ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

2020年度からの大学入学共通テストについて(2019年6月 英語民間試験号外)

    6月18日に先週、京都工芸繊維大学の羽藤教授を中心に「大学入試共通テストにおける英語民間検定の利用中止を求める国会請願」が行われれ、わずか一週間で集まった衆議院参議院各約8100筆の署名が嘆願書とともに提出されました。 


2019/6/18 【記者会見】英語民間試験の利用中止を求める国会請願

 

共通テストについて報道をしているNHKさんのリンク

www.nhk.or.jp

誓願の内容

nominkaninkyotsu.com

ツイッターの本丸

twitter.com

 

 「2021年度(2020年度実施)の大学入学共通テストで英語民間試験を利用すること」には,主に次のような問題がある、という主張です。

1. 「各資格・検定試験とCEFRとの対照表」に科学的な裏づけがない。

2. 試験の質に関する実質的な審査は行われていない。試験の運営は各民間試験団体に丸投げされており,第三者が監視・監査する制度がない。

3. 全員がトラブルなく受験できる目処が立たず,混乱・不安が広がっている。

4. 合否判定にまったく,あるいは,最小限の影響しか与えない民間試験の使い方をしながら,全員に受験を課す国立大学が多い,受験生は不合理な経済的・時間的・精神的負担を強いられる。

5. 受験機会の不平等。

6. 4技能やスピーキング能力が向上する確証がない。

 

以上のうち、学校現場を直撃する問題について解説します。

 

1. 各資格・検定試験とCEFRとの対照表

 

1)CEFRって「国際標準規格」?

 CEFR(ヨーロッパ言語参照枠)は「国際標準規格」ではなくて、EUの中で多様な国や地域で多様な母語をもち多様な教育を受けた人たちの第二言語能力を大まかに評価するための目安、いわゆる「can do リスト」、というのが請願の見解です。

*発展:娘が語学留学のクラス分けでもらったCEFRの表。確かに「何ができるか」という大雑把な評価で、英語のスキルを図る科学的な物差しとは言い難いです。

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 そういう個々人の能力発達の目安を「言語能力の絶対的な尺度」と勘違いして、それで受験生の能力を数値化して比較すること自体がおかしい、という主張です。

 私は語彙力に乏しいので「EUで使われている=国際基準」と早合点するのは「東アジアの西欧コンプレックス丸出し」としか表現できないです。(;´д`)

 

2)異なる検定で出したCEFRで優劣がつけられるの?

 請願が問題にしているのは、異なる英語検定でもらったCEFRを得点に換算して受験生に優劣をつけることです。

仮に,XさんはGTECを受けて「A2」,Yさんは英検を受けて「A1」のスコアを得たとして,XさんがYさんより能力が高いと言える科学的根拠がない。両者が同じ試験を受けたら,YさんがXさんより良い成績をとる可能性が十分にある。

 

 今回認定されている英語検定はそれぞれ目標(留学、ビジネス、その他)が違います。目的が違えば評価も違うのは当たり前です。

 ある検定の成績をCEFRに換算し、その検定内での生徒の位置を相対的に示すのは問題ありません。用途の違う検定で出たCEFRを「絶対的な尺度」とみなし、それで生徒の優劣を決めることは公平ではありません。

 羽藤教授は「全く科学的裏付けがない。50メートル走と握力を測ってどちらが体力があるか見るようなものだ」と言っています。

 

 しかもCEFRの対応付けは各試験団体の自己申告です。

 東京大学はこれを問題視し、文科省に質問状を出しました。文科省は真正面から応じず、「英語の資格・検定試験とCEFRとの対応関係に関する作業部会」を設置し、検証の結果「問題なし」と結論付けました。(`・ω・´)キリッ

 これに対して請願は「審査される側の民間試験団体の代表者(5名)と民間試験の開発や対応づけに携わった研究者(3名)から成り,客観的かつ科学的な検証をする資格と能力のある第三者を含んでいない」とその合理性を疑っています。

 現場の英語の先生は、「あの子がその成績?」と感じたことは一度や二度ではないと思います。 

 民間英語検定は営利目的でやっていますから、受験者を増やすために成績を甘くつける可能性もあります。請願はこれをダンピングと呼んで警戒しています。

 

*発展:現在CEFRは改訂されています。「CEFRは、外国語教育改善のために策定されたものであり、標準化に使うツールではない、調整したり監視する機関はない」とも明記されています。テストに利用する前提が崩壊しています。

blogs.yahoo.co.jp

 

2. 試験の質

 

1)ちゃんと審査したの? 

 請願は「大学入学英語成績提供システムの参加要件は公表ベースであり,試験の質に関する実質的な審査は行われていない。また,試験の運営は各民間試験団体に丸投げされており,第三者が監視・監査する制度がない」と主張しています。

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 文科省は各検定の内容を第三者も交えて審査しているわけでなく、業者が「できます」と「公表」していれば「要件を満たす」と認定しているようです。

 

2)それって公平?

