高校の進路指導では「なりたい職業を決める」→「やりたい学問を決める」→「行きたい大学を決める」→「必要な教科・科目を決める」→「勉強する」という流れが主流です。
このツボに「はまる」生徒はよいのですが、「やりたいことが見つからないから勉強する気が起こらない」とか「食いっぱぐれたくないから資格系」という生徒も少なからず存在します。
大学もその辺をご存じなのか、資格取得をうたう大学・学部が毎年新設されます。特に一時期は看護と教員養成が新設ラッシュでした。
また「好きなもの=ペット」→「職業=獣医」という生徒もいますが、獣医学部は数が少ない上に難易度も高く、合格するのはかなりの実力者です。
獣医学部は高校では人気なのに、どうして学校数が限られているのでしょうか。
調べてみると、旺文社のHPに特集がありました。
今回はその記事を出発点に、獣医学部について考えます。
*年号は計算しやすいように西暦に統一しました。
旺文社 2016年度2月の記事 eic.obunsha.co.jp
『蛍雪時代』2017年1月号(旺文社)、『医療系大学データブック2016』(大学通信)も参照しました。
1 軍馬の管理が目的!
日本の近代的な獣医学教育が始まったのは明治初期といわれ、その主な目的は当時の陸軍の軍馬の診療や生産など「軍馬の維持・確保」でした。
1893年に陸軍獣医学校が設立されます。日清・日露戦争を通じて軍馬の改良・生産や大陸で牛の伝染病の流行が課題となり、大正時代に多くの獣医学校や獣医講習所が各地に設置されます。
昭和期に入ると日中戦争の影響で軍馬の需要が高まり、官立の高等農林学校や私立の獣医学校などに獣医学科(一部畜産学科)が設置され、軍馬に関する獣医学教育が活発になります。
日本大学獣医学科の前身である東京獣医学校
日中戦争と獣医学科
2 獣医学部の誕生
終戦後の1949年、旧制大学・旧制高等学校・専門学校・師範学校などが単独あるいは統合で「新制大学」に移行します。
現在の獣医学系大学のうち、国立では帝大(北海道、東京)、官立の高等農林学校(岩手・東京・岐阜・鳥取・宮崎・鹿児島)、帯広農業専門学校、山口獣医畜産専門学校が、公立では大阪獣医畜産専門学校が新制大学に移行し、獣医学科等になりました。
私立では東京獣医畜産専門学校(東京獣医畜産大→日本大に統合)、日本高等獣医学校(日本獣医生命科学大)、麻布獣医畜産専門学校(麻布大)が大学に移行し、1964年に酪農学園大、1966年に北里大に獣医学科が設置されます。
2017年4月現在 獣医学系統のある大学(国立10 公立1 私立5)
追記 6/17 「所在地」は獣医学部のキャンパスのあるところ。
種別 |
大学 |
学部 |
学科 |
定員 |
所在地 |
共同 |
国立 |
北海道大 |
獣医 |
共同獣医学課程 |
40 |
北海道 |
a |
国立 |
帯広畜産大 |
畜産 |
共同獣医学課程 |
40 |
北海道 |
a |
国立 |
岩手大 |
農 |
共同獣医学科 |
30 |
岩手 |
b |
国立 |
東京大 |
農 |
獣医学課程 |
30 |
東京 |
|
国立 |
農 |
共同獣医学科 |
35 |
東京 |
b |
|
国立 |
岐阜大 |
応用生物科学 |
共同獣医学科 |
30 |
岐阜 |
c |
国立 |
鳥取大 |
農 |
共同獣医学科 |
35 |
c |
|
国立 |
山口大 |
共同獣医 |
獣医学科 |
30 |
山口 |
d |
国立 |
宮崎大 |
農 |
獣医学科 |
30 |
宮崎 |
|
国立 |
鹿児島大 |
共同獣医 |
獣医学科 |
30 |
鹿児島 |
d |
公立 |
大阪府立大 |
生命環境科学域 |
獣医学類 |
40 |
大阪 |
|
私立 |
獣医学群 |
獣医学類 |
120 |
北海道 |
|
|
私立 |
北里大 |
獣医 |
獣医学科 |
120 |
青森 |
|
私立 |
日本獣医生命科学大 |
獣医 |
獣医学科 |
80 |
東京 |
|
私立 |
日本大 |
生物資源科学 |
獣医学科 |
120 |
神奈川 |
|
私立 |
麻布大 |
獣医 |
獣医学科 |
120 |
神奈川 |
|
合計 |
|
|
|
930 |
|
|
3 6年制への移行
このような経緯から、戦後の獣医学教育は戦前の専門学校時代の教育内容(基礎獣医学)、教育施設をほとんどそのまま移行した形でスタートします。
また当初は医学・歯学と同様に6年制という議論もありましたが、結局4年制課程が30 年近く続きます。
その後獣医師の仕事は畜産だけでなく、公衆衛生、防疫(口蹄疫や最近では鳥インフルエンザ)、家庭用小動物のケアなど広範で高度な専門職の能力・技能が求められるようになります。
