読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

「AO入試に学力試験義務化」について考える

 5月10日、新聞各社が「文部科学省が2020年度から大学のアドミッション・オフィス入試(以下AO入試)や推薦入試について学力をみる試験の実施を義務付ける方針を固めた」と報じました。

   おそらく「新テストの活用」を睨んでのことでしょうが、「AO入試と学力」は私の身近でもよく話題になります。 

 今回はAO入試の歴史と現状について、いくつかのサイトを紹介しながら考えます。

 

過去ログ

 

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

*栄美通信『全国大学・短期大学AO入試年鑑 2016年発行版』を参考にしました。

*大学の内部資料や入試担当者の話など裏情報は扱いません。

  

 

1 AO入試って?

 

 AO入試は1998年度の『大学入学者選抜要項』にはじめて明記されました。その後2011年度に改訂され現在に至ります。

 

 

資料1 2017年度入試の『大学入学者選抜要項』

入学者選抜実施要項:文部科学省

 

 「第3 2の1」によると、AO入試とは

 

「詳細な書類審査と時間をかけた丁寧な面接等を組み合わせることによって、入学志願者の能力・適性や学習に対する意欲、目的意識等を総合的に判定する入試方法」

 

と定義され、実施に際して「以下の点に留意する」とあります。

 

① 入学志願者自らの意志で出願できる公募制とする。

② アドミッション・オフィス入試の趣旨に鑑み、知識・技能の修得状況に過度に重点を置いた選抜基準とせず、合否判定に当たっては、入学志願者の能力、適性、意欲、関心等を多面的、総合的に判定する。

③ 大学教育を受けるために必要な基礎学力の状況を把握するため、以下のア~エのうち少なくとも一つを行い、その旨を募集要項に明記する。

ア 各大学が実施する検査(筆記、実技、口頭試問等)による検査の成績を合否判定に用いる。

大学入試センター試験の成績を出願要件(出願の目安)や合否判定に用いる。

ウ 資格・検定試験等の成績等を出願要件(出願の目安)や合否判定に用いる。

エ 高等学校の教科の評定平均値を出願要件(出願の目安)や合否判定に用いる。

④ ③ア~ウを行う場合にあっては、③エと組み合わせるなど調査書を積極的に活用することが望ましい。

 

 

 

 AO入試は「ペーパーテストでは測りきれない、その大学の求める学生像にマッチする生徒かどうかを評価してください」という趣旨です。

 高等学校の学習指導要領も生徒を多面的に評価するよう求めていますから、「出口」である大学にもそれを求めるのは当然の流れといえます。

 

f:id:tokoyakanbannet:20170523192108p:plain

 

 

資料2 

平成29年度国公立大学入学者選抜について:文部科学省

 

資料3 私立大学を含むデータ

平成27年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況の概要:文部科学省

 

 AO入試は最初私立大学が導入し(有名なのが慶応大学のSFC)、現在は約10%がこの方式で入学しています。

 

*発展    推薦入試(約40%)を加えて今や私立大学の約半分が一般入試以外の入学です。

 

   国立では東北、筑波、九州が2000年度に実施、また「旧帝大」は後期試験を廃止する代わりにAOや推薦を実施するようになりました(国大協の方針)。

 数的には少ないものの、2017年度に阪大の文系など新規参入の大学・学部が相次ぎ、AO入試の定員がやや増加しました。

 

 

2 どうして「学力評価の義務づけ」?

 

 ところが高大接続の有識者会議からAO入試や推薦入試について「大学によっては「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」が十分に評価されていない」と指摘があり、2011年度の改訂で③「基礎学力の状況の把握」が明記されました。

    実態はどうなのでしょうか。

 

 
資料4 2013年1月9日付けの中教審の資料

 

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo12/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2013/01/09/1329266_1.pdf#search=%27%E4%B8%AD%E6%95%99%E5%AF%A9+AO%E5%85%A5%E8%A9%A6%E7%AD%89%E3%81%AE%E5%AE%9F%E6%96%BD%E7%8A%B6%E6%B3%81%27

 

 2012年度入試でのAO試験入学者は全体の8.5%(2000年の調査では1.4%)、うち私立は定員の10.2%がAO入試入学者(国立2.9%、公立1.9%)です。定員割れを起こしている大学ほど推薦やAOの実施率が高くなる傾向です(5頁)。

 9割以上の大学が「AO入試で学力把握措置をしている」と回答していますが、私立では8%が「実施していない」との回答でした(7頁)。

 ベネッセが実施した「大学生基礎力調査」では、AO入試合格者は一般、推薦、センター利用の方式で合格した生徒より苦戦しているようです(12頁)。

 一方国立大学では、AO入試合格者の大学での成績は一般試験のそれを上回るという結果も出ています(13,14頁)。

  

 

資料5 ベネッセ教育総合研究所「第2回大学生の学習・生活実態調査報告書」(2012年)

 

berd.benesse.jp

 

 この調査でも、入試難易度が低い私立大学ほど推薦・AO入試の比率が高くなる傾向です(第1章第1節)。

 「どんな入試方法で受験したか」別に3年生9月の学校外学習時間を集計すると(第1章第2節)、「1時間未満」は「一般・センター入試」は11.6%に対して「AO入試」は49.4%(0分が37.6%!)、平均時間は「一般・センター入試」が173 分に対して「AO入試」が79 分です。

