ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

戦時下の動物園展@天王寺動物園2018

 先日大阪市にある天王寺動物園に行きました。

 天王寺動物園は1915年開業、日本で3番目の動物園です。最寄りはJR新今宮駅、大阪メトロ御堂筋線動物園前駅で大阪市の南の玄関口にあり、入園料大人500円(2018年現在)の気軽でお得な場所です。


www.city.osaka.lg.jp

 

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 都会のど真ん中にサバンナ出現。ゾウは最近お亡くなりになったそうです。入り口に遺影が飾ってありました。つД`)・゚・。・゚゚・*:.。

 

 中に進むと本日の催し物の看板が。

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 ∑(゚Д゚il!)  猿の軍団?!

    私の母は当時女学生で、よく竹槍の訓練をしたそうですが、まさか彼らも…?

 

 ここからは展示物の解説文を参考にします。

 

 戦時中、天王寺動物園では餌や暖房用の燃料の調達が困難を極め、1942年にはアジアゾウをはじめとする多くの動物が栄養失調で死亡しました。

 1943年には「もし空襲で檻が破壊され猛獣が脱出するようなことがあれば市民に混乱を招く」という理由で、各地の動物園でライオンやヒョウなどの猛獣を殺処分することになり、8月に東京の上野動物園で殺処分が始まりました。

 

*発展:「戦時猛獣処分」は陸軍が「非常時における対策要綱」の提出を動物園に指示し、その過程で考案されたものです(忖度?)。

 本土空襲対策に熱心であった東京都長官が戦局の悪化を受けて行政命令を出したのが最初で、その後多くの市が追随します(東京中心横並び?)。天王寺動物園も市との話し合いの結果「園長判断」となったそうです。

 現在は各地の動物園で慰霊祭が行われています。

 

 園長は延命の可能性を探りますが時流には抗えず、同年の9月から翌年にかけて猛獣に毒の餌を与えて殺処分しました。

 この時の猛獣たちは現在剥製として保存されています。

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 ヒョウは毒の餌を食べなかったので、絶食させて首を絞めることになりました。長年連れ添った飼育員(写真の人)なら警戒しないだろうという理由で彼が首に縄を巻きつけたのですが、いざ絞めるとなった時「無理!」って外へ飛び出したそうです。

 

 ポスターのチンパンジーは「リタ」と「ロイド」です。

 リタはその芸達者ぶりから(会場でテーブルマナーをこなす映像が上映されていました。現在そういうことは動物園ではしません)動物園の人気者でした。

 しかし戦争が始まると2匹は軍服を着たり、ガスマスクをつけて防空演習をしたりと、戦意発揚の一翼を担いました(鳥じゃないですが)。

 その後栄養不足からリタは死産の後に死亡、ロイドも「洋風の名前がけしからん」とのことで、日本の勝利を願って「勝太」と改名されました。

 1945年3月13日の大阪大空襲では天王寺動物園に約2000発の焼夷弾が落下、残っていた猛禽類の多くが焼死しました。

 

まとめ

 改めて「動物園って何のためにあるの?」って考えました。

 

*こちらを参考にしています。

若生謙二「近代日本における動物園の発展過程に関する研究」『造園雑誌』46(1): 1− 12, 1982
https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180820155840.pdf?id=ART0007389603

 

 世界の動物を生きたまま展示する、いわゆる「自然史博物館」は研究と教育の場として有用です。

 また世界で捕まえてきた(譲り受けた)動物を展示することは、権力の可視化やナショナリズムの高揚に役立ちます。

 

*発展:美術館とナショナリズムの関係ではナポレオンのルーヴル改革が有名。

    天王寺公園明治36年の第5回内国勧業博覧会(産業技術を展示して国威発揚する)の跡地で、その時の動物館が後に整備されて天王寺動物園になりました。

 

 もちろん理屈抜きに楽しいですから、国民の健全な娯楽施設として人気を集めますし(遊園地と同じく電鉄会社も開発)、時代が下ると客が見やすいように柵のない展示方法が導入されます。 

 そう考えると動物園は世界史の重要テーマである「近代化」と「大衆化」のシンボルそのものです。

 

 しかし二度の世界大戦は「総力戦」、戦争が外交の一手段ではなく、戦争そのものが自己目的化すると、人間だけでなく動物も戦争の道具として扱われます。

 馬、犬、鳩は古くから戦場に投入されています。戦時中にウサギは食用と毛皮用に大量に飼育されました。一方動物園の生き物は戦争には役に立たない、餌代ばかりがかかる、猛獣はむしろ危険な存在です。

 

 自由な学問も娯楽も平和があってこそ(もちろん平和は不断の努力で維持するもの)だと、自称「穀潰し」の文学部卒(笑)としてつくづく思った一日でした。

 

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