そこで1977年には獣医師法の一部改正により、獣医師国家試験の受験資格が学部卒業から大学院修士課程修了に(「積み上げ方式」)、さらに1983年には学校教育法の一部改正により獣医学修業年限は「学部一貫6年制」になりました。
4 教育の質の向上
教育課程が延長されれば、教員や臨床実習の施設・設備の数や教育の質がより求められるのは当然です。
この制度改革は欧米並み規模の獣医学部を設置する構想とセットでした。
これまでの基礎獣医学中心から臨床・応用獣医学等の実務教育を充実するために、小規模で全国に分散する国立大学獣医学科の統合・再編・整備を同時に行う予定でした。
*発展:公益財団法人大学基準協会によると、定員ごとの必要専任教員数は学生 30 ~35 名(国公立の大半)に対して教員 68 名、学生 120名に対して教員 77 名が必要とされています。
国の基準はそこまで多くはなく、どの大学も必要教員数は上回っています。
上記より引用。これらすべてに専任の先生がいればいいですよね。
獣医になるには猛勉強が必要です…。
講義科目・実習科目 |
教員数 |
科目 |
導入・基礎分野 |
12 |
獣医学概論、獣医倫理・動物福祉学、獣医事法規、 医事法規、解剖学、組織学、発生学、生理学、 生化学、薬理学、動物遺伝育種学、動物行動学 、実験動物学、放射線生物学 |
病態分野 |
7 |
|
応用分野 |
7 |
動物衛生学、公衆衛生学総論、食品衛生学、環境衛生学、毒性学、人獣共通感染症学、疫学、野生動物学 |
臨床科目 |
21 |
内科学総論、 臨床病理学、臨床薬理学、呼吸循環器病学、消化器病学、泌尿生殖器病学、 内分泌代謝病学、臨床栄養学、神経病学、血液免疫病学、皮膚病学。臨床行動学、外科総論、手術学総論、麻酔学、軟部組織外科学、運動器病学、臨床腫瘍学、眼科学、画像診断学、産業動物臨床学 、馬臨床学 、臨床繁殖学 |
実習科目 |
18 |
解剖学実習、 組織学実習、生理学実習、生化学実習、薬理学実習、実験動物学実習、病理学実習、微生物学実習、寄生虫学実習、動物衛生学実習、公衆衛生学実習、食品衛生学実習、毒性学実習、小動物内科学実習、小動物外科学実習、画像診断学実習、産業動物臨床実習、臨床繁殖学実習 |
総合参加型臨床実習 |
3~12 |
学生10人に教員1人 |
獣医学部の教員数
日本学術会議『わが国の獣医学教育の現状と国際的通用性』2017年3月3日より
北海道大学獣医学部(もっとも人的に豊富)と欧米の獣医学部との比較(抜粋)。
USA、EUそれぞれに獣医学部の評価基準があるそうです。
混合農業の欧米(学生が触れる動物数が半端ない)と、東アジアを比べるのは酷ですが、農業はTPPや防疫対策などグローバル化に直面しています。
|
コロラド大学 |
ベルリン自由大学 |
オスロ大学 |
|
学生数 |
40 |
138 |
170 |
330 |
学部教員数 |
49 |
221 |
165 |
101 |
動物病院教員数 |
26 |
166 |
352 |
87 |
事務系職員+ 技術系職員数 |
16 |
41 |
257 |
206 |
診療動物総頭数 (年間) |
7,741 |
96,000 |
34,032 |
10,705 |
6/21 引用元を追加しました
そこで国立大の獣医学系を再編・統合してスケール・メリットを活かし、国際的基準も充たせるような獣医学教育を再構築すべきとの構想が1998年代初めにみられたのですが、実現しませんでした。
現在は国立獣医学系の2 大学間で「共同教育課程」の編成・実施が行われています(別表のa~dがその組み合わせ)。各構成大学では共通の教育カリキュラムを編成・実施し、卒業者には両大学の連名で学位が授与されます。
また2013年入学者から全大学で「獣医学教育モデル・コア・カリキュラム」が導入されています(獣医学教育の共通化と大学の独自性を両立させる)。
さらに参加型臨床獣医学実習、臨床実習を前に基礎的な知識や能力を問う「獣医学共用試験」(2016年度から実施)など新たな取り組みも始まっています。
*発展 鹿児島大学と山口大学の共同獣医の場合、前者は畜産に強く、後者は家庭用小動物に強いなど、それぞれのメリットを活かした教育を行っているそうです。
まとめ
獣医学系統ではここ40年間、既存の獣医学部の中身を国際基準に近づけ、教育の質を高めることが優先課題とされてきました。
入学定員が際限なく増えれば教育の質が維持できない可能性もあります。文部科学省はいわゆる「抑制政策」をとり、約50年間にわたって獣医学部は新設されず、定員も1975年から約40年間930人のままです。
そこへ折からのペットブームと「好きなことからなりたい職業を選ぶ」進路指導が合わさったことが競争が厳しくなった一因といえます。
ただ実際の競争はどの程度なのか、また「防疫」と「ペットのお医者さん」、うーんもう少し調べてみないと…。(続く?)