 国立や難関私立のAO入試は12月(センターあり国立は2月)に結果が判明しますが、そうでない大学では解禁日(8月1日)以降、早くに合格が出る場合が多いです。

   

 
資料6 ライセンスアカデミーのシンクタンク、進路情報研究センターの「AO入試・公募制推薦入試動向調査」(2014年、2015年)

 株式会社ライセンスアカデミー 公式サイト

 

 「一般入試と比べてAO入試や公募制推薦入試で入学した学生の評価は」について、「学力が低い」という回答が突出(32%)していました(国公立だけだと8%)(2014 9頁)。

 またAO・推薦入試で「不合格になった生徒の特性」(2015 9~11頁)は「コミュニケーション能力の不足」が3割を占め、次いで「志望動機が不明確」、「学力不足」は1割程度でした。

 学力の担保は調査書と面接が多数派ですが、小論文やレポートを課した大学からは受験者の「語彙力や文章力の不足」が指摘されていました(2015、8頁)。

 

 

  以上から「AO入試合格者は基礎学力が不足?」は「AO・推薦入試の割合が高く難易度の低い大学ほど当てはまる確率が高い」と推論できます。

    大方の予想通りです。

 

 国立大学のAO入試は、最難関の「そんな条件満たす生徒いるの?」という「かぐや姫入試」(笑)はちょっとやり過ぎですが、公表されている課題を見ると生徒の興味・関心と学力を丁寧に吟味する大学が多数派です。

 また難関私立大学のAOも資格要件や課題がハードで「一般試験の方が合格しやすいのでは?」と思います。

 そうした大学のAO入試入学生は学力も意欲も高いのが普通でしょう。大学の「二極化」を痛感しました。

 

 

 

3 高校には問題はない?

 

 私は公平性の観点からはペーパーテスト一発勝負の入試が一番と考えますが、基礎学力を担保しつつ、学部特性を時間をかけて試す入試方式もありだと思います。

 またAO入試の課題を準備する過程で生徒は大学の学びを実感でき、大学へ行く意味も明確になります。教員も力がつきます。

 

*発展 私は関西大学文学部のAO入試に複数回つきあいましたが(全勝)、志望理由書で2000字書くには生徒も私も自分に向き合わないと無理です。おかげで長文が苦にならなくなりました(だからブログも長い)。

 

 ただ現場は「定員確保のために入試を軽量化する大学」と同様に複雑です。

 

 受験生の中にはAO入試を「学力テストがないラッキーな制度」と考える人もいますし(AOがあると知って急にそこが第一志望になる人もいる)、適性度外視で「一般試験では無理な生徒をAOで合格させたい」と考える先生がいるのも事実です。

 

*発展 この方法で国立の数を稼ごうとするとモラルハザードが起こるのでやめてください!

  

 資料4の10頁、「AO・推薦入試の受験を選択する理由」で多かったのは「早く進学先を決めたかったから」と「一般入試へ向けての受験勉強は大変だったから」でした。

 部活は3年夏まで頑張った生徒が引退直後にこの理由でAO入試を申し出たら「文武両道って何?」と言いたくなります。

 「軽量AO」があるから楽をしたくなるのか、私たちが楽を求めるから「軽量AO」があるのか、現代文の評論(笑)のような状態です。


 資料6の「AO入試や公募制推薦入試に向かない生徒の傾向とは」(2014 13~14頁)によると、「積極的にコミュニケーションがとれない」「志望動機が明確でない」「アドミッションポリシーや求める学生像に合致していない」「AOや推薦を入りやすい入試手段としてしか見ていない」「本学についてあまり知らないが受験だけしてみる」と耳の痛い意見が並びます。

 学校の指導が丸バレです(笑)。

 

 生徒が「楽に合格したい」から脱却しないと、志望理由書が担任の「入れ知恵」による「後付け」になります。それでは面接で応答できないし、小論文やレポート課題ができなくて当然です。コミュニケーション能力や基礎学力以前の問題です。

 私たち教員も自戒しなければいけません。

 

  

まとめ

 

  • AO入試はその趣旨にフィットする生徒にはよい制度です。
  • AO入試は学習意欲に欠ける生徒のバイパスではありません。
  • 学力も適性もしっかり試してくれる大学のAO入試を選びましょう。
  • 受験すると決めたら準備をとことんやって、その過程で「大学でやっていける力」を身につけましょう。
  • AO入試で「高望み」はやめましょう。「一般試験でギリギリ勝負になる?」ぐらいの大学が妥当です。

 

 

 最後に、AO入試を調べていて京都工芸繊維大学の「ダビンチ入試」が気に入りました。

 第一関門は理系の基礎知識・英語・日本語読解で、それをかいくぐった人が各学科の専門予備知識に挑みます。「万能人」の名を冠するにふさわしいです。

 別の機会に解説したいです。

 

www.kit.ac.jp

模擬講義に参加する@大阪市立大学2017

 先日生徒と大阪市立大学の「文学部を知りたい人のための市大授業」に参加しました。

 大変刺激的でしたので、本日はその内容を紹介しながら「オープンキャンパスの見どころ」について考えます。

 

 

 トロピカル。著者撮影。

 

f:id:tokoyakanbannet:20170509205922p:plain

 

 大阪市立大学大阪市住吉区JR阪和線杉本町駅からすぐ 医学部は天王寺駅前)にあり、8学部10研究科を有する公立大学では最大規模の総合大学です。

 交通アクセスもよく(JR天王寺駅から14分)、約7割が自宅通学生という地元密着の大学です。

 

