ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

明恵の夢と高山寺@中ノ島香雪美術館2019

 連休中にターミナル駅付近の大型スーパーに立ち寄ると、午後のフードコートに部活帰りと思しき女子高校生があふれかえっていました(画像なし)。

 「自称進学校」は連休中に宿題をどっさり出しておきながら、部活動もほぼ毎日するという充実した生活を送っていると拝察します。(´・ω・`)

 さて、大阪市北区にある中ノ島香雪美術館で開催中の「特別展 明恵(みょうえ)の夢と高山寺」に行ってきました。「あきえ」じゃないですよ。ヽ(`Д´)ノドコノオンナ!

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 展示のメインは明恵の「夢記」(ゆめのき)なのですが、高山寺と言えば「鳥獣戯画」で、そちらも展示されていました。数年前に京都国立博物館で延々と並んでチラッと観た以来の見学です。

 

1 高山寺

 高山寺京都市右京区栂尾(とがのお)にあるお寺で、建永元年(1206)明恵後鳥羽上皇よりその寺域を賜り、名を高山寺として現在に至ります。

kosanji.com

 

2 明恵と「夢記」

 明恵は(承安三年(1173)~寛喜四年(1232))東大寺で華厳を学び、勧修寺の興然から密教の伝授を受けます。
 明恵は若い時に厳しい修行に打ち込み、なんと右耳を切り落とします( ゚д゚)。激痛で朦朧としながらお経を読んでいると、文殊菩薩が獅子に乗って出現したそうです。

 そこで明恵は自分が見た夢を記録しはじめます。夢はいわば修行の証拠、今風に言うと大学生の「コミュニケーション・カード」のようなものでしょうか。

 さらに明恵は夢を重要な意味を持つものとそうでないものに分け、前者を書状にして信者に送っています。修行の成果を信者とシェアしたといえます。

 入口のポスターは国宝「明恵上人樹上坐禅像」の一部で、自然の中で明恵が瞑想をしているシーンです。「夢記」以外には仏画曼荼羅などが展示されていました。

フライヤーの裏面

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*発展:明恵は犬が好きで、古家に住み着いた獅子(前述)に犬たちがなついているというありがたい夢を見ている一方、釣り針に犬をひっかけてぶん回す夢も見ています。炎上ものです。

 

 明恵は遺言で「夢記」をすべて焼却処分するように指示していましたが、そんな大事なものを弟子たちは捨てるわけにもいかず、現在に至っています。涅槃にいる明恵からしたらかなりこっぱずかしい状況です。

 世の男性方も不要になったものはさっさと自分で処分しましょう。

 

3 鳥獣戯画

 いわゆる「鳥獣戯画」は甲・乙・丙・丁の四巻からなります。

 有名なウサギとカエルの相撲は甲巻で、乙巻は牛・馬・鷹など実在の動物と麒麟や龍など想像上の動物が描かれます。丙巻は前半が人物戯画で後半が動物戯画、丁巻は甲巻などで描かれた動物の遊びを人間がしている構成です。

ウィキメディア・コモンズ パブリックドメインの写真(写真を撮った人が死後50年を経過)

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 鳥獣戯画は継ぎ接ぎされて今の形になっていること、それぞれの制作年代が違うことはわかっていましたが、2009年から行われた鳥獣戯画の保存修理作業の中で、さらに新しいことがわかってきました。

 甲巻の前半と後半ではウサギのプロポーションが違っているのですが、修理によって前半と後半では紙の材料が違うこと、後半の紙は乙巻と同じであることが明らかになりました。つまり甲巻の後半と乙巻は同じ作画監督作者であると推定できます。

 また丙巻はもともと表裏に書かれていたものが分離されて一枚になっていることもわかりました。

 なお丙巻のカエルは甲巻よりも劇画調の作画、丁巻はアニメの作画崩壊回のようなゆるい作画です。

 さらに江戸時代の「戯画図巻」には、明恵上人に加えて、菅原道真張良・蘇東坡・熊坂長範(平安時代の伝説上の盗賊)と、古今東西のオールスターが描かれています。

 「鳥獣戯画」の写実性とユーモラスで機知に富む批判精神が、時代を超えて人々の想像力を掻き立て、二次創作を生み出したと考えられます。

 そして今日も「鳥獣戯画」は人々に愛され、二次創作のモチーフとなっています。

鳥獣戯画制作キット

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