ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

国立・私立大学世界史直前チェック(文化史⑥イスラーム)

 大学は歴史の理解と教養の観点から入試で出題する割に高校の授業では「なおざり」になりがちな文化史、今回はイスラームの文化史です。

 私立大学ではイスラームの理解につながる語彙がよく出題されるので、チェックリストを付録にしました。試験会場での直前チェックに使っていただけると幸いです。

前回

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

関連回

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

目次

 

イスラーム文化史

1 イスラームの概要

補足

 アザーン。一日5回の礼拝(サラート)への呼び掛けで肉声で行われます。東京ジャーミー公式より。


礼拝の行い方 - 1 アザーン ( How to pray - Adhan )

追記 2021年3月14日

大阪大学2021年の問題にスンナ派シーア派の違いを聞く問題が出たので、しっかり定義しておきます。

参考 

イスラームのとらえ方 (世界史リブレット)

イスラームのとらえ方 (世界史リブレット)

  • 作者:東長 靖
  • 発売日: 1996/11/01
  • メディア: 単行本
 

 スンナ派シーア派の起源は元来は政治的で、ウマイヤ朝のカリフ位をめぐる争いにありました。

 シーア派第4代正統カリフのアリーとその子孫を自分たちの指導者(イマーム)と考える人々です

 アリーの支持者たちはウマイヤ朝のカリフ位を認めず、ムアーウィヤの死後アリーの遺児フサインを立てて挙兵しますが失敗し、フサインはカルバラー(現イラク)で殉教しました。

 シーア派イマームだけが『クルアーン』を正しく解釈することができる、政治的にも宗教的にも最高の指導者とします。

 ただし何代までイマームと認めるかによってシーア派内で対立があり、その結果いくつかの分派になっています。

 教科書に出てくるのはファーティマ朝を建設したイスマーイール派で、第7代イマームはイスマーイールの系譜に受け継がれると考えます。

 サファヴィー朝以降イランの宗派になるのが十二イマーム派で、第十二代イマームは死んだのではなく一時的に(霊界に)隠れているだけで、世界の終末の時に救世主(マフディー)として再臨すると考えます。

 「隠れイマーム」のかわりにその権限を代行するのが法学者や宗教知識人で、1979年のイラン革命でホメイニが最高指導者として大きな権限を持っているのはこの考えによります。

 一方スンナ派は、ムハンマド以後の代々のカリフの政治的な指導権を認め、『クルアーン』とハディースムハンマドの言行(スンナ)を集めた伝承)を行動の是非の判断基準とします

 つまり神と交信できるのはムハンマドまでで、カリフは「ムハンマドの代理」としてウンマ(宗教共同体)を指導するのが仕事です。

 ただしアッバース朝アラブ帝国から信徒間の平等を建前とするイスラーム帝国に変質すると、カリフは「神の代理」とみなされるようになり、その後地方政権が分立すると、アミールやスルタンなど世俗の支配者の称号がうまれます。

 ムスリムの生活全般や行動の是非は「全体の合意」が根拠ですが、通常はウラマーと呼ばれる宗教知識人が行います。「コーヒーがアルコールに当たるかどうか」の論争は有名です。

 両者は儀礼面ではほぼ同じですが、シーア派は歴代のイマームが時の政権によって殺害され殉教したと考えるので、その墓を参拝します。また先述のフサインの殉教を悼む催し物が各地で行われます。

祭りの様子 


www.youtube.com

 2 イスラーム社会の特徴

① 都市文明

征服地に(1    )(軍営都市)軍人・商人・職人・知識人などが居住

イクター制:土地の徴税権を軍人に与え、各人の俸給に見合う金額を直接農民や都市民から徴収する ブワイフ朝で創始、セルジューク朝で普及

礼拝堂(2     )と学院(3      )…信仰・学問・教育の場

(4      )学院…セルジューク朝のニザーム=アル=ムルクが建設

市場(5     )(ペルシア語でバザール)…生産と流通の場

貨幣経済…金貨(ディナール)銀貨(ディルハム)二本位制 小切手

手工業…亜麻・綿・絹織物、絨毯、紙、ガラス製品

製紙法…751年 (6    )河畔の戦いで唐から伝わる

→8世紀にサマルカンドに製紙工場建設 バグダード→カイロへと広がる

 都市の富裕商人…交易で得た利益で綿、サトウキビなど商品作物の栽培

 →(7     )…モスク、マドラサ、隊商宿(8      )を建設

         街に寄付する

② 神秘主義と信仰の広がり

神秘主義(9      )の流行

10世紀以後,形式的信仰を排除,神との一体感を希求

神秘主義者(スーフィー)がアフリカ・インド・東南アジアに進出

→各地の習俗をとりいれ,信仰をひろめる

補足 

 イスラームアッラーへの絶対帰依を示すために信仰告白をしたり断食をしたりと「行為」が信仰の中心です。たしかに漫然と神を信じるよりは、神の啓示や預言者の言葉に従って行動した方が「信仰している」という実感が湧きます。

