ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

『うんこ漢字ドリル』から幼児教育について考える

 先日機会があって三重大学の模擬講義に参加しました。

 講師は教育学部幼児教育講座の富田昌平准教授、タイトルは「子どもが遊びを通して学んでいること」でしたが、「つかみ」の話が『うんこ漢字ドリル』でした。

 富田先生は「幼児の下品な笑いの発達」という論文を発表されていて(NHKEテレで取り上げられました)『うんこ漢字ドリル』が流行したときに取材が来たそうです(富田先生のブログに詳しいです)。

 今回は模擬講義に論文の内容を一部追加して富田先生の考察を紹介し、「幼児教育の面白さ」について考えます。

 

関連HP

mie-u.repo.nii.ac.jp

 

www.edu.mie-u.ac.jp

  

講義の概要

 

 幼稚園での調査によると、排泄や性に関する「下ネタ」で笑いを取るのは4歳から5歳がピークのようです。

 4歳から5歳は、友だちを強く意識し笑い合う状況を作り出すことによって友だちとの間に親和的関係を築きたい(確認したい)という、この時期特有の発達要求が生じてくる頃です。

 「笑い」は日常の中に「ズレ」や「逸脱」を作ることで生まれますが、4歳児には周りの笑いをとるための知識や技術はまだ十分にありません。

 ちょうどこの時期は排泄トレーニングが終わってひとりで用便できるようになります。同時に「排泄が忌避されるもの」という観念が形成されます。

 そこで「手っ取り早く」笑いがとれるのは「下ネタ」(忌避を破ることで「ズレ」を作る)なので、この時期にこうした笑いが多く生じる、と考えられます。

 

 「お笑い芸人の一発ギャク」も笑いを取る方法として子どもに好まれます。

 ただし調査によると、「一発ギャク」は言いっ放しですが、「下ネタ」の場合は、例えば「うんこ」という単語と「ブリブリ」などオノマトペ擬声語、擬音語と擬態語の総称)との組み合わせ、ままごとで「ごはんください」というと「はい、おしっこ」と言う「対話型」など、複合的な笑いが含まれます。

 

*発展 フロイトは「肛門期」(5つの心理性的発達理論のうちの2番目の段階)という言葉で、排泄トレーニングと自我形成の関係を論じています。

*発展 富田先生によると、『うんこ漢字ドリル』は小学3年生まではよく売れるのですが、4年生以降はいまひとつらしいです。笑いを取るための知識や技術が向上してきて、別の方法で親和性を確認できるようになるからでしょうか。

 論文には「下ネタ」に対する親の態度(男女別)についても考察があります。個人的には「下ネタ」に対する男女の反応の変化も気になります。

 

 また4歳から5歳は「心のしなやかさと切り替え」を獲得する時期でもあります。

 2歳児や3歳児は自分の「したいこと」(してしまうこと)を優先させてしまい、「すべきこと」ができません。例えば自由時間が終わった時に「玩具で遊ぶ」から「玩具を片付ける」に切り替えることができません。

 この「したいこと」を我慢して「すべきこと」を選択できるようになるのは4歳から5歳頃であることが心理学的な実験から示されています(「マシュマロテスト」が有名)。

 

国立情報学研究所 CiNii(NII学術情報ナビゲータ[サイニィ])

ci.nii.ac.jp


 この「自分をコントロールする力」は「非認知スキル」と呼ばれます。「粘り強さ」「好奇心」「やり抜く力」「誠実さ」などもそれに当たります。

 こうした力は人や環境との「心地よい関わり」の中で育ちます。

 「待てればマシュマロをもうひとつもらえる」と聞いて我慢できるかは、「自分に言い聞かせる力」と「我慢すれば後でもっといいことがあるという実感」によります。

 だから4歳から5歳期の幼児教育は重要です、幼稚園は学びや環境を通してさりげなく学ぶ、「非認知スキル」を育てる場です。

 幼稚園は集団で歌やゲームをする時間もありますが、一日の大半は子どもが自分で遊びを考えて過ごします。

 教師は先回りして遊びを用意するでも、全くの放任にするでもありません。

 教師がさりげなく「仕掛け」をしておいて、子どもたちがそれを発見し、集団で新しい遊びを考える、それに対して教師が適切な「押さえ」をして、子どもが新たなチャレンジに目覚める。このように教師の投げかけと子どもの(教師の想像を超える)行動のスパイラルで、子どもが経験を「確かな力」に変えて成長していきます。

