国立大学の論述問題を解説しながら、大学がほのめかす「世界史の受験勉強の中でこんな力をつけてね」について考えます。
今回は大阪大学です。
基本高校生と同じく何も見ないでばーっと解答していますが、ドボン問題はちょっぴり教科書をチラ見しています(嘘つき!)
入試問題は過去ログにリンクがあるのでそちらから入手してください。
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
追記3/21
時間が経って見直したら色々まずい部分があるので直しました。
大阪大学 2019年
◎必答 ○書けないと差がつく △書けると差がつく ▲完答無理 ×ドボン
Ⅰ
問1 ◎ペルシア戦争
問2 △1822年のパリで発売されたカレンダーの政治的・文化的背景 70字程度
政治的にはギリシアの紛争を専制国家に対する自由の戦いと宣伝してオスマン帝国の弱体化をもくろみ、文化的にはギリシアをヨーロッパの祖先とみなすロマン主義が高まっていた。82字
ポイント:
ウィーン包囲以来「どうやったらオスマン帝国をやっつけられるか」がヨーロッパの国際政治における長年の懸案。
フランス革命は啓蒙主義の「普遍性」(理性、自由・平等)を根拠に行われたが、それは恐怖政治やナポレオンの侵略戦争につながった。
これに対して被支配地の人々が「フランスに自由平等があるなら僕たちにだってある!」と考え、固有性(感情、民族)を訴えるようになる。
それらを同じくする集団がフランスに負けないように国家を作ろうとするのが「国民主義」。これの有名な例がフィヒテの「ドイツ国民に告ぐ」演説。
じゃあヨーロッパ人の感情や文化のオリジンは何か、彼らはそれをギリシア・ローマの文化だと考えた。これが「ロマン=ローマ」主義。
こういうのが相まって「憎むべき異教徒が我がヨーロッパ人の祖先を蹂躙している、けしからん」というムードがカレンダーの背景といえる。
もうすこし曲げて、フランス復古王政批判をオスマン帝国批判という形でしたという解釈もできる(『忠臣蔵』のパターン)。これもOKだが高校生の能力を超える。
参考:ドワクロワ『キオス島の虐殺』 ウィキメディア・コモンズ パブリックドメインの写真。著作権についてはリンク先を参照。
発展:
日本の世界史の教科書はオリエントから始まりギリシア・ローマ史へとつながるが、ロマン主義時代に近代歴史学を開いたランケのパラダイムを踏襲している。
またフランクフルト国民会議の議員でもあったグリムが各地で「ドイツ的」な民話を採集した、ショパンがポーランドの民族舞踊をピアノ曲にアレンジした、などは「国民」を構成しようとした好例。
「民族、国民をアプリオリなものと考えない」は歴史的思考力の基本。
吉川隆弘 ショパン マズルカ第38番 嬰ヘ短調 作品 59-3
問3 ◎古典期アテネと近現代西ヨーロッパの民主政を、参政権の範囲の変遷とその行使方法に着目して比較する 160字程度
古典期アテネは民会を最高機関とする直接民主政で参政権は成年男子市民に限定され、両親がアテネ市民とされた時期もあった。近現代西ヨーロッパは議会を中心とする間接民主政で、参政権は当初一定の財産を持つ男性に限定されていたが資本主義の発達とともに資本家や労働者にも拡大、19世紀末には男子普通選挙が普及し、第一次世界大戦後には女性に参政権が拡大した。170字
ポイント:
点をとらせる問題。「比較」と「変遷」がわかるように書く。
問4 ◎前3世紀から後3世紀までのローマの国家体制の変遷 100字
前3世紀に貴族と平民は法的に対等となり元老院と平民会を中心とする共和政が確立した。前1世紀に皇帝が元老院と協力しつつ実質的に独裁する元首政に移行し、後3世紀には皇帝が官僚機構の元に独裁する専制君主政に移行した。105字
*ポイント:
点を取らせる問題。三頭政治や軍人皇帝は字数がきついし「国家体制」という観点では過渡期のシステムなので、解答例は三つの体制の違いに字数を割いた。
Ⅱ
問1 ア ○6絹生産 イ ◎1荘園 ウ ◎4均田制
問2 ▲均田制の土地制度が導入された背景、および後代に与えた影響 150字
北魏の孝文帝は華北が戦乱によって農民が減少する一方貴族が土地所有を強めたことを背景に均田制を施行し、土地を農民に均分して割り当てる一方大土地所有を制限した。隋唐では土地を均分する量、対象、大土地所有者への配慮は変化するものの制度自体は継承され、府兵制や租庸調制と結びつき律令体制の根幹となり、日本にも影響を与えた。157字
問3 △荘園がフランク王国において形成された背景、当時の政治制度全般との関係について 200字程度
指定語句 イスラム教徒 領主 軍事
8世紀以後の西ヨーロッパでイスラム教徒が地中海に、ノルマン人やマジャール人が内陸部に進出すると商業が衰退して自給自足経済が中心になった。領主は没落自由民やコロヌスを農奴として荘園を経営し、これを身近な有力者に寄進して自らの支配領域を安堵してもらうかわりに家臣として軍事的義務を負担する双務的主従契約関係を結んだ。この封建的主従関係は王侯貴族の間で幾層にも複雑に重なり、また教会も荘園を有して世俗権力から自立した。206字
*ポイント:
問2は均田制の説明で、名古屋大学の科挙のようにその理由をちゃんと書けと言われると難しい。通常は給田(農民に土地を割り当てる)と課田(大土地所有の制限)の両面から説明する。
五胡十六国時代はまさに血で血を洗う乱世で、食い詰めた農民は南に逃亡する(これを現住地で戸籍管理するのが東晋の土断法)。
一方豪族はその放棄地をかき集め、流民を私有民にして耕作させた(豪族を等級化して官僚に取り立てる制度が九品官人法)。
華北を統一した北魏は軍事や財政の基盤を確保したい、そこで土地はすべて公有とし、耕作放棄地を均等に農民に割り当てる、でもそれだと豪族の大土地所有とバッティングするので、「耕牛や奴婢にも土地を支給しますよ!」と言って帳尻を合わせたと考えられる(諸説あり)。
隋唐になると「官人永業田」という形で豪族の大土地所有を認めたので「耕牛に土地を与える」という裏技は必要なくなる。
なお問題文は6世紀となっているので、もし阪大が「隋の均田制」を説明させるのが目的なら、教科書には詳しく載っていないので受験生には無理ゲー。
ちょっと、今はやめてくれる?!
