光武帝)→首都[F ]
豪族勢力・宦官や外戚との対立
→官僚・学者に対する弾圧(166年 (28 )の禁)
補足
大阪大学2011年に「秦漢時代に採用されたり創始された中華帝国の仕組み」について、次の4点から説明しなさいという問題がありました。
1「中央が地方を支配する制度」秦:郡県制→漢:郡国制→実質郡県制
(遊牧民には銀、絹を払って妃を嫁に出すので実質降伏してる感じ)
3「正統とされた思想」秦:法家→漢:儒家
また東京大学の2017年の問題はローマ帝国と秦の帝国を比較する問題で、「漢字」「漢委奴国王」という指定語句がありました。
秦は春秋・戦国時代に各地で差異があった漢字を篆書という書体に統一します。これによって命令文書の伝達が容易になっただけでなく、中国の文化統一と東アジアを巻き込んだ「漢字文化圏」の形成につながります。
この「東アジア漢字文化圏」は、周辺国が中国王朝に臣下の礼を取り、中華帝国のパッケージを持ち帰って地元で自らが「小中華」として振る舞います。これが東アジアの政治文化として19世紀まで続きます。
なお「車軌の統一」は、当時の車は道にできた「轍」の上をレールみたいに通っていたので、各国はその車輪の幅(ゲージ)を微妙に変えることで敵国の侵入をしづらくしていました。鉄道ファンには腑に落ちるところです。
また始皇帝は度量衡を全国で統一実施する際、笛を満す水を体積の、同じく笛を満す1200粒のきびを重量の基準にとり、それぞれ倍量・分量の単位を定めました。管楽器の長さと音律の関係を知っている人には納得です。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspe1933/26/311/26_311_715/_pdf
空欄
a 殷
b 周
c 春秋
d 戦国
e 秦
f 前漢
g 新
h 後漢
A 殷墟
B 鎬京
C 洛邑
D 咸陽
E 長安
F 洛陽
1 邑
2 甲骨
3 青銅
4 渭水
5 禅譲
6 放伐
7 封建
8 封土
9 宗法
10 孔子
11 覇者
12 鉄
13 牛耕
14 青銅貨幣
15 刀
16 布
17 蟻鼻
18 商鞅
19 郡県
20 半両
21 焚書・坑儒
22 郡国
23 郷挙里選
24 塩・鉄・酒
25 均輸
26 平準
27 周
28 党錮
続く