ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

休校中の自学自習プリント(重商主義の時代6ヨーロッパの「新大陸」進出)

 全国的に高等学校の休校はだいぶ前に終わりましたが、休校中の自学自習プリントをきりのいいところまで作っておきます。

 重商主義の時代の最終回、グローバルトピックの定番、ヨーロッパの新大陸での争い、大西洋三角貿易についてです。

前回

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

目次

 

 3 対「新大陸」貿易

ポイント…既存の権力を破壊、自己の都合に合うような植民地経営

① 各国の進出の様子

(1)スペイン

 1521年 メキシコの(14    )王国を滅ぼす(コルテス)

      →カルロス1世(神聖ローマ皇帝カール5世)の頃

 1533年 アンデスの(15    )帝国を滅ぼす(ピサロ

 鉱山開発

  ボリビアの(16    )銀山(1545年)→ヨーロッパへ

  メキシコのグアナファト銀山(1558年)→アジアへ

 インディオが疫病等で人口激減→黒人奴隷の輸入

 (17      )制…征服者に王領地の管理を委託

 →アシエント制プランテーションなど大農場経営)へ移行

(2)ポルトガル

 (18    )の領有 砂糖プランテーション 黒人奴隷の輸入

(3)オランダ

 西インド会社の設立(1621)→アフリカ西岸とアメリカとの通商

 ニューネーデルラント植民地を領有…(19       )の建設

(4)フランス

 17世紀初頭,カナダに進出 (20      )を中心とする

 (21      )の獲得…ルイ14世の時代 毛皮取引

(5)イギリス

 スペインの「銀船隊」を襲う(ドレーク、ホーキンズ)

 17世紀初頭,(22      )植民地の建設(ジェームズタウン

 ピューリタンの移住→(23      )植民地の形成

 1620年 ピルグリム=ファーザーズがプリマスに入植

 1664年 ニューアムステルダムを奪う ニューヨークと改称 

18世紀の世界 世界の歴史まっぷより

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補足

 上智大学TEAP方式2016年の問題で「北米と南米の人種構成の違い」という出題がありました。

 北米大陸では先住民は淘汰される存在で、家族での入植が多い白人との混血は進みませんでしたが、スペイン領では征服者(コンキスタドール)は一攫千金目当ての独身貴族が多く、スペイン政府も先住民との結婚を奨励しました。

 スペイン人ドミニコ修道会士のラス=カサスは『インディアスの破壊についての簡潔な報告』で先住民の虐待を非難しました。その結果先住民の奴隷化は禁止されましたが、それが黒人奴隷輸入を促す要因になりました。 

  ニューヨークの証券取引所がある地域は「ウォール街」と呼ばれますが、これは1652年にニューアムステルダムを管轄していたオランダ西インド会社が、原住民やイギリス人からの攻撃に備えて、木材などを利用して築いた防護壁(wall)に由来します。

19世紀末の保険業のオフィス。ウィキメディアコモンズ パブリックドメインの画像

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② イギリスとフランスの抗争

 *①~④は地図上の位置  

ファルツ戦争(新大陸ではウィリアム王戦争)

 1697年 ライスワイク条約で講和

スペイン継承戦争(新大陸ではアン女王戦争

 1713年 ユトレヒト条約

 イギリス フランスから(24①    ②     ③     )獲得

      スペインから(25      ・      )を獲得

      スペインの持つアフリカ黒人奴隷専売権(26    )獲得

オーストリア継承戦争(新大陸ではジョージ王戦争)

七年戦争(新大陸では(27       )戦争)

 1763年 (28    )条約締結

 イギリス…フランスからカナダ・(29     )川以東ルイジアナ

      (30④     )を、スペインからフロリダを獲得

 フランス…ミシシッピ以西のルイジアナをスペインに割譲

 ユトレヒト条約、パリ条約関係図 上記の地図の拡大版 

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⑤はアカプルコ。メキシコの銀を積み出す港町

補足

 イギリスとフランスの植民地での争いを「第二次英仏百年戦争」と称しますが、一般的にはウィリアム王戦争からナポレオン戦争終結までを指します。

 ユトレヒト条約でイギリスに割譲されるアカディアノヴァスコシア)の近くに『赤毛のアン』の舞台であるプリンスエドワード島があります。またニューファンドランドとその対岸のラブラドール州は犬好き案件です。