 「市大授業」は、高校生や保護者に大阪市立大学の講義やキャンパスの雰囲気を体験してもらうことを目的として毎年開催されています。

    この日は文学部と理学部教員による模擬講義や、文学部の学生と大学生活などについて語らうフリートークなどが企画されていました。運営はほとんど学生がしていました。

 

こちら

www.connect.osaka-cu.ac.jp

 

 

 模擬授業は佐金武(さこんたけし)先生の「「自分探し」の哲学?」に参加しました。

 先生は「分析哲学」がご専門で、この日は「私」の定義についてでした。

 実存主義、ヒューム、養老孟司さんを引用しながら、「私」は実体に先立つのか、「私」が指し示すものは何か(身体、心、それとも別の何か?)、「私」が「連続している」(細胞は日々入れ替わり、記憶は失われるのに)と言えるのはなぜかついて話されました。

 

 文学部の楽しみは「みんなが当然と思っていることを改めて突き詰めてみること」です。哲学はその意味で「文学部の一丁目一番地」といえます。

 先生は「時間とは何か」も研究しているそうです。確かに「私」「時間」「生きている」など、考えれば考えるほど興味が尽きません。

 参加した高校生の多くが講義後の質疑で色々質問をしていました。さすがは哲学の講義に参加を希望した人たちです。

 

*理学部の模擬講義も「素数の不思議」「植物と重力」など数学や理科好きにはたまらないタイトルが並んでいました。

 

 

 その後「文学部学生とのフリートーク」を見学しました(割って入るのは悪いので聞き耳を立てていました(笑))。

  授業、空き時間の使い方、バイト、留学、サークル活動、先輩の高校時代の様子などが話し合われました。

 

 文学部は比較的自由に授業のスケジュールを組めるようです。他学部の授業を取ることも可能ですし、他学部の学生が文学部の授業に来たりもするそうです。大学は「好きな勉強が思いっきりできる」のが楽しいところです。

 

*発展1 ある先輩は数学が大の苦手で、センター試験の翌日に教材を処分したそうですが(笑)、大学で好きなことをするために「センターまでは」と頑張ったそうです。心理学や社会学、最近では歴史学も統計処理が必要ですし、文学部はそもそも物事を論理的に考えるところなので、その頑張りは無駄にはなりません。なお経済学部と商学部は二次試験にも数学が課されます。

 

*発展2 時間割の自由度は学部によって違います。看護専攻は全員同じ時間割で授業を受ける方が多数派です。

 

*発展3 市大生は市内の博物館や大阪城の利用に特典があるそうです。詳しくはオープンキャンパスで直接学生に聞いてください。

 

 

 文学部は1年生で色々授業を受けて専攻を決めることができます(国立の文学部はその方が多数派)。「アニメが好き」なら表現文化を選ぶもよし、「友だちとがっつり討論したい」なら哲学もよし、色々なアプローチから専攻を選ぶことができます。 

 先輩たちは生き生きしていて、「文学部が好き!」がにじみ出ていました。高校時代は勉強ばかりではなく部活に入れ込んでいた先輩もいて、「たぶんすごいエンジン積んでる人だろうな」というのが言葉の端々から感じられました。

    

 

 学術情報総合センター(図書館)施設見学会も行われていました。国内の大学では有数の所蔵規模(約250万冊)を誇ります。

 

外観 著者撮影

f:id:tokoyakanbannet:20170509221949p:plain

 

 

まとめ

 

  • 大学は4年間+α生活する場所です。偏差値順のランキング表ばかり見てないで実際に大学に行きましょう。
  • 宣伝が最低限で、体験授業や学生との相談会が充実しているオープンキャンパスは「この大学に行きたい!」という気持ちにさせてくれます。
  • 学生になって必ず使う施設、交通アクセスと周辺街、参加している現役大学生およびライバルの高校生の様子を見ておきましょう。

 

 昔取材した生徒が「オープンキャンパスで『ここで4年間過ごしたい』と思った。恋愛みたいなもの」と言ってました。皆さんも「ピン」とくる出会いをしてください。 

 ただ「ピン」とくるために先立つものは学問や将来に対する興味です。それは日々の勉強への真摯な姿勢から育まれます! すぐ勉強しましょう(笑)。

 

興福寺国宝特別公開2017 阿修羅 天平乾漆群像展

 ゴールデンウィークを利用して、奈良市にある興福寺に行きました。

 

f:id:tokoyakanbannet:20170504152550p:plain

 

 今回の展示は、国宝館が耐震補強工事のために1年間休館するので、西金堂(江戸時代の火災の後再建されていない)に安置されていた仏像を仮講堂に群像のように配置する、というコンセプトです。

 

興福寺のサイト

www.kohfukuji.com

 

*今回の記事は当日興福寺で頂いたパンフを参考にしています。

 

 興福寺近鉄奈良駅のすぐ東にあり、南都六宗のひとつである法相宗大本山です。藤原鎌足不比等ゆかりの寺院で、平城遷都の時に現在の場所に移転したそうです。

 西金堂は天平6年(734年)、光明皇后が母・橘三千代の一周忌供養のために建立しました。釈迦如来、両脇侍、梵天帝釈天十大弟子八部衆金剛力士像、四天王、華原磐(金鼓、儀式用の楽器)などが安置されていましたが、何度か火災に遭い(最も有名なのが治承4年(1180年)、治承・寿永の乱の時に行われた平重衡の南都焼討)、八部衆8体と十大弟子の6体と華原磐が当時のまま今日に伝えられています。

