ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

世界史の入試問題について考える(2019 一橋大学)

 国立大学の論述問題を解説しながら、大学が受験生に求める「世界史の中で身につける歴史的思考力」について考えます。

 今回は一橋大学です。

 基本高校生と同じく教科書・資料集の知識で解答していますが、一橋大学は大学の共通教育で学ぶような内容が出題されることもあります。その時には迷わず専門書をチラ見しますが(インチキ!)、今回はその心配はなさそうです。

 

入試問題は以下のページから入手してください。

代ゼミ

sokuho.yozemi.ac.jp

 

東進(会員登録必要)

www.toshin-kakomon.com

 

一橋大学2019年

問1 10世紀にカトリックに改宗して国家形成した東ヨーロッパの王国を3つ

問2 13世紀から14世紀にかけて現れた君主と諸身分が合議して国を統治する仕組みは何か。複数の具体的な事例を挙げ、中世から近代に書けての変化を視野に入れて説明する。1,2あわせて400字以内

 

 

マトリックス 

  イギリス フランス
王権 比較的強力 弱体
13c ジョン王 マグナカルタ フィリップ2世 大陸の領土拡大
  ヘンリ3世 シモン=ド=モンフォールの反乱 身分制議会 ルイ9世 十字軍
  エドワード1世 模範議会  
14c エドワード3世 二院制 フィリップ4世 三部会 アナーニ事件
17c 名誉革命 議会主権 三部会の招集停止
18c 責任内閣制 フランス革命
19c 選挙権の拡大  

 

解答例

ハンガリー王国ポーランド王国ベーメン王国。

2身分制議会。イギリスでは王権を制限する大憲章を無視したヘンリ3世に対してシモン=ド=モンフォールが反乱を起こし、高位聖職者、貴族、州の代表からなる身分制議会が成立した。13世紀末にはエドワード1世の側から模範議会が招集され、14世紀には二院制が成立した。フランスでは同じ時期に王権が拡大し、フィリップ4世が聖職者への課税で教皇と争う中、1302年に聖職者、貴族、平民による三部会を開いた。身分制議会は貴族の特権保障と国王の課税権強化の両面を持った。イギリスでは17世紀の権利の宣言で議会主権が確立し、18世紀には責任内閣制、19世紀には選挙権の拡大と徐々に議会制民主主義へ移行した。一方フランスでは17世紀に三部会の招集が停止され国王の専制政治が続いたが。18世紀末にフランス革命が勃発し、男子普通選挙による国民公会が招集されるなど身分制議会が一気に解体した。398字

 

ポイント:

    問2の前半部分は2005年の過去問と同じ。身分制議会には「僕たちの意見も聞いてよ」と貴族が国王の課税権を制限して特権を守るベクトルと、「協議で決まったことだから守ってよ」と逆に課税権など王権を強化するベクトルがあることを示す。

 ポーランドの身分制議会も有名だが、よい子(受験生)は危険な道を歩かない。

    後半の「中世から近代にかけての変化」が新しい部分で、解答例はイギリスが身分制議会から徐々に近代的な議会制度にスライドしていく一方、フランスは革命によって劇的に民主化が進む部分を比較した。

 

第二次英仏百年戦争とも呼ばれるイギリスとフランスの争いについて、両国の対立の背景および1763年に至るまでの戦いの経緯を説明し、この争いの結末がその後、世界史にどのような影響を及ぼしたかを述べる 400字以内

 

 

 

マトリックス

  イギリス フランス
16c エリザベス1世 毛織物工業 東インド会社 ユグノー戦争
17c ピューリタン革命 ルイ13世
  航海法 英蘭戦争 名誉革命 ルイ14世 コルベールの重商主義
北米 13植民地 ルイジアナ カナダ
インド マドラスボンベイカルカッタ ポンディシェリシャンデルナゴル

 

マトリックス

ヨーロッパの戦争 新大陸の戦争 条約 領土
ファルツ継承戦争 ウィリアム王戦争    
スペイン継承戦争 アン女王戦争 ユトレヒト条約 アカディアニューファンドランドハドソン湾地方
オーストリア継承戦争 ジョージ王戦争    
七年戦争 フレンチ=インディアン戦争 パリ条約 カナダ・ミシシッピ川以東ルイジアナ

 

解答例 3/23 産業革命にふれました。

イギリスは17世紀にオランダと争って北米に植民地を拡大し、インドに綿布貿易の拠点を築いた。フランスも17世紀半ばに重商主義政策を推進し、北米やインドでイギリスと競合した。ファルツ戦争から七年戦争とヨーロッパで戦争が続発する中、英仏は北米とインドで争ったが、17世紀の革命以降財政改革が進み、国債発行で戦争遂行能力を高めたイギリスがフランスを圧倒し、七年戦争では北米でフレンチ=インディアン戦争、インドでプラッシーの戦いに勝利し、1763年のパリ条約でフランスは北米の植民地をすべて喪失した。この結果イギリスは北米植民地の軍事費を13植民地に負担させようとし、フランスの脅威がなくなり自立を強めた13植民地と対立して独立戦争が発生した。またインド貿易の拡大は産業革命の背景になった。フランスは独立戦争で植民地を支援して財政難となり、特権身分への課税を巡る対立を発端に、政治参加を求める市民層を巻き込んで革命が発生した。400字

 

ポイント:

