2017年の国立大学の世界史論述問題を解きながら、何に注意して授業に臨むか、どのような準備をするかについて考えます。
最終回は大阪大学です。
*発展 3月末の駿台予備校大阪校の入試研究会で東京、京都、一橋、大阪の問題が取り上げられるので事前に解答例を作っています。予備校の解説を聞いて「今年は簡単だ」と評論家気分では受験生と相対する時に指導できません。
関西の難関・中堅私立大学については解答例だけでなく「東南アジアの抵抗」なら「○○大学の△△年の大問□」と大問ごとに取り出せるようにしてあります。
追記 3/19
駿台の研究会に行ったら参考になったので少し直しました。本番では推敲できないですね。すみません。
大阪大学 2017年
Ⅰ
問1
課題 資料文が編纂された(1330年頃)当時のイタリアの政治状況について、地域差や様々な政治・宗教勢力に注意しながら 150字程度
メモ
北イタリア海岸 ヴェネツィア、ジェノヴァなど都市共和国、東方貿易で繁栄。
北イタリア内陸 フィレンツェは毛織物工業と金融業で海港都市を支える。メディチ家は教皇を輩出。ミラノはロンバルディア同盟の盟主として神聖ローマ皇帝と争う。
中部 教皇領
南部 ナポリ王国はアンジュー家、シチリア王国はアラゴン家が支配。カトリック、ビザンツ、イスラームの三勢力が混在する。
全般 神聖ローマ皇帝のイタリア政策に対して、教皇派、皇帝派に分かれて争う。
解答例 3/19 ちょっと直しました。
北部の海岸部ではヴェネツィアやジェノヴァ、内陸部ではフィレンツェなどが都市共和国を形成し、特にミラノは神聖ローマ帝国から自立していた。中部には教皇領があり、南部ではアンジュー家のナポリ王国、アラゴン家のシチリア王国があった。これらは神聖ローマ皇帝のイタリア政策に対して教皇派、皇帝派に分かれて争った。151字
ポイント
名古屋大学に中世後期のドイツとイタリアを比較する類題あり。
高校生だと「アンジュー家」「アラゴン家」は出てこない(関東難関私大レベル)が、それ以外は書ける問題。
問2
課題 引用史料で述べられているシステム(元の通貨システム)が当時の中国経済に与えた影響について、前後の時代やユーラシア西方地域との相違点にも注意して 250字程度
ヒントから芋づる
史料の内容:商人の銀を取り上げて引き替えに紙幣を渡す。中国内でどこでも使える。
システム:銀と紙幣(交鈔)
前後の時代:銅銭。宋代の交子・会子。手形から発達した紙幣。
ユーラシア西方地域:現物経済が中心。十字軍以降貨幣経済が進展。金貨と銀貨
中国経済に与えた影響:
ユーラシア循環交易圏で銀が基本通貨に。
使わなくなった銅銭は日本などに輸出。
紙幣を乱発しすぎて物価が高騰し、元が滅亡する一因になる。
明は貿易を縮小する。銀の使用を一時禁止。
解答例 3/19 少し直しました。
ヨーロッパでは金銀が通貨として用いられていたが、中国では宋代より銅銭に加えて交子・会子など紙幣が使われ、元代には紙幣の交鈔と銀が主に使われた。モンゴルのユーラシア支配の時代には草原の道と海の道の循環ルートが形成され、銀を通貨とする東西貿易が繁栄した。余った銅銭は日本など海外に輸出されて貨幣経済の発達を促した。しかし元が交鈔を濫発したことで物価が騰貴するなど経済が混乱し、元の滅亡の一因となった。明は当初紙幣を発行し銀の使用を禁止するなど商業を抑制したが16世紀には銀が流入して決済の中心となった。251字
ポイント
大阪大学の「グローバルヒストリー」研究とも関係が深い杉山正明先生が専門のモンゴルからの出題(2016年に新しい本が上程されている。出版記念?)。
*発展:『世界史の窓』は、交鈔は小額紙幣(銅銭の絵が描いてある)、高額紙幣の役目を果たしたのは「塩引」という塩(国家の専売)の引換券、と杉山先生の本を引用している(いつもお世話になります)。
紙幣はすでに宋代で使われていたこと、当時のヨーロッパに紙幣がない(紙幣は巨大権力が存在する証)、金と銀の二本立てだったことが比較ポイント。
「影響」=間接的変化は、東西交易の活発化と交鈔の乱発による経済の混乱を書きたい。
明の紙幣「宝鈔」は『世界史用語集』では頻度1。明は宝鈔と銅銭(洪武通宝や永楽通宝)を発行し、金銀の使用を禁止していた(宝鈔も銀との交換禁止)が、民間では銀が流通して宝鈔の価値は下落した(『詳説世界史研究』参照)。
高校生には「ドボン」だが、明が海禁と農村への統制を強めたことは有名なので、「元の重商主義の行き過ぎを反省?」と推理して言葉をひねり出したい。
