世界史の入試問題を解説しながら、大学からのメッセージを読み解き、受験生が何をどう準備するかについて考えます。
第2回は東京大学です。
前回
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
問題は朝日、産経、毎日、日本経済新聞などから入手してください。河合塾は東京大学、京都大学については何年分を自分のサイトに上げています。
東京大学 2018年
第1問
課題:19~20世紀の男性中心の社会の中で活躍した女性の活動について、女性参政権獲得の歩み、女性解放運動について具体的に記述(600字)
ヒント(最初の段落)
- 学問や芸術、社会活動などで活躍する場もあったが、家庭や賃労働の現場では男女差別が存在、強まることもあった。
- 20世紀後半、社会的差別や抑圧からの解放を目指す運動
指定語句
総力戦 第4次選挙法改正 ナイティンゲール フェミニズム
時代 |
状況 |
指定語句 |
内容 |
18C後半 |
国家形成 |
人権宣言 |
人間は自由で権利として平等なものとして生まれとあるが男性のこと。ナポレオン法典では女性の権利は制限 |
19C |
学問芸術社会活動での活躍 |
キュリー ナイティンゲール |
ラジウムの発見 近代看護法の確立 |
19C |
家庭や賃金労働の現場 |
工業化の進展で女性は子育てと家事が仕事。縫い物など低賃金労働 |
|
20C前半 |
女性参政権運動 |
総力戦 第4次選挙法改正 |
WW1で女性が貢献する |
20C後半 |
差別や抑圧からの解放 |
解答例
フランス革命中に発表された人権宣言は人間の平等を謳っていたが、政治の中心は男性であり女性の権利や政治運動は制限され、ナポレオン法典では女性は家長の管理下に置かれた。19世紀に産業革命が進展すると職場と家庭が分離され、従来は家族労働の一員であった女性は家庭を守るものとされ、有産階級には専業主婦が出現した反面女性の教育の機会は制限されたが、ナイティンゲールは近代看護法を確立して女性の社会参加の道を開き、キュリーはラジウムなどの発見でノーベル賞を受賞した。一方労働者階級の女性は有産女性の間でファッションが生まれ服の需要が高まると縫い物仕事などの低賃金労働に従事した。これらを背景に女性の権利や地位の平等を訴えるフェミニズム運動が始まった。20世紀初頭の第一次世界大戦は総力戦となり、女性が男性優位の職場に進出し、戦争の後方支援で活躍した。この女性の社会進出を背景にイギリスでは1918年の第4回選挙法改正で30歳以上の女性に参政権が認められ、戦後にはドイツやアメリカでも女性参政権が認められた。第二次世界大戦後に国際社会の中で人権に関心が集まり、70年代にはベトナム反戦運動や公民権運動を背景に女性の解放を目指すウーマンリブ運動が進展した。こうして男女同権の思想が社会に広く浸透するようになり、79年には女性差別撤廃条約が国際連合で採択され、各国で男女同権に向けて法律や制度の見直しが相次いだ。597字
解説の前に思ったこと
東京大学はこのところ「ダイバーシティ」を重視していて、「女子学生の比率20%を目標にする」「推薦入試を実施して首都圏以外の公立高校生など多様な人材を集めたい」と機会があるごとに言っています(副学長の講演で聴きました)。
今年の出題はその趣旨に沿った(東大合格者数を競う私立六年制男子校を揺さぶる?)出題といえます。
しかし今回の課題は男女を問わず難しいです。
東京大学をはじめとする旧帝大の世界史の問題は基本的に「反権力」または「虐げられているもの」に対するまなざしが根底にあります。
「国民の税金を使って反権力の研究とは何事!」と思われる向きもいるかもしれませんが、副学長がその辺を「バランス感覚」と言われていました。
私流の解釈ですが、「東京大学の卒業生の多くは将来権力の中枢近くで働く、だからこそ被支配側の痛みがわかる人であるべき」でしょうか。
自分のことを「トップエリート」とか言う特権意識丸出しの人材(あれ、どこかで聞いた?)は困るということでしょう。
東京大学の世界史第1問には毎回「歴史を通して一言言わせてもらう」という歴史学の矜持が垣間見えます。今回は東京大学の「多様性重視」ポリシーの表明とお見受けしました。
ポイント解説
東京大学の第1問は最初の段落が誘導です。それに基づいてマトリックスを考えます。
本番ではそんな悠長な時間はありません。語句の横に「○○世紀」と入れて、連想するワードを書き出します。
- キュリー 19世紀 ラジウム発見
- 産業革命 19世紀 生産と消費の分離
- 女性差別撤廃条約 20世紀
- 人権宣言 18世紀 フランス革命 自由平等は男性のみ
- 総力戦 20世紀 WW1 女性の社会進出
- 第4次選挙法改正 20世紀 WW1中 女性参政権
- ナイティンゲール 19世紀 近代看護学
- フェミニズム 19~20世紀 男女同権