 こちらも前半部は2009年の過去問と同じ。

 後半部は「世界史にどのような影響」なので、アメリカ独立革命フランス革命産業革命を書けばいいと思われるが、解答例では教科書にも載っている「財政=軍事国家」、国家運営の鍵は莫大な軍事費を調達できるかどうか、そのためには財政改革が必須という「19世紀につながる世界史的な影響」にも触れてみた。

 その分「アン女王戦争」や「オーストリア継承戦争」などは省略した。よい子は真似しないで、背景と影響を圧迫しない分量でマトリックスに挙げたヨーロッパと北米・インドでの戦争の経緯を書く。

 とはいえせっかく一橋大学を受験するなら、ヨーロッパ史に関しては「ヨーロッパとは何か」と「経済の視点で世界を考える」のふたつは深めに学習しておきたい。

 

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*発展:「財政=軍事国家」説とフランス革命

 イギリス政府が経済力が4倍以上あるフランスに戦争でことごとく勝利したのは、莫大な軍事費を短期の一時金として借り入れ、 その借金を長期の国債に借り替えていくという手法をとったから。

 国債は信用がなければ買ってもらえない。これを可能にしたのは議会が認めた租税による償却ないし利子支払いの保証、名誉革命後の財政制度の変革(国債を引き受けるイングランド銀行の創設,金融市場の確立)、そして政府の高い徴税能力である。

 国民所得に対する租税の比率はフランスよりイギリスのほうが高く,名誉革命前には3パーセントにすぎなかったのに, 1790年には16パーセントに上昇、納税者階級の構成員自身に直接税の徴収業務を委ねるなど徴税システムも整備された。

 

 対するフランスは身分制度が残存し、徴税も階級ごとに徴税請負人がいて複雑、国王が自由に使えるお金は間接税と王領地の収入、これでは勝ち目がない。

 フランスがイギリスに対抗するためには同じような財政改革が必要だが「旧制度」が立ちはだかる。有名なのは1786年の英仏通商条約(イーデン条約)。ブルボン朝がイギリス製工業製品の輸入関税の引き下げに応じたため国内産業が打撃を受ける。

 工場の経営者からすれば死活問題だが彼らには政治的発言権がない。だから貴族が特権身分への課税問題で「三部会だ!」と言い出したのに乗じて自己主張を始めた。

 そして市民層の望みはフランス革命中は紆余曲折し、最終的にナポレオンのフランス銀行創設や大陸封鎖令によって実現する。

 イギリスに対抗するには「強い政府」が必要で、その強さの背景は「国民」の凝縮力(国民経済・国民軍・国民意識)。フランス革命については「自由・平等」だけでなく、この「国民国家」いう点からも考察しましょう、と帝国書院や東京書籍の教科書には書いてある。

 

大元の本 

財政=軍事国家の衝撃―戦争・カネ・イギリス国家1688-1783

財政=軍事国家の衝撃―戦争・カネ・イギリス国家1688-1783

 

 参考:川北稔さんの論考

https://core.ac.uk/download/pdf/76208284.pdf

 

資料(蒋経国『わが父を語る』)を読んで

問1 空欄①に入る語句

問2 ここで対立する両勢力(われわれと①)の関係と1949年にいたるその変遷について 1,2あわせて400字以内

 

 

解答例

中共中国共産党) 2孫文は1919年の五・四運動の影響を受け中国国民党を大衆政党に改組し、一方中国共産党1921年コミンテルンの指導で結成された。孫文コミンテルンに接近し「連ソ・容共」をスローガンに第一次国共合作を成立させた。孫文の死後国民党を率いた蒋介石は北伐を開始するが、その途上上海クーデタを起こして勢力を拡大した共産党を弾圧した。国民党は浙江財閥や英仏の支援を得て政治基盤を強化し、日本の大陸進出が本格化する中でも共産党の中華ソヴィエト政府攻撃を優先した。共産党は延安に逃れる途上で八・一宣言を発して民族統一戦線を訴え、呼応した張学良が西安事件を起こすと両者は和解に転じ、日中戦争勃発後に第二次国共合作が成立した。日本降伏後内戦が再開され、双十協定後も内戦が続くが、土地改革で農民の支持を得た共産党が支配領域を広げ、国民党は台湾に逃れて1949年に共産党を中心とする中華人民共和国の成立が宣言された。399字

 

ポイント

    京都大学2010年のⅠの類題。一橋では必ず出題される東アジア近現代史で範囲は昨年の続き。「蒋」と「わが父」から何を書くか明らか。

    問1「中共」はビックリ(゜Д゜)「中国共産党」でも正解ですよね?

    問2は国民党と共産党の協調と対立を時系列に書いていけば400字に達する。「双十協定」は首都圏の難関私立大学レベルの用語なので「一旦は停戦するが」でよい。

 なお中華人民共和国は反蒋介石勢力を結集した「人民政治協商会議」を母体に成立し、成立後に社会主義化が加速する。ラストはその辺の含みを持たせた。

 

まとめ

 

 一橋大学の出題者には教科書レベルの知識を大事にされる先生と、高校の内容はまったく無視(笑)される先生がいらして、今回は最初の方の出題とお見受けしました。

    3問とも類題があるので、受験生は「できた!」と感じたと思います。

 しかし油断するとまた「先祖返り」して解答不能な問題が出ますので、他大学の過去問も含めて「背景」や「影響」を問う教養主義的なヨーロッパ史、経済史、近現代東アジア史の論述問題に多く取り組みましょう。

 

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