 英仏の争いの画期となるのが1763年のパリ条約で、北米では13植民地の独立、イギリスは産業革命、フランスはアメリカ独立戦争に入れ込んで財政が破綻と、ラテンアメリカも含む「環大西洋革命」の出発点になります。

よくわかる動画 youtube埋め込み

www.youtube.com

 フランスは毛皮交易が中心で先住民とは取引関係でしたが(その利権を巡って17世紀半ばに「ビーバー戦争」と呼ばれる争いが発生)、イギリスは先住民から土地を奪って定住しようとします。この三者の複雑な関係が「フレンチ・インディアン戦争」に発展します。

 なお1763年のパリ条約でミシシッピ川以西ルイジアナはフランスからスペインに割譲されますが、管理しきれないスペインがフランスに譲渡、さらにナポレオンがジェファソン大統領期のアメリカ合衆国に売却します。

 

4 奴隷貿易三角貿易

背景 アフリカ東海岸ムスリム商人が奴隷貿易を展開

   ポルトガル人のアフリカ探検→大西洋ルートの黒人奴隷貿易開始

   スペイン植民地→労働と伝染病でインディオ人口の激減

実態 

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アフリカの王国と奴隷貿易

 ベニン王国:現在のナイジェリア付近

       ポルトガル、オランダ、イギリスと交易

       イギリス商人から鉄砲を購入し、奴隷狩りを行なう

 他…ダホメー王国 アシャンティ王国

 労働力として黒人奴隷が1千万人以上が北アメリカに移動

大西洋三角貿易の影響

 ヨーロッパ諸国に大きな利益 資本の蓄積→産業革命の前提条件

 ヨーロッパ人の消費生活を変革(コーヒーハウス

 アフリカの西海岸地方…甚大な社会的被害

 新大陸…南米は混血によって複雑な人種構成に

 補足

 ベニン王国はアフリカ分割の際に関係が深いイギリスが植民地としました。八村塁さんで有名になったベナンはその隣で元フランス領です。

 セネガル沖のゴレ島。ここから奴隷が「出荷」されました。ユネスコ世界遺産に認定されています。忘れてはいけない歴史です。ウィキメディアコモンズパブリックドメインの画像。

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 その内部。奴隷はこの丸いところに立たされ、上から仲買人が品定めする。John Crane さんの投稿写真 クリエイティブ・コモンズ 表示 2.0 一般

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リヴァプール ビートルズの街として有名な港町で、奴隷貿易で繁栄しました。街の建物が当時の繁栄を物語ります。ウィキメディアコモンズ パブリックドメインの画像

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こちらにリヴァプールの回があるので探してください。2014年放送。

www6.nhk.or.jp

空欄

14 アステカ
15 インカ
16 ポトシ
17 エンコミエンダ
18 ブラジル
19 ニューアムステルダム
20 ケベック
21 ルイジアナ
22 ヴァージニア
23 ニューイングランド
24 ①アカディア
24 ②ニューファンドランド
24 ③ハドソン湾地方
25 ジブラルタル
25 ミノルカ島
26 アシエント
27 フレンチ=インディアン
28 パリ
29 ミシシッピ
30 ④セネガル
31 タバコ
32 砂糖
33 武器(鉄砲)

おわりに

 受験的には地名がたくさんでてきて、その位置やどこの支配下にあるのかがややこしいですが、この単元は「ヨーロッパ主導のグローバル化」の端緒でもあり、18世紀の「大西洋革命」や1870年代の「帝国主義の時代」へと続く部分です。

 「自学自習プリント 重商主義の時代」はこれで終了です。最後までおつきあいいただきありがとうございました。