 しかしそれは信仰が形式化する危険もはらみます。イエスパリサイ派を批判したのもそこでした。そこで修行によって信仰を内面化しようとするのがスーフィーです。

 だから「神秘主義」といってもいわゆる「オカルト」ではなく、修行で自らを無にして見えていない真理に到達する=神と合一する、という意味です。

 スーフィーイスラームの法の範囲で活動していますが、どちらかといえば形式にあまりこだわらないところがあるので、非アラビア世界で民間信仰と結びついてイスラームを広める役割を果たしました。

 18世紀にはそれを堕落とみなし、ムハンマドの教えに回帰すべきとするワッハーブ派が現れ、アラブ人の民族主義と結びつきます。

    メヴレヴィー教団はコンヤ(ルーム=セルジューク朝の都があった街)で活動した神秘主義教団のひとつで、旋回する舞踊で修行を行うのが特徴です。1925年に道場は閉鎖されましたが、観光用として舞踊は残っています。


メヴレヴィー教団のセマー

 

3 イスラームの文明

① 固有の学問

『(10    )』(コーラン)の解釈から発達した学問

神学: [11       ]…神秘主義を容認

   (12      )…イスラーム

   (13     )…イスラーム神学者

   (14    )学院 カイロ ファーティマ朝シーア派養成機関

           アイユーブ朝以降はスンナ派の研究

言語学アラビア語の普及)・法学(『クルアーン』の解釈)

歴史学 タバリー:9~10世紀,年代記形式の世界史編纂

[15      ](チュニス)14世紀,歴史に法則性『世界史序説』

② 外来の学問

9世紀初め,ギリシア語文献のアラビア語への組織的翻訳

(16       )…バグダードの翻訳機関

ギリシアから:医学・天文学幾何学・光学・地理学

 ウマル=ハイヤーム…太陽暦(ジャラリー暦)の作成

インドから:数字・十進法・ゼロの概念

 [17       ] の代数学

 (18     )・光学の実験方法→ヨーロッパ近代科学の基礎へ

哲学 アリストテレス哲学の研究 →中世ヨーロッパに影響

 [19          ](サーマーン朝)『医学典範』

 [20          ](コルドバアリストテレス研究

文学 詩・説話文学の発達、

 (21         )『千夜一夜物語

 [22          ](14世紀モロッコ)…『三大陸周遊記』

 [23           ](セルジューク朝)『ルバイヤート

工芸・建築…モスク建築

 ドームと(24      )(光塔)・アーチの形状

 (25      )…細密画

 (26      )…唐草文やアラビア文字を図案化

 (27        )宮殿…グラナダ

イベリア半島の(28      )やシチリア島の(29      )で

 ギリシア語やアラビア語文献を(30      )語へ翻訳

 →12世紀ルネサンス

補足 

 入試問題で時々聞かれるモスク。まずは最古のモスクとされる、ダマスクスにあるウマイヤモスク

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デリーにあるクトゥブ・ミナール奴隷王朝創始者アイバクの名にちなむ。いずれもウィキメディアコモンズパブリックドメインの画像。

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グラナダにあるアルハンブラ宮殿アラベスク 卒業生提供

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4 イスラーム圏の拡大と文化融合

① 各地のイスラーム文化

ガズナ朝:[31      ]『シャー・ナーメ 』

     イラン建国~ササン朝滅亡の叙事詩

イル=ハン国:[32           ]『モンゴル集史』

ティムール朝ウルグ=ベク サマルカンド天文台

       ミニアチュール発達

ムガル朝 (33    )絵画…イランの細密画とインド絵画の融合 写実的

     ラージプート絵画北インド 庶民的な題材

     『バーブル=ナーマ』…バーブル帝の回想録 トルコ語散文

建築 ティムール廟(サマルカンドイマームのモスク(34      )