 

 9時開場の20分前に着きましたが、すでにチケットを求める人で長蛇の列でした。その後は特に混雑はなく仮講堂に入ることができました。

 

f:id:tokoyakanbannet:20170504135921p:plain

 

 

 仮講堂にはこんな感じで仏像が整列していました。

 

広目天 金剛力士(吽) 帝釈天   阿弥陀如来  梵天  金剛力士(阿)  多聞天
                 竜灯鬼 天灯鬼
 迦旃延 須菩提 目犍連                 舎利弗 富楼那 羅睺羅
            迦楼羅 緊那羅     鳩槃荼 乾闥婆
            五部浄 阿修羅     沙羯羅 畢婆迦羅
増長天                華原磐                持国天

 

 

 阿弥陀如来がセンターで、四隅を四天王が守っています。

 阿弥陀如来の前にいるのが八部衆です(赤文字)。インド神話に登場する神々で、仏教に帰依してその守護神となります。経典では「天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅緊那羅、摩睺羅伽」を指します。

 

 展示の目玉である阿修羅はインド神話に登場する戦闘の神で、一般的には激しい怒り顔で三つの顔と六本の腕を持つ姿で表されますが、興福寺のそれは繊細な表情で、腕と体は細く少年のようです。八部衆のうち阿修羅を含めた4体は少年像です。光明皇后の希望でこういう表現になったと推察されています。

 迦楼羅(かるら)は空想上の鳥でいわゆる「ガルーダ」、インドネシア航空の名称にもなっています。インドネシアムスリムが多いですが『ラーマーヤナ』が好んで上演されるなど様々な信仰が土着のそれと結びついて共存しています。

 

*発展 八部衆像は「乾漆像」です。粘土で塑像を作り、その上から漆に浸した麻布を数回塗り固めて造形します。乾燥後に像を割り、中の土を取り除いて新たに木芯を入れてふさぎます。

 漆の接着・乾燥を繰り返すというお金も時間もかかる技法ですが、繊細な表現が可能です。興福寺八部衆は優しい姿でガードマンっぽくないです(笑)が、軽量小型のおかげで何度か火災に見舞われたときに持ち出すことができ、8世紀の姿を今に伝えています。

 

こちらのサイトを参考にしました

 

奈良の名刹寺院の紹介・仏教文化財の解説など

 

 

 八部衆の横にいるのが十大弟子(青文字)で、釈尊(釈迦)の弟子達の中で主要な10人のことです。6体が現存しています。ただし作られた時の「どれが誰」が伝わっていないので、仏教説話の年齢や性格と像の表情や衣文線の表現から名前を「比定」しています。

 舎利弗(しゃりほつ)は「智慧第一」と称され釈尊が特に信頼をよせていたといわれます。 「般若心経」の中には釈尊の説法の相手となり「舎利子」として登場します。

 目犍連(もくけんれん)は舎利弗の友人で一緒に釈迦に弟子入りします。神通力で餓鬼道の母を救出したことが今日の「お盆」(盂蘭盆会)の起源とする説があります。

 羅睺羅(らごら)は釈迦の実子で弟子のひとりですが、この像は目を閉じているので、盲目の僧阿那律(あなりつ)の像として作られたのではないかという説もあります。

 

 天平の繊細美を堪能できます。前期の展示は6月18日までです。奈良国立博物館では快慶展が実施中、9月には東京国立博物館で運慶展があります。こちらも是非どうぞ。

www.narahaku.go.jp

 

 

 

 境内の鹿が「メ~」って鳴いていました。

 

f:id:tokoyakanbannet:20170504153518p:plain

 

桜の花はいつ頃から準備される?

 今年は高校の入学式が土日の関係で遅く、桜は持つかなと思いましたが、開花してから寒い日が続いたので結構頑張ってくれました。

 

f:id:tokoyakanbannet:20170426162312j:plain

 

 さて桜は年度の初めを祝うように一斉に美しい花を咲かせます(お住まいの地域によってタイムラグはあります)が、花はいつごろ準備されているのでしょうか?

 NHKの気象情報で見たのですが、実は前の年の夏の終わりか秋の初めにはもう桜の花はでき上がっていて、その後眠りにつくそうです!

 

*正確には「鱗片(りんぺん)の葉に囲まれた固い越冬芽(えっとうが)の中に収まっている」そうです。

 

以下のブログに詳しいです。

ふしぎな森のふしぎ先生: 桜の花はいつ出来る?

 

松江気象台

桜について

 

 秋に暖かい日が続いたりしても、勘違いして目が覚めないように、芽の近くについてる葉から成長を抑制するホルモンが分泌されています。

 冬が来て寒い日が続くと、寒さでこのホルモンが壊れて徐々になくなり、鍵の外れた芽は休眠から目が覚め(休眠打破)、春の訪れとともに開花するそうです。


 自然のメカニズム、恐るべしです!