問3はいわゆる「ピレンヌ=テーゼ」。解答例は外民族の圧迫→自給自足→土地を守るために有力者の保護に入る→封建社会という流れにした。一橋大学の過去問やっていると楽勝。でも文学部や外国語学部に一橋からの転向組っていないか。(´・ω・`)
Ⅲ
問1 ×1660年代から1680年代初頭に中南米で日本製磁器が流通した歴史的背景 150字程度
指定語句 台湾 鄭氏 マニラ
鄭氏が台湾を占領して反清復明運動を展開すると康煕帝は対岸港市の交易を禁じたので中国貿易は縮小した。この影響で日本ではオランダの注文で輸出用の磁器生産が進んだ。交易路を断たれた鄭氏はヨーロッパと通商関係を持ち、江戸幕府とも交易していた。その結果日本の磁器が台湾からマニラを経由し銀の積み出し港であるアカプルコに輸出された。160字
*ポイント:
非常に面白い問題だが、受験生にはドボン問題。
字数が少ないので遷界令と伊万里焼は省略。鄭成功が日本に援軍を求めたのは日本史では有名な話。世界史選択生には辛いが、日世が相互乗り入れの単元は耳をかっぽじって聞いておきたい。
問2 ○植民地生まれのスペイン人が、欧米各地で起きた革命運動に刺激されながら、スペインに対して自らの権利拡大を要求する運動を展開した、革命の連鎖について論じる。150字程度
条件 18、19世紀にヨーロッパで生まれた思想や革命、人物・思想にふれつつ
13植民地では現地生まれの白人がイギリスからの独立を達成し、フランスではルソーの啓蒙思想を背景に市民が民衆を巻き込んで特権階級を打倒した。これがクリオーリョを刺激し、ナポレオン戦争でスペインの干渉が緩み、ウィーン体制の反動の下自由主義やナショナリズムが高まるとボリバルやサン=マルティンらが本国からの独立を目指した。157字
*最初の解答例には「ロック」が入ってましたが、17世紀の人なので削りました
ポイント:
「大西洋革命」は過去にも出題あり。
解答例は「クレオール革命」、アメリカ独立革命やフランス革命を「近代市民革命の典型」と理想化せず「支配層に入れてもらえない二番手グループが(三番手を利用して)一番になろうとする権力闘争」という流れで仕上げた。
ラテンアメリカでは、本国政府がスペイン生まれの白人(ペニンスラール)を政治上優遇し、現地生まれの白人(クリオーリョ)は「同じスペイン人なのに!」と差別を感じていた。これが問題文中にある「複雑な感情」にあたる。
ただし三つの革命とも得したのは現地生まれの白人や有産市民層で、つきあわされた民衆やメスティーソなどの生活は相変わらず、北米の黒人奴隷やネイティブ・アメリカンに至っては独立宣言の「人」にすら入れてもらえない有様。
誘導に沿って事件、思想、人名をつなげば合格点はもらえるが、大学生になれば事件を多面的に見るための「概念知識」が必要になる。
まとめ
阪大の問題はⅢ問1のような「グローバル・ヒストリー」と思いがちだが、歴史をとらえるための「概念知識」(過去には中国の統治理念、冊封体制など)も重視している。今回は後者の出題の比重が高く、受験生には厳しかった印象。これで裏選択の数学が簡単だったら泣く。
概念知識に強くなるには、過去問をやって先生に添削してもらうのではなく、わかっている世界史の先生と過去問を元にディスカッションする、先生が「歴史をどう解釈して授業をしているか」に注意する、他人に説明するなどが効果的。
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