 

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  これは泥遊びです。

 

 まさに学習指導要領が言う「主体的で、対話的で、深い学び」です。

 「学ぶって楽しい。夢中になっているうちに力がついた」がはっきり見える、そして遊びながら「非認知スキル」を高める。幼児教育が今注目されている理由です。

 

感想

 

1 「非認知スキル」について

 

 このスキルは企業が学生に求める「社会人力」とほぼ同じです。これらは就活対策で「詰め込む」ものではなく、幼少期からの周囲との関わりの中で育まれるものだと改めて痛感しました。

 

 私は日常高校生と関わっていますが、日常生活、勉強、部活動などの「できる/できない」は「我慢できる/できない」と相関関係があると思います。

 私は担任や人権教育の係もしていますが、生活に課題を抱える子ども(および保護者)と面談すると、「これまで我慢してもいい思いをしたことがなかった」という話を聞くことがあります(人権教育では「自己肯定感」という用語も使われます)。

 それぞれは些細な出来事でも、積もり積もると「我慢しても無駄」と思うようになってしまいます。

 私の知り合いは人権教育を長くやっていて、生徒たちに「非認知スキルを高めることでいいことがある」という経験を少しでも多く積めるよう、学校のあらゆる場面で生徒と関わり、粘り強く指導しています。

 ただ教員ができることには限界があるので、経済面や家庭面の支援は行政の力が必要です。

  

2 「主体的で、対話的で、深い学び」

 

 高校では現在「アクティブラーニング」が盛んです。

    しかし「机をつなげて話し合い・教え合い」や「体験学習」など形式だけにとどまってしまう場合もあり、「深い学び」=生徒の心に内容が落ちて、さらに次の学びにチャレンジしたくなる、ができているかといわれると耳が痛いです。

 また「勉強は自分でやるもの」とほったらかし、逆に「先回り」(倍率の低い国立大学の推薦入試を探してくれるとか)が過ぎる先生もいます(私は前者(笑))。

 

 私は授業は基本講義です(世界史Bの教科書は約400頁ですよ!)が、他人の話を聴きながらでも考えを巡らしてもらわなければ困ります。インプットとアウトプット、「適切な刺激」と「生徒の自学自習」の按配でいつも悩んでいます。

 富田先生の実践例紹介から(紙面の都合で省略、知りたい人は三重大学へ)生徒が考えたくなる「もっていきかた」のヒントをいただきました。

 

3 幼児の下品な笑い

 

 私が論文を読んで感心したのは、「対話型の下ネタ」です。5歳児がままごとのコンテクストに「下ネタ」をぶちこんで笑いを作っています。

  私は生徒に世界史の学習方法として、「比較と関連づけをする」「自分の身近に歴史を引きつける」を必ず言います。

 英単語も身近な人を例文にしたり、歴史の年号語呂合わせも事件の内容を織り込んだ語呂にすれば(例:755年 安史の乱 「楊貴妃に非難囂々」)「使える記憶」になります。

 実は世界史にも「下ネタ記憶法」が数々あります。生徒は一発で覚えます(具体例は省略します)。

 自分の興味のあることに引きつけて覚えたり考えたりすると強固な記憶が形成されます。まさに『うんこ漢字ドリル』のコンセプトです。

 

 これ

新装版エロ語呂世界史年号 (エロ語呂暗記法)

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 どの発達段階であろうが、楽しく学ぶことと、学ぶことで楽しくなること(知識がつく、考えが深まる、多くの人と承認し合える、自分の将来が見えてくる)のスパイラルが大事だと改めて思いました。

 

 「ブログに載せていいですか」というぶしつけなお願いに快く応じて頂いた富田先生、また三重大学の皆さん、貴重な機会をありがとうございました。