西洋史専攻の私が『人間と市民の権利の宣言(人権宣言)』と「女性」で連想するのは、オランプ・ド・グージュの『女性および女性市民の権利宣言(女権宣言)』です。
彼女は人権宣言の「人間」(l’Homme)は男性を前提としていて(服も「オム」は男性用)女性(la Femme)が含まれていないと考え、人権宣言の”l’Homme”を”la Femme”に書き換えて(いわゆる「もじり」)『女権宣言』を発表しまず。
*参考 西川祐子「女権宣言(1791年) と人権宣言(1789年)一パロディのカー」
*追記:2018年早稲田大学人間科学部の世界史にこの話が出てました。
イギリスのメアリ・ウルストンクラフトも同じ時代に男女同権を唱えた作家として有名です。
『女性の権利の擁護』の中でメアリは男女の同権、機会の均等、教育を通じての女性の地位の向上、社会的存在としての女性の価値の称揚、道徳的責任主体の確立、という現在に通じるフェミニズムの理念をすでに提唱しています。
フランス革命中、いくつかの法律によって女性の権利が認められましたが、家父長制色彩の強い(ナポレオンがコルシカ島の出身だから?)ナポレオン法典(1804年)で後退してしまいます。
産業革命期の「生産と消費の場の分離」による有産階級女性の「専業主婦」化と、女性労働者の縫い物仕事については帝国書院の『タピストリー』に詳しいです。
「妻に仕事をさせない」というのが中産階級のステータスシンボルでした(イプセンの『人形の家』参照)。ヴィクトリア女王も執務を終えると「よき妻、よき母」と報じられました。まさにご本人がヴィクトリア朝時代の「アイコン」でした。
*発展:だいぶ前の話ですが、私の知り合いはメロン農家で裕福、「お嫁さんには仕事を手伝わせないのがしきたり」といっていました。
第一次世界大戦と女性の社会進出は一橋大学の過去問にもあります。『映像の世紀』第2集でおなじみのシーンです。資料集にはココ・シャネルも登場します。
工場労働や戦地の後方支援以外にも、戦争志願を呼びかけるポスターに女性がモチーフとして描かれます(愛する女のために男は戦争に行く)。
実際の社会進出だけでなくこうしたイメージも含めて、女性が戦争協力を通じて「国民」の権利を獲得するというのは何とも複雑です。
*発展:日本史だと「国防婦人会」「女子挺身隊」などの研究があります。
ココ・シャネルは第一次世界大戦前後のファッションと女性の社会進出を考える上で重要。
ラストは第二次世界大戦後の人権意識の高まりや反戦運動などと絡めてまとめておきました。アラフィフおじさんはリアル体験です(中ピ連というのもありました)。
高校生には断片的には書けてもまとまった文章にするのは難しかったと思います。
第2問
問1
a 仏教とジャイナ教に共通するいくつかの特徴 90字以内 △
バラモン教の祭式主義やヴァルナによる差別を否定し、個人が修行を通じて輪廻転生から解脱することを目指した。都市国家の発達を背景に台頭したクシャトリヤやヴァイシャ層の支持を得た。
b ウパニシャッド哲学 ◎
c 大乗仏教の特徴 90字以内 △
従来の仏教は個人の修行を重んじ自己の解脱を目指したのに対して、大乗仏教は慈悲の精神をもって万人の救済を目指す利他的な教えが特徴で、人々を救済に導く菩薩を信仰の中心とした。
問2
a 平城(大同) 雲崗 B ◎ →京都女子大学の回 ズバリ的中?
イエズス会が中国の孔子崇拝や祖先信仰を取り入れて布教を行ったことがローマ教会から異端と宣告されたため、康煕帝はイエズス会以外の布教を禁止し、雍正帝はキリスト教の布教を全面禁止した。
問3
a フランチェスコ会やドミニコ会の、これまでの修道会と異なる活動形態の特徴 60字以内 △
従来の修道会のように土地財産を経営基盤にせず、托鉢による喜捨で生計をたて、主に都市住民に対して布教活動を行った。
b イギリス国教会の成立経緯、成立した国教会に対するピューリタンの批判点 120字以内 ○
ヘンリ8世は首長法でカトリックから離脱し、エドワード6世は一般祈祷書で教義に一部カルヴァン派を導入し、エリザベス1世の統一法で国教会が確立した。しかしピューリタンは教義や国王が主教を任命する制度面など国教会のカトリック的側面を批判した。
*問1aとcは字数が多い。問3aも書きにくい。
第3問
問1 燕雲十六州 ◎ →京都女子大の回
問2 パスパ文字 ◎
問3 チャンパー ◎
問4 b ヴァンダル人 ◎
問5 12世紀パレルモの支配者交替による宗教の変化 30字
問6 ニース ○ ま
問7 第五共和政 ○ ま →紛らわしい数字ものの回 ズバリ的中?
問9 a ソグド人 ◎
問9 b 正統カリフ ◎
問10 ウルドゥー語 ◎
*難しいものはなし。完全解答マスト。
次回は一橋大学
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com