 問題点は次の5点です。

(1) 学習指導要領との整合性が乏しい民間試験が含まれている

(2) 採点の質が担保されていない

(3) 障害等のある受験生への合理的配慮が不十分

(4)トラブルや不正への対応が不透明

(5) 受験対策で利益を得る試験団体がある

 

 (1)はセンター試験が最も学習指導要領に忠実(そらそうよ)、英検準2級~2級ぐらいの語彙です。それより難しい級や用途の違う検定には学習指導要領を越える部分があって普通です。

 

 (2)はNHKが2019年5月16日付で報じています(リンク切れ)。 

  • バイトや海外業者も採点 大学入試 英語民間試験 信頼性に懸念 | NHKニュース
  • 文法もつづりも間違いでも得点 数々の疑問 英語民間試験 | NHKニュース

    いい加減な採点で高いCEFRもらった受験生が合格しては、入試の公平性が保てません。

     (3)は毎日新聞が報じています。これは深刻です。

mainichi.jp

 

3)50万人規模でトラブルなしで実施できるの?

 (4)、文科省「トラブルの責任はその業者が負う」という基本スタンスです。

 東京外国語大学の国際日本学部が昨年度の二次試験でブリティッシュ・カウンシルと共同開発した「BCT-S」(British Council-TUFS Speaking test for Japanese Universities)を使ってスピーキングテストを行いました。

 パソコンに吹き込む形式ですが、録音漏れを防ぐために二重三重の工夫をしたと聞いています。一学部の試験だけで試験の公平性を担保するためにすごい労力です。

 なお高校入試でスピーキング試験の実施を検討している東京都教育委員会も見学に来ていたそうです。人数規模が違いますよ。(`・ω・´)

 タブレットに吹き込むGTECは、2019年度は従来通り学校で実施(共通テストには使えません、つまり練習です)、模試と同じように教員およびバイトによって実施されます。ベネッセの社員は誰一人来ません。

 教員が問題の仕訳、タブレットの動作確認を行い、タブレットは受験者の半分の数しか用意されないので再チェック後に次の教室に運び(40台は相当な重量)、アプリが起動しないなどの不具合(毎回必ず複数台発生する)に右往左往します。(´・ω・`)

*来年は公開会場で実施ですが、センター試験と同程度の会場を想定しているそうです。僻地の生徒はセンター試験は泊まり込みです。

 優良企業ベネッセですらトラブルをゼロにできない中、2020年度はこれが50万人規模で実施されます。そのスコアが大学の一般入試選抜という公平・公正が最も重要視され、1点(小数点)が合否を左右する場面で利用されます。

    文科省は「業者がやったこと」で済ますつもりでしょうか。

 

4)お金儲けの道具? 

 (5)は、民間英語検定営利団体が実施しているから当然です。ご当地「〇〇検定」は「公式本」を買わないと合格しません。

 検定本体は赤字でも関連グッズで資金を回収する、検定の仕様を変えて新しい対策本を買わせる、は日曜日の朝にこども(と大きいお友だち)が楽しみにしている番組のビジネスモデルです。

  

 つまり請願が受験の公平性に関して不安視する(1)~(5)の事項は、営利団体が主催する民間英語検定を入試に使う以上避けられないことです。

 

5. 受験機会の不平等

(1) 共通テストに求められる受験機会の均等が保証されていない。

  • 民間試験の受験料は最低でも5千円台,高いものは2万5千円を超える。そのうえ,試験会場が全国に数地区しかない試験もあり、都市部と地方とでは選択肢に大きな差がある。
  • 幼いころから民間試験や受験対策講座などを手軽に受けられる都市部の富裕層に圧倒的に有利な制度であり,地方の低所得層からの大学進学をいっそう難しくする。

(2) 非課税世帯や離島・へき地の受験生の負担を軽減するための「例外措置」が機能しない。

  • 高2時にB2(英検準1級合格程度)以上の成績を有する生徒は高3時に民間試験を受けなくてよいという制度だが,設定されたレベルが高すぎて(中学校教員の30%あまりしか達していないレベルで)負担軽減策として機能しない。

 

 署名の締め切りが過ぎてから神津島村から署名が速達で届きました。貨物船の遅延などで間に合わなかったそうです(ツイッターの本丸参照)。

 東京都立神津高校は現在生徒は49名。センター試験は「内地」の会場に泊りがけで受けにいくそうです。英検2級までなら島内で受けられるそう(高校の先生が試験官とのこと)ですが,準1級はやはり内地に行かないと受けられない。

 つまり離島の彼らには「2年生で英検準1級」は絵に描いた餅同然です。

 こちらも。

blogs.yahoo.co.jp

 

 一方日本私立中学高等学校連合会文部科学大臣に宛てて、共通テストの英語を民間英語検定に一本化することを明確に示すよう求める要請書を出したそうです。

www.kyoiku-press.com

 都会の私立中高一貫校からすれば、どの検定も受験可能、保護者はお金を持っている、公立に比べてカリキュラムは自由、などの理由から英語民間検定が入試でウェイトを占めるのはむしろ歓迎でしょう。

 ツイッター上では批判が殺到している模様です。

togetter.com

 

  

6. 英語民間検定を試験に入れたら4技能やスピーキング能力が向上する?