高校生は文章的に収まりが悪いが「16世紀に銀が流入した」と飛んだ方がいいかも。
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
Ⅱ
課題 ロシア革命(十一月革命)とその結果成立したソ連によって、何が達成され、何が課題として残されたのか。300字程度
ヒント 生産手段を公有化した最初の社会主義革命
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政治 |
経済 |
外交 |
十一月革命 |
土地に関する布告 農民に土地を分配 |
平和に関する布告 即時停戦 民族自決 |
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ソ連成立 |
戦時共産主義→新経済政策 |
周辺地域の独立運動は失敗 |
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第一次五カ年計画 重工業 農業の集団化 |
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スターリンの個人崇拝 粛正 |
第二次五カ年計画 工業化すすむ |
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WW2 |
独ソ戦で餓死者続出 |
東欧の解放 |
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冷戦 |
社会主義陣営 |
核開発 ミサイル技術 人工衛星 |
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冷戦終わり |
経済の停滞 |
新思考外交→東欧革命 |
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ソ連解体 |
クーデター失敗 共産党解散 |
市場経済の混乱 |
バルト三国独立 |
解答例 3/19 民族自決のところのニュアンスを変えました。
ボリシェヴィキは十一月革命後に地主の土地の没収と農民への分配を約束し、民族自決を原則とする共和国からなるソヴィエト連邦を結成した。1920年代からは2度の五カ年計画によって国営企業化と重工業化を達成する一方、農業の集団化を実行した。戦後は社会主義陣営を形成し、核開発と人工衛星に代表されるミサイル技術でアメリカと対峙し、冷戦体制の一翼を担った。計画経済は資本主義の行き過ぎの是正、民族自決は抵抗運動のモデルなどソ連型社会主義は各地で資本主義の代替案となったが、実際には市民的権利の抑圧や計画経済の非効率、領内の少数民族の抑圧など矛盾が多く、前者は社会主義諸国の課題、後者は旧ソ連地域の民族問題として今なお存在し、核軍縮も未解決である。309字
ポイント
「ロシア革命100周年、ソ連の社会主義の総括をしなさい」という問題。ソ連崩壊を目の当たりにしたアラフィフの私なら600字でもokだが(笑)、高校生には厳しい。
センター試験の復習でロシア革命、スターリン、冷戦、ペレストロイカ、チェチェン紛争の抜け漏れをつぶした人は、「なぜペレストロイカなのか」で習う「ソ連型社会主義の問題点」を軸にパーツをつなぎ合わせれば文章になる。その年のセンター試験や私大入試の復習は大事!(手前味噌)
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
解答例は先にソ連の歴史をおさらいし、評価できる部分、課題となる部分を書いた。この方が書きやすい。
*発展:昔ロシア近現代史の石井規衛先生が研究会で「ソ連は重工業時代のユートピア」と説明していた。計画経済は鉄鋼や石炭をがんがん作ってじゃんじゃん消費する(ソ連のロケットはアメリカと比べるとかなりでかい!)時代には「みんな平等」という思いを抱かせることが可能でも(しかし農村の収奪が背景にある!)、省資源情報化時代にはフィットしない、といえる。
*発展:ソ連型社会主義はなぜ国家主義で人民の自由を制限するのかというと、ロシア革命が第一次世界大戦=総力戦体制の「申し子」だから、と考えればつじつまが合う。ジャコバン独裁も革命戦争勝利が名目だった。民主主義を守るために人々の自由が抑圧されるという逆説。