 

 高校生も高校の教員も「自転車操業」になりがちです。テストがあるから勉強する、模試があるから対策プリントを渡す、センター試験が終わってから行けそうな大学を探して二次試験の準備をする、等々。

 

 桜は受験の象徴でもあります。桜の「ひとつ前の季節に準備をして、その時に備える」という段取りの良さにあやかりたいものです。

 

「忍者」と「忍び」について考える

 私の生活エリアは「忍者の里」として有名で、行政も忍者を「町おこし」の中心に据えています。

    観光客への忍者衣装の貸し出し、忍者のラッピング電車、忍者アクション部隊や忍者のゆるキャラもいます。2月22日に「忍者市宣言」をしていました(にんにんにん?)。春の週末には「NINJAフェスタ」と題して各種催しものが行われます。

 

こんな感じ(著者撮影) この車両はすでに廃車になりました。

f:id:tokoyakanbannet:20170131182557p:plain

 

 

 しかし忍者がマンガのヒーローや観光資源になると、歴史上の忍者と乖離してしまい、イメージの忍者の方が本物のように思えてしまいます。

 

*補足:忍者といえば黒装束ですが、真っ昼間にその格好でうろうろしていたら目立ってしょうがないですし、貸し出し衣装にはピンクもあるし犬用もあります!

 

 先日三重大学人文学部山田雄司先生の「忍者の世界」という講演に参加しました。「ブログにあげてもいいですか」と伺ったところ快諾をいただきましたので、その様子を記します。

 

 

講演の内容

 

 忍者に関する本はたくさんありますが、根拠がないものが多いです。大学の研究は原典を示す必要があります。私は古文書を元に忍者の実像を調査しています。

 

 「忍者もの」と呼ばれるジャンルは江戸時代からあります。戦後だと司馬遼太郎の『梟の城』(1958年)、最近では『NARUTO』(1999年)が有名です。

 「忍者もの」はその時代を反映しています。『梟の城』では忍者は社会から阻害されている人として描かれます。

    アメリカで忍者=ninjaが広まったきっかけは『燃えよNINJA』 (“ Enter the Ninja” 1981年 主演はケイン・コスギの父ショー・コスギ)のヒットですが、元ネタはブルース・リーの『燃えよドラゴン』(“Enter the Dragon” 1973年)で、忍者はアクションヒーローとして描かれます。

 

 しかし古文書を調べていくと、忍術は現在の格闘的なイメージとは違って「生きるための術」だということがわかります。

 

 「忍者(にんじゃ)」という語が定着するのは昭和30年代頃で、江戸時代では「忍者(しのびのもの)」と呼ばれていました。それ以前は「忍び」「乱波(らっぱ)」「透波(すっぱ)」「草」「かまり」などと呼ばれていました。

 忍者の主な活動は時代によって職務は異なりますが、戦闘ではなく情報収集が中心で、「職業」として認知されていました。

 17世紀初頭に刊行された『日葡辞書』(宣教師用に日本語をポルトガル語で解説)では、“Xinobi”.(シノビ)は「戦争の際に人目を忍んで敵陣に潜入する間諜」と説明されています。

 14世紀の『太平記』には(巻第二十「八幡宮炎上の事」)「逸物の忍び」が石清水八幡宮に火をかけたと記録されています。

 

 「忍び」を職業とする人は伊賀から甲賀一帯に多く住んでいました。映画では対立しているように描かれる両者ですが、実際には通婚の形跡もあります。

 この地域が選ばれた理由は、京都から適度に離れていて周囲を山に囲まれているので秘密が守りやすい、領主の力が弱く、国人・土豪の力が強い、が考えられます。

 現在でもこの地域には多くの砦や石垣や壕を持つ館の跡が残っています。「伊賀惣国一揆」「甲賀郡中惣」といった自治組織を形成し、掟をつくって連帯していました。

 

 15世紀には第9代将軍足利義尚が近江六角高頼を責めた際、甲賀衆はゲリラ戦で抵抗し、16世紀後半の天正伊賀の乱では織田軍を悩ませました。また本能寺の変後に堺から地元に戻る徳川家康を伊賀者・甲賀者が護衛したことは有名です。

 これがきっかけで伊賀者(衆)・甲賀者(衆)が知られるようになり、江戸城の警備も担いました。半蔵門服部半蔵(正成)に由来します。また諸大名も伊賀者や甲賀者を忍びとして重用したので両地域は「忍び」の供給地となりました。

 

 忍びに必要な資質が『軍法侍用集』(1618年)に記録されています。それによると、「第一、智ある人。第二、覚のよき人、第三、口のよき人」とあります。つまり城内に潜入してその様子を暗記したり、旅人や僧侶に変装して町の人々から情報を聞き出すなど、今風に言うと記憶力やコミュニケーション能力が必要とされました。

 『万川集海』(1676年)には、「忍び」は「音モナク嗅モナク智名モナク勇名モナシ、其功天地造化ノ如シ」と、名前も残さず大きなことをする人と書かれています。

 また「正心」といって、主君のために忠節を尽くし、自分の利益のために術を使ってはいけない、というのが、忍者の心得です。「忍」という字は「刃」の下に「心」を置きますが、どのような状況でも堪え忍ぶ心持ちが重要ということです。

 

 忍者の道具も敵の城に潜入するためのものが大半です。有名な「水蜘蛛」も足に付けたのではなく、浮き輪のようにして使ったと考えられます。

 「忍び」の術も同様で、記録によると手足の関節を自由自在に外して狭いところを楽々通過する術があったそうです。

 幕末には「忍び」が現在の津市へ赴き「観海流」という古泳法を習ったという記録があります。「黒船」に潜入するための訓練だったと思われます。

 

