2017年の世界史の問題を解答しながら、何が試されているのか、どのような準備をするかについて考えます。第2回は京都大学です。
2016年はこちら
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
問題の入手方法、解答例作成の方針についてはこちら
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
Ⅰ
課題 匈奴について、中国との関係を中心にしつつ前3世紀から後4世紀初頭に至るまでの歴史 300字以内
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中国王朝 |
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前3C |
秦 |
長城を修築 蒙恬の遠征 |
前3C末 |
冒頓単于 高祖を破る |
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前2C半 |
武帝の討伐 |
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前1C半 |
匈奴が東西に分裂 |
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後1 |
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後3 |
八王の乱で五胡が侵入 |
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後4 |
解答例
匈奴は陰山山脈を拠点として活動していたが、前3世紀に秦の始皇帝は蒙恬を送って匈奴を攻撃し、趙と燕が作った長城を修築した。前3世紀末に冒頓単于が匈奴を率いて前漢の高祖を破り、和平を結んで毎年銀や絹を受けた。前2世紀半ばに武帝は衛青らを派遣して匈奴を討伐し貿易の利益を奪ったので匈奴は衰退し、前1世紀半ばに東西に分裂した。後1世紀に東匈奴が南北に分裂し、南匈奴は内地に移住した。後漢の時代になると匈奴は傭兵として用いられるようになり、3世紀末の西晋の内紛である八王の乱でも傭兵として活躍した。これ以後匈奴は五胡のひとつとして内地にたびたび侵入し、4世紀はじめに首都洛陽を占領して西晋を滅ぼした。295字
解説
教科書ではばらばらに載っている匈奴について中国との関係を軸に再構成する。京都大学の定番「トピック抽出タテ整理」問題。
難しいのは武帝の後。前1世紀東西に分裂→後1世紀東匈奴が南北に分