*発展:マルクスの言葉に「宗教はアヘン」とあるが、ソ連やユーゴスラヴィアは領内の様々な文化集団に対して「宗教や民族にこだわるのは時代遅れ。社会主義のもとでユートピアを実現する」と問題に蓋をした。しかし社会主義政権が崩壊すると人々は再び拠り所を民族や宗教に求めだした、と捉える。
Ⅲ(外国語学部以外)
課題 ガンダーラ地域で制作されたと考えられる仏像に英雄ヘラクレスが描かれている。このような像が造られた歴史的背景 200字
条件 文化交流と仏教の発展という二つの側面に注目しながら
条件から芋づる
文化交流:アレクサンドロス大王の東方遠征に付いてきたギリシア人が各地に植民する。前3世紀にバクトリアが自立する。ヘレニズムの彫刻技法やギリシアの宗教が伝わる。
仏教:アショーカ王の時代の仏教は個人が修行して解脱する仏教。クシャーナ朝の時代に大衆の救済を目指す大乗仏教が成立、菩薩信仰が生まれ、その像を造る必要が出てきた。
解答例
アレクサンドロス大王の東方遠征によって中央アジアにギリシア人が植民し、後にバクトリアが自立してヘレニズム文化を伝えた。一方インド発祥の仏教は最初個人が修行によって解脱することを目指したが、中央アジアから北インドを支配したクシャーナ朝の時代に大衆の救済を目指す大乗仏教がおこった。この仏教は大衆を導く菩薩に救いを求めたので、信仰の対象として仏像が必要となり、ヘレニズム文化と結びついてガンダーラ美術が生まれた。204字
ポイント
サービス問題。解答例は固有名詞を減らして地理的な広がりを意識した。
Ⅲ(外国語学部)
問1 イ.タスマン ウ.クック
問2
課題 アメリカ合衆国が太平洋を囲む地域に対してどのような政治的な発言権を有するようになったか。1860年代~90年代、1940年代後半~80年代のそれぞれの過程について、その時期に起きた戦争と関連させながら それぞれ80字程度
条件から芋づる
1860~90 ナポレオン3世のメキシコ出兵にモンロー主義を適用 アメリカ=スペイン戦争でグァム、フィリピンを獲得 門戸開放宣言
1940後半~80 日本の占領政策 太平洋諸島の信託統治 朝鮮戦争 SEATOやANZUS ベトナム戦争 中国との
→世界の自由主義を守ることが自国の利益
解答例
ナポレオン3世のメキシコ出兵に抗議しヨーロッパとの相互不干渉を主張した。また米西戦争に勝利して太平洋に進出し、列強の中国分割に対して門戸開放や主権尊重を唱えた。82字
国連の常任理事国として太平洋諸島を信託統治し朝鮮戦争に出兵した。またベトナム戦争に介入するなど共産主義からの自由主義の防衛を唱えたが、戦後は中国との関係改善に努めた。85字
ポイント
前半はモンロー主義とアメリカ流帝国主義(アメリカファースト)、後半は国連と反共主義(自由主義の守護者)と比較の視点で書く。
韓国はAPEC加盟国。「日本の占領軍の中心として民主化を指導し」も「政治的発言」(自由主義を広める)に当たるので私的にはOK。
SEATOとAUZUSを入れたいが「80年代」まで書く必要があるので、米中国交回復が79年なので「関係改善」と「逃げた」(笑)。高校生はANZUSの方が書きやすい。
*発展 1848年のアメリカ=メキシコ戦争でアメリカ合衆国の領土が太平洋岸に達するが、当時はパナマ運河がない。50年代のペリー艦隊の世界周航は「合衆国は太平洋国家」というデモンストレーションともとれる。
問3
課題 ヨーロッパ連合に見られる協力の特徴 50字
条件 アジア太平洋経済協力との違い
メモ
EUの特徴 市場統合(域内のヒト・モノの移動の自由)、通貨統合(ユーロ)、政治統合(欧州議会)
APECの特徴 多角的自由貿易体制を推進・強化、貿易・投資の自由化・円滑化、経済・技術協力を推進
解答例
加盟国間の商品や労働力の自由移動や共通通貨を設定するなど経済的統合度が強く、欧州議会で政治統合も進めている。55字
ポイント
サービス問題。EUの特徴を書く。
まとめ
難関大学の世界史の論述問題を指導するには、普段から大学の先生が高校の先生向けに書いた入門書を読んで、「新しい歴史のとらえ方」をアップデートしておく必要があります。
そうした「アップデート」は必ず現在の課題とリンクしています。歴史学は決して「象牙の塔」ではなく、文部科学省の「競争的予算配分」にせき立てられなくても、「今起きている問題を歴史に問う」が研究の動機です。
世界史選択生はそうした「知の最前線」にいます。ぜひ世界史を楽しんで欲しいと思います。だから抽象的な話をしても寝ないで聞いてください(本音)。