   スレイマンモスク(イスタンブル)(35      )廟(アグラ)

② 現地文化との衝突や融合

イル=ハン国 [36     ]の時、集団でイスラームに改宗

インド:

 最初ムスリムヒンドゥーや仏教の寺院を破壊→その後は共存

 スーフィーたちがインドの聖者崇拝と結びつきながら信仰を拡大

 →低カースト層を中心にイスラームが広がる

 カビール(15~16世紀)イスラームヒンドゥーを統合

            カーストや不可触民への差別を否定

 (37   )教:16世紀初頭、[38     ]がはじめる

        偶像崇拝カーストによる差別を否定    

 ムガル帝国:[39     ]がヒンドゥーへのジズヤ廃止

 補足

 タージ=マハル。シャー=ジャハーンが亡き愛妃のために建設した廟。ドームとミナレットイスラーム建築ですが、横のちっちゃい小楼はインド建築の様式です。ウィキメディアコモンズパブリックドメインの画像。

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5 西洋の衝撃とイスラームの民族的自覚

(40      )運動:18世紀半ば

 神秘主義や聖者崇拝を批判

 コーランとスンナだけをよりどころとした本来の信仰に立ち返る

 サウード家と結びつきワッハーブ王国建国

(41     )教徒の抵抗:1848年 イラン

パン=イスラーム主義…19世紀後半 イスラームの団結 

 [42       ]:イラン出身 イスラーム世界やヨーロッパを遍歴

          タバコ=ボイコット運動などに影響 『固き絆』

 ムハンマド=アブドゥフ:イスラームと近代文明の調和

(43     )運動:19世紀末エジプト 「エジプト人ためのエジプト」

(44    )派の抵抗:19世紀末スーダン ムハンマド=アフマド

サヌーシー教団:ワッハーブ派に対抗して神秘主義の改革

        19世紀にキレナイカで拡大 イタリアと争う

(45         ):20世紀 インドネシアムスリム商人が結成

(46       )連盟:20世紀 インドのムスリム政治団体

            ジンナーパキスタンの建設を目指す

トルコ革命:[47         ]の政教分離政策

      女性解放、文字改革(ローマ字)

ムスリム同胞団:20世紀エジプト

        ワフド党の民族主義に対してイスラーム復興を唱える

イラン革命:1979年 [48      ]がイラン=イスラーム共和国樹立

      イスラームを国家原理とする

(49    ):1996年にアフガニスタンの権力を握る

        スンナ派原理主義 バーミヤン石仏の破壊

 補足

 最初に書きましたが、シーア派は第4代カリフのアリーとその子孫だけをムハンマドの後継者(イマーム)として認めそのうち十二イマーム派は、12人目のイマームは「隠れた」と考え、最後の審判の日に救世主(マフディー)として現れるとします。

 西アジアが「西欧の衝撃」(ウエスタン・インパクト)に直面する中で、西欧のナショナリズムの考え方でイスラームを再考し、イスラームを自らのアイデンティティの拠り所とする考えが広まり、抵抗運動と結びつきます。

 イランのバーブ教徒の反乱や、スーダンのマフディー派の抵抗はこれです。

 一方でエジプトのワフド党やイランのレザー=ハーンなど世俗主義で近代化と国家の独立を維持する動きもあります。

 ムスタファ=ケマルは共和国のアイデンティティ確立のため政教分離を推進し、共和国ではそれは「国是」と認識されていますが、現職のエルドアン大統領にはイスラーム回帰を思わせる行動があります。

 ムスタファ=ケマル。大阪大学の2011年の問題が「昨年の「レーニンとロシア文字」の写真とこれとを取り違えた生徒が多数いた」と愚痴ってました。ウィキメディアコモンズパブリックドメインの画像

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 女性への教育の必要性や平和を訴える活動を続けるマララ・ユスフザイさんの国連本部でのスピーチ。


マララ・ユサフザイさんの国連本部でのスピーチ(7月12日) 日本語字幕

6 おわりに

 イスラームは現地の文化と混ざり合って独特な文化を作り出します。東南アジアでは風通しのよさそうなモスク、トンブクトゥでは土作りのモスクがあります。

 最近はムスリム女性のスカーフがカラフルですし、国際スポーツ大会では肌の露出を極力避けて『クルアーン』の教えを守りつつ競技に参加する女子選手が目立ちます。

 昨今至る所で「不寛容」が目立ちますが、イスラームが世界で信仰されている理由は「懐の深さ」と考えます。これはムスリムでない人々にとっても大切なことです。

 