 職業である「忍び」はこうして様々な忍術を身につけて「忍び」と認められました。「忍び」の免許状や主君に使える際の「誓約書」が現存しています。

 

 忍術は知識の集合体で、宗教・兵法・心理学・生物学・医学・薬学・武術など「総合アート」です。また忍者は日本人のあり方をよくあらわす存在でもあります。堪え忍ぶことや、無名の技術者が作る高い技術のねじなどは、まさに「音モナク嗅モナク智名モナク勇名モナシ、其功天地造化ノ如シ」です。

 


感想

 

 私の身体の大半は漫画とアニメと特撮もので構成されているので(関節を外す術は『レインボーマン』の「蛇変化の術」!)、過去の作品を振り返ると、私たちは時代の矛盾や「こうありたい」というイメージを忍者に投影してきたといえます。

 

 少年漫画の「忍者もの」の草分けは、貸本漫画の白土三平忍者武芸帳』(1959年)、少年サンデーの横山光輝伊賀の影丸』(1961年)です。

 

 前者は司馬遼太郎と同じくアウトローの世界を描きます。主人公はいわれのない差別を受け社会から追われます。さらに『カムイ伝』(1964年)は江戸時代を舞台に社会の矛盾や差別を正面から描き、反戦運動学生運動を背景に大きな支持を得ました。

 一方後者は「チャンバラもの」や「戦記物」(特にゼロ戦もの)と同じく(忍者の子孫がゼロ戦を操るという漫画もあります!)必殺技を繰り出して敵と戦いを繰り広げます。

 

 夏目房之介さんが『マンガと戦争』(1997年)ですでに指摘していますが、戦後まだアメリカの物量の前に敗北した経験が生々しい中、不利な状況下で少年主人公が必殺技で敵を倒すモチーフが少年漫画雑誌で繰り返し描かれます。

 「戦記物」はどうしても日本の敗北で終わりますが、「忍者もの」は歴史上の人物を借りて多少リアリティーを確保しながら無限に話を作ることができます。忍者ものは後の少年漫画雑誌のメインコンテンツとなるスポーツもの、SFアクションヒーローものの原点といえます。

 

 小熊英二さんは『民主と愛国』(2002年)で戦後思想を「新しいナショナリズムの構築」という視点でとらえていますが、少年漫画に描かれる忍者も「権力からの自由」や「物量の不利を技術で補う」という戦後日本の新しいナショナリズムの「アイコン」かもしれません。

 山田先生が掘り起こした「忍び」の「音モナク嗅モナク智名モナク勇名モナシ、其功天地造化ノ如シ」も、NHKの『プロジェクトX』と同じく「技術立国」という戦後日本のアイデンティティに通じるものがあります。

 

*補足 おそらく『忍者ハットリくん』は核家族、『忍たま乱太郎』はコミュニティーとしての学校、『あずみ』は戦う女性の表象でしょう。忍者は常にその時代のあり方を示す「アイコン」として生き続けています。ちゃんと研究したら面白そうです。

 

*補足 話は忍者から外れますが、戦記物から派生した『サブマリン707』(1963年)や『宇宙戦艦ヤマト』(1974年)は「外から借りた技術をアレンジし、使いこなして国益ではなく人類の平和のために戦う」という出口を見つけました。

 また『沈黙の艦隊』(1988年)では米軍と共同開発した原子力潜水艦が独立国家「やまと」と名乗り、卓越した操艦で米軍を出し抜き、常設国連軍を提案します。まさに戦後ナショナリズムの総決算のような作品です。


 こうして「忍者」は「忍び」以上のポピュラーな存在になりました。

    そこでひとつ気になったことがあります。

 

 最近「町おこし」で萌えキャラを使用する自治体が増えましたが、私の生活圏のくノ一萌えキャラには何の異論もありませんでしたが(個人的には赤の忍者服はどうかと)、同じ人が監修した海女の萌えキャラには地元から反対が起こりました(画像は検索してください)。

 海女は現地の人にとってリアルな存在であり、萌えキャラが実態に即していないからです。一方私の町には本物の忍者はいないので、忍者は完全に表象と化しています。

 

*補足 ちなみに私は歴史に名を残す「忍び」の直系子孫を担任したことがあります。実家には江戸時代の武具などがありますが、もちろん職業は忍者ではありません(笑)。

 

 忍者の故郷に住む私たちは「表象としての忍者」を観光資源としています(現代文の評論風に言うと「消費」している)。古文書に基づく「忍び」の実像より、激しいアクションやカラフルな忍者コスチュームの方が好まれて当然と思います。

 私はそれに目くじらを立てる気は毛頭ありません。表象だからこそ忍者は時代を超えた「アイコン」たり得ますから、観光客の方には存分に忍者を楽しんでもらえればと思います(忍者電車もどんどん乗って欲しいです。赤字なので(泣))。

 

 ただ地元民は史実としての「忍び」と、「忍者が日本や世界の文化の中でどう語られてきたのか」をちゃんと分けて外部の人に説明できるようにはしたいです。

 

 そういう私も今回講演を聴いて初めて知ったことも多いので、三重大学でちゃんと勉強したいと思いました。

    山田先生、ありがとうございました。

 

高校二年生4月 やりたいことを見つけるには

 新学期になりました。二年生は「中だるみ」ではなく、この1年間のうちに学習習慣、得意科目、進路先、何より「勉強していて楽しい」気持ちに目処をつけたいです。

 

