ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

陸軍中野学校と忍者@三重大学伊賀サテライト

 先日三重大学の市民向け公開講座で、陸軍中野学校と忍者の関係について講演があると聞き、安永航一郎ファンとしては参加するしかないので(笑)、三重大学伊賀サテライト伊賀連携フィールドが入居しているハイトピア伊賀に行きました。

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www.human.mie-u.ac.jp

 

 講師はNPO法人インテリジェンス研究所理事長の山本武利さんです。 

陸軍中野学校: 「秘密工作員」養成機関の実像 (筑摩選書)

陸軍中野学校: 「秘密工作員」養成機関の実像 (筑摩選書)

 

 

講演の内容  

 陸軍中野学校は「諜報謀略の科学化」の目的のために1938年3月に「防諜研究所」として設立されます。1940年には「陸軍中野学校」と改名し、1941年には参謀本部直轄の軍学校となります。

 日本の降伏に際して重要な公文書等は焼却処分されましたが、2012年に発見された1期生の卒業報告書『後方勤務要員養成所乙種長期第1期学生教育報告』(アジア歴史資料センターで閲覧可能)から、その教育内容を垣間見ることができます。

https://www.jacar.go.jp/

 

 1期生のカリキュラムは一般教養や外国語、諜報(情報収集)・謀略(情報操作や宣伝で敵を混乱させる)・防諜(敵が仕掛けてくる諜報、謀略を探知する)などインテリジェンスに関する専門科目、実習(武術など)から構成されています。

 

*発展:パン教、外国語、専門、実習って今の高等教育と同じ枠組みです。なお陸軍中野学校の跡地(JR中央本線中野駅前)は現在再開発が進み、明治大学、平成帝京大学早稲田大学のキャンパスが建っています。

 

 課外の特別講義の中に藤田西湖の忍術に関する講話がありました。

 藤田は甲賀流忍術を受け継いだ忍術家・武術家で、満州に渡り、将校に諜報、変装術、暗殺法(蒋介石暗殺計画もあった!)を教育していたそうです。 

最後の忍者どろんろん (新風舎文庫)

最後の忍者どろんろん (新風舎文庫)

 

 

 藤田の忍術講座は特別講座扱いであり、本人の回想によると中野学校では「精神教育、術科および体術、護身術」を担当していました。諜報部員向けの護身術は一撃必殺の合気道が好まれ、その指導をしていました。

 変装術や開錠術など諜報活動の実習が行われていて、学校が忍術用具一式を注文したり、変装用に甲賀隠密用携行具を買ったりと、忍術を参考にしようとしている様子がうかがえます。

 しかし戦局が悪化するとカリキュラムでは諜報よりも破壊や殺傷の講義が増えます。近代戦、総力戦の中では忍法はあまり役に立たないということでしょうか。

 それでも忍術の持つ忍耐や精神は諜報部員のエートスとして生き残っていた、と中野学校の校史には記されています。

 

感想

 今回の講演でふたつのことを考えました。

 ひとつは「忍術」と「近代的なインテリジェンス」の関係です。

 私たちが外来のものを受容するとき、自分たちの持つ従来の文化と比較し関連づけながら受容していきます。

 陸軍は近代的なインテリジェンス機関を立ち上げる際に忍術の専門家の知恵を借りようとします。藤田は「昔からの伝統の甲賀流忍術は、ここに新時代の創意と工夫が加味され、堂々と国家のお役に立つこととなったのである」と記しています。

 しかし近代戦や総力戦はヨーロッパの産物、忍術には限界がありました。

 

 もうひとつは「表象」の観点からの忍者と中野学校の共通性です。

 忍者も中野学校も人知れず自らの任務をこなす、それを実行するために特殊な訓練を受けています。

 戦後日本のメディア(文学、マンガ、映画)は謎の多い忍者を「和風の超人ヒーロー」として繰り返し描きます。

 第二次世界大戦で日本はアメリカの圧倒的な物量の前に屈します。「近代コンプレックス」の裏返しとして「日本には独特の精神文化と匠の技がある」というナショナリズムが形成されます。

 まさに忍者はその代表です。

 私が強く記憶しているのは『忍者部隊月光』(1964年放映開始)で、月光が「拳銃は最後の武器だ」と隊員を諫める場面です。

 近代兵器を最終手段として持ちつつも日本の技を優先する、戦後日本のナショナリズムの有り様が見て取れます。

 同じように謎の多い中野学校にも似たイメージが投影されます。

 『陸軍中野学校』(1966年)は秀逸なスパイ映画ですが、「戸籍を抹消する」など事実と異なる脚色が見られます。安永航一郎のドタバタコメディ『陸軍中野予備校』(1985年連載開始)になると、登場人物は完全に特殊能力者です。

 これはこれで面白いので否定する気はありません。忍者や中野学校を考察する際は、リアルな部分と表象としての部分とをごっちゃにしないようにしたいです。

 

    運営の三重大学の山田先生をはじめスタッフの方々、ありがとうございました。

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