入試をテコに教育を変えようという試みであるが,本末転倒であるばかりか,入試を変れば英語教育が改善するという理論的・実証的証拠がない。それにもかかわらず,「改革」と引き換えに犠牲にするものはあまりにも大きい。

  文科省さんの心遣いには感謝しますが、すでにどこの高等学校でもスピーキングは授業で行われています。

 理解力に乏しい私には「高校の英語教員はスピーキングに熱心ではない。だから日本国民の会話能力が低い。共通テストで必須化して教員のお尻に火をつける」と言っているようにしか聞こえません。(-ω- )o< フムフム

 また大学入試、特に一般入試は生徒がその大学のアドミッションポリシーに合致するか(入ってやっていけるか)を相対的に判断するものです。

 とすれば「英語は読めるし書ける。聴くもできるとありがたい」が新入生に求められる最低ラインでしょう。

   だから高校でスピーキング授業の充実と、国家規模の入試選抜試験に使用することとは別の話です。むしろ高校の英語学習が英語民間検定で高得点を取ることにシフトするなら文科省の意図とは逆の状況になります。

*「日本国民の体力と性に関する知識向上のため、保健体育を共通テストに追加する。実技も2割程度点数化」と同じ理屈です。(/ω\)イヤン

 

 文科省は大風呂敷を広げておきながら、スピーキングテストを全国一斉に行うことは物理的に無理、だから民間英語検定に「丸投げ」せざるを得ないのです。

 その制度設計を丸投げされる大学入試センターもいい迷惑でしょうが、できないなら断ればいいのであって、同情はできません。

 

まとめ

 

 請願の趣旨は「英語民間検定を共通テストに使うことを中止する、なぜなら入試選抜の根幹である公平性、公正性を損なうから」です。

*発展 請願では選抜にかかわる公平性だけでなく、この制度の裏にある政官民の癒着疑惑(特定の検定を使うように誘導されている?)も取沙汰されています。イラストはイメージです。

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高校現場を直撃するのは主に次の点です。

  • CEFRを国際標準と誤解し、異なる目的で行われる民間英語検定団体のスコアをCEFRに対照して入試選抜に使用すると、入試選抜の公正さが損なわれる。
  • 各検定の質や採点体制などからその検定そのものの信憑性に疑問があり、それを入試選抜に使うと公正さが損なわれる。
  • 地域性、経済力による受験機会の不平等が生じる。

 

  私は高校三年生の進路保障を請け負う立場です。私の高校では請願4の「合否判定にまったく,あるいは,最小限の影響しか与えない民間試験の使い方をしながら,全員に受験を課す国立大学」をより多く受験します。

 この制度が実施された場合、私の戦略は次の2プランが考えられます。

 

プランA

質は度外視して、英語がからっきしダメな生徒にもいいCEFRが出る最もお得な民間英語検定を指定して受験させる。

英語の先生には「お得な検定」の対策を授業で行うよう求める。

「お得な検定」の対策本を生徒に購入させ、また低学年から「練習」と称して「共通テストに使えない」と知りながら同じ検定を何度も受験させる。

保護者負担(検定代金、教材費)を大幅に値上げする。受験に必要な交通費・宿泊費はご理解をいただく。

 *保護者負担に関しては、最安値のGTECが6,700円(現在)、高校によっては各学年2回ずつ受験しているので、最大合計40,200円になります(練習教材購入費を除く)。

 

 これは羽藤教授の頭から湯気が出るような、文科省に忠実であっても学習指導要領に忠実ではないプランです。 

 もちろん僻地・離島、経済的に余裕がない家庭を抱える高校には不可能なプランです。「自分のところは困らないからこれでいい」と考えるのは、人権教育担当の先生に「差別の助長だよ!」と叱られるところです。

 

プランB

英語の先生は学習指導要領に沿って授業をする。

英語検定は、推薦・AOで必要な人は低学年から任意で受験。三年生の1回だけ共通テスト用に普段の学習の成果を試すつもりで全員受験。教材と練習は最低限。

生徒は共通テストで高得点を取って「加点分」を挽回する。

保護者負担は多少値上げする。

 

 文科省に強く言えない国立大学を救済するプランです。そういう大学がある以上、現場に「受験しない」選択肢はあり得ません。

 逆に言うと「使わない」「理由書可」、神戸市外国語大学の「両方受けたら高得点を採用するけど共通テストだけでも可」という国公立大学が多数派になれば話は別です。分離分割方式がAB日程を駆逐したのと同じです。

 

 私は立場上ここまでしか言えませんが、最後に一言、高校生にとって受験は一生のうちに何度もするものではありません。でも受験は運命を大きく左右します。

 文部科学大臣ツイッターで「やらずに後悔するより、やって反省」とつぶやいているそうですが、ネットじゃなくて受験生と保護者の前で言ってほしいです。