7 付録

イスラームの用語チェックリスト ◎マスト ○差が付く △難しい

◎(1    )唯一神 ムハンマドは最後で最高の預言者

◎(2    )聖遷 ムハンマドらがメディナに脱出 イスラーム暦元年

○(3    )ムハンマドメディナで結成した宗教共同体

◎(4    )ムハンマドの代理 ウンマの長かつ信仰の責任者

◎(5    )ムハンマドの死後その啓示をまとめたもの アラビア語

○(6    )ムハンマドの言行などムスリムの守るべき慣習 スンナ派の由来

△(7    )ムハンマドの生前の言行 クルアーンと共にシャリーアの基礎

◎(8    )人頭税 異教徒が信仰を保障される引き替えに払う

◎(9    )地租 土地税

◎(10    )異教徒に対する戦い

△(11    )軍営都市 征服地から徴税をするために兵士が駐屯

△(12    )征服地からの徴税から戦士に支払われる給与

△(13    )異教徒のこと。ユダヤ教徒キリスト教徒は「啓典の民

○(14    )改宗した非アラブのムスリム アッバース朝ムスリム間の平等実現

◎(15    )奴隷戦士 トルコ人が有名

○(16    )イスラーム

○(17    )イスラーム法学者

◎(18    )イスラームの集団礼拝場

◎(19    )モスクの横に立っている塔。祈りの時間を知らせる

◎(20    )市場

○(21    )学院 アラビア語コーランの読み方を教える

◎(22    )神秘主義者 インドや東南アジアでイスラームを広める

○(23    )隊商宿

○(24    )商人がモスクやスーフィー道場など公共財を建築して市に寄付する

△(25    )断食の月。イスラーム暦は太陰暦なので太陽暦だと毎年日時がずれる

◎(26    )シャリーアを執行する世俗の責任者。セルジューク朝が最初

◎(27    )戦士に給与に見合う土地の徴税権を授けること。ブワイフ朝で創始

◎(28    )オスマン帝国 異教徒の自治団体(後世の後付けとの説有り)

◎(29    )オスマン帝国 異教徒を強制改宗(デウシルメ)した直属軍

△(30    )オスマン帝国の騎士のこと。インド傭兵も同じ呼び方

△(31    )オスマン帝国 騎士がもつ所領のこと

 

8 空欄の答え

① 穴埋め

1 ミスル
2 モスク
3 マドラサ
4 ニザーミーヤ
5 スーク
6 タラス
7 ワクフ 
8 キャラバンサライ
9 スーフィーズム
10 クルアーン
11 ガザーリー
12 シャリーア
13 ウラマー
14 アズハル
15 イブン=ハルドゥーン
16 知恵の館
17 フワーリズミー
18 錬金術
19 イブン=シーナー
20 イブン=ルシュド
21 アラビアン=ナイト
22 イブン=バットゥータ
23 ウマル=ハイヤー
24 ミナレット
25 ミニアチュール
26 アラベスク
27 アルハンブラ
28 トレド
29 パレルモ
30 ラテン
31 フィルドゥシー
32 ラシード=アッディーン
33 ムガル
34 イスファハーン
35 タージ=マハル
37 ガザン=ハン
38 シク
39 ナーナク
40 ワッハーブ
41 バーブ
43 アフガーニー
43 ウラービー
44 マフディー
45 サレカット=イスラーム
46 全インド=ムスリム
47 ムスタファ=ケマル
48 ホメイニ
49 ターリバーン

② 用語チェックリスト

1 アッラー
2 ヒジュラ
3 ウンマ
4 カリフ
5 クルアーンコーラン
6 スンナ
7 ハディース
8 ジズヤ
9 ハラージュ
10 ジハード
11 ミスル
12 アター
13 ズィンミー
14 マワーリー
15 マムルーク
16 シャリーア
17 ウラマー
18 モスク
19 ミナレット
20 スーク
21 マドラサ
22 スーフィー
23 キャラバンサライ
24 ワクフ 
25 ラマダーン
26 スルタン
27 イクター
28 ミッレト
29 イェニチェリ
30 シパーヒー
31 ティマール