過去ログ

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

 先日リクルートマーケティングパートナーズの佐野正明さんから「これからの進学(将来)に向かって」と題してお話をいただきました。

 私がこのブログで好き勝手言っている(笑)ことの上を行く内容でしたので、許可を頂いてその要旨を引用しつつ、新二年生の心構えについて考えます。

 

* ◎と下線は私が大事だと思った部分です。

 

 

内容

 

1 進路を決める際の基本的なスタンス

 

  •  ◎「やりたいこと」は自分の知っていることの中からしか見つからない。知っていることを増やせば「やりたいこと」に出会う確率が上がる。
  •  人間は「見たいと思ったことしか見ない」性質がある。だから何かあったときにちょっと立ち止まって考える習慣を持つ。
  •  ◎一見自分に関係なさそうなことでも、「もういいや」と思わずちょっとかじってみる
  •  たくさんのことを知っているよりもひとつのことを深く考えた方がいい。例えば「福祉の資格が欲しいが旅行業界にも興味がある」と悩んでいる人は、福祉学科に進んで高齢者が安全・快適にできる旅行を考えることもできる。

 

2 進路の絞り方

 

  •  まず「自分が何に興味があるか」考える。
  • 職業はおおむね「つくる」(製造)「あらわす」(表現)「おしえる」(教育)「つたえる」(伝達)「たくらむ」(企画)「うる」(販売)のどれか。
  •  二年生の時に「これが面白いな」というものに出会う。
  • 興味がわいたものを突き詰めていくとなりたい職業や学びたい学問に出会える。
  •  したいことが思い浮かばない場合は「得意なこと」「活かせること」から考える。英語が好きなら「文学」「語学」「背景にある文化」など、英語のどこに興味があるか深めていく。

 

3 大学の選び方

 

  •  「したいこと」が見えてきたら、それぞれの大学の特徴を調べてマッチングさせる。
  •  大学はイメージではなくデータで比較する。「グローバル○○学科」など似た名前の大学の場合「英語学習がメイン」と「社会の考察がメイン」など学習内容に違いがあり、取れる資格が異なることもある。
  •  大学の学問は常にアップデートしている。受験生は知っている情報だけで判断せず、常にアンテナを張って自分の情報もアップデートする。
  •  合格するのが難しい大学ほど設備、研究資金、人的資源が豊富。知らない世界に出会えて自分を鍛えられる。その結果希望する職種に就く可能性が高くなる。

 

4 普段からの心がけ

 

  •  「行きたい気持ち」と「行くための力」が揃って進路は拓ける。
  •  ◎社会人に必要な「コミュニケーション能力」とは「どうすれば相手に伝わるかを工夫する」スキルと、「伝えたいことをキャッチする」スキルのこと。
  •  ◎自分で自分の可能性に蓋をしない。「もう少し練習すれば」「ここを先生に聞いていれば」と、常にちょっと立ち止まってもう少し考える習慣をつける。
  •  目標が決まっている人は「山登り」学習。目標を決めて、そのためのスモールステップを作り、ひとつひとつこなしていく。
  •  ◎目標が決まっていない人は「筏下り」学習。とにかく目の前のことをクリアしていきながら自分ができることや興味のあることに気付く。

 

 

以下は私の感想です。

 

 

1 「行きたい気持ち」を起こさせる

 

 高校の先生は「まずなりたいことを決めて、必要な仕事を見つけて、必要な大学を見つけて、必要な勉強をしましょう」と言います。

 しかし多くの生徒は「したいことが見つからない、目標が立てられないから勉強する気が湧かない」と言います。逆に「私はペットが好きだから獣医(またはトリマー)」と成績に不釣り合いな志望をして担任を困らせることもあります。

 

 佐野さんがおっしゃるように、「自分が持っている情報は非常に狭い」ことを自覚することです。

 私の住む地方都市だと大卒で就く身近な職業は教育や医療など資格系、他には銀行員など出会える「社会人」の範囲が狭いです。また高校生は勉強、部活、塾、SNSで生活がパンパン、落ち着いて物事を考える余裕がありません。

 

 まずは大学の学問や職業に好奇心を抱くことです。そのための方法は二つです。

 

 ひとつは「現物を見る」です。

 学問については、模擬授業をしっかりやってくれる大学のオープンキャンパスに参加することです。

 学問は多様です。文学部は文学ばかりやっている訳でなく研究内容は多岐にわたります。また福祉と旅行の例のように、最近は境界線に新しい学問が生まれる傾向があります。

 オープンキャンパスに行くとそうした学問の奥深さや、それが社会の何とつながっているのかを知ることができます。

 さらに大学生の先輩の相談窓口があるので、大学や学生生活の裏話(笑)を聞き出すこともできます。

 

*発展 オープンキャンパスに行く前に予習しましょう。

 

お薦め(五十音順) 

スタディサプリ

shingakunet.com

 

夢ナビ

yumenavi.info

 


 職業については、プロフェッショナルの話を聞いたり、仕事の現場を見ることです。

 ライフネット生命出口治明さんの講演に参加しましたが、どういう動機で保険業をしているのか、学生時代に何をしなければいけないのかについて、数字・ファクト・ロジックを使って明快に話されていました。

 企業訪問のプログラムがある高校は、大学のどういう学問が現場とつながっているのか、仕事や学問がどのような形で社会に貢献しているのかを実感しましょう。

 

*発展    最近はコンピテンシー(主体性や協働性)を重視するキャリア教育(大学や商店街とコラボするとか)が盛んですが、目的をはっきりさせないと「行事のための行事」に陥り、生徒(教員)に負担感だけが残ってしまうこともあるので注意です。

 

 ただこうしたイベントは一過性のものになりがちです。

 私が重視するのは「高校の教員が自分の専門について熱く語る」です。

 高校生が学問に触れる一番身近な機会は教員です。授業の中で「歴史学はこんなことも研究対象なんだ」「世の中の色々なことは物理でできている」、もっとダイレクトに「○○大学出身の先生は言うことが違う」と生徒が思えば、「大学について掘り下げて調べよう」という気になります。

 いや、そういう気にさせなければいけません。

 

 そのタイミングで担任が「○○大学だとこんなことができる」と水を向けます。教員は自分の専門は当然として、大学の学問に興味を持って守備範囲を広げる必要があります。

 ただし教員も授業以外の業務が多くて生徒と同じく余裕がありません。授業は点数を取るためのドリル、進路指導は受験産業の偏差値(「○○大学は△△大学が無理な生徒が行くところ」と指導されても興味が湧きません。実話)や、「国立か私立か」という表面的な情報だけでは生徒の興味をひくのは難しいです。

 


2 勉強しながら行き先を見つけ、力をつける

 

 進学校に入学した以上は「上級学校への進学」がゴールです。「なりたいことが決まらないから勉強する気が湧かない」という前に勉強するべきです。佐野さんの「筏下り」の例えは秀逸です。川に入った以上は下るしかありません。

 「家業を継ぐために医学部」のように目標がはっきりしている人よりも、そうでない人の方が多数派です。「勉強する中でやりたいことを見つける」方が現実的です。

 

f:id:tokoyakanbannet:20170407133709p:plain

 

 そう考えると高校のプログラムは重要です。なぜなら「できること」が増えた方が興味を持つ学問に出会いやすくなるからです。

 予習・授業・復習のサイクル、小テストや定期考査での確認、実力テストで未知の問題に対応する力をつける、一年生で国数英にめどをつけ、二年生で理科や社会で得意かつ将来につながる科目を見つける、というように短期・長期のスパンで生徒を鍛える戦略が必要です。

 

 「自分の教科や部活動だけ強ければいい、よそもビシバシやればいいではないか」という考えでは生徒が消耗するだけです。宿題の量を他教科と調整したり、部活動の休養日を設定したりと、「組織全体で生徒を無理なく鍛える」ことを考えなければいけません。

 

*発展 元プロ野球監督の野村克也さんはことあるごとに「野球人である前に社会人であれ」、つまり野球は勝つことが目標であり、そのためには自分が組織の中でどの役割を担えばいいか考えよ、と言っています。「弱いチームの選手は勝利よりも個人成績ばかり考える」は耳の痛い話です。

 

 三年生になると受験が本格化します。生徒も教員も大学そのものと、入試問題の両方に興味を持って取り組まないと1年間持ちません。行きたくもない大学に合格するために嫌々勉強している生徒に教員が「最後まであきらめるな」と言っても逆効果です。

 二年生が終わるまでに勉強の中で新たな発見をしたいです。

 

 教員も同じです。私が今何とか(笑)進学校でやれているのは、毎年大学の入試問題を解き、生徒とバトルした結果、ものの見方や考え方が更新されてきたからだと思っています。

 

 

まとめ

 

 生徒に余裕がないと目の前のことを疎かにし、その結果進路が見えてきません。だから将来がイメージしやすい資格系に走りがちです。

    また教員も余裕がないと小手先ごとに走ってしまいます。

 将来を考えるにはまず興味を持つ、そして掘り下げることです。それができる環境を整備することが教員の課題です。

 月並みですが、まずは授業を大事にすることにつきると改めて思いました。

 管理職さんには教員数の増加を切にお願いします(笑)。

 

 ご協力いただいたリクルートマーケティングパートナーズ様、ありがとうございました。

 

エイプリルフール ポワソン・ダブリル

 朝から娘がキッチンで魚の形のパイを焼いていました。

 

f:id:tokoyakanbannet:20170401155348p:plain

*フランスなので有名な絵本のあの方風ぬいぐるみを添えました。顔出しNG。 

 

 フランスではエイプリルフールを Poisson d’avril(4月の魚)といいます。魚の形をしたお菓子を食べたり、子どもたちが紙に書いた魚の絵を人の背中にこっそり張り付けるいたずらをしたりします。

 「4月の魚」とはサバのことを指すと言われ、ちょうどこの頃にサバが簡単に釣れるためこう呼ばれるという説があります。

 

 エイプリルフールの起源には諸説ありますが、そのひとつが1564年にフランス王シャルル9世が1月1日を新年にしたことに反発した人々が、4月1日を「嘘の新年」とし、馬鹿騒ぎをはじめた、というものです。

 シャルル9世といえば王母がカトリーヌ・ド・メディシスユグノー戦争(1562年)の人です。

 ちなみにシャルル7世は15世紀、百年戦争中に即位しその後王権を強化した人、シャルル8世は15世紀末、イタリア戦争を開始した人、シャルル10世アルジェリア出兵と七月革命の人です。紛らわしいものは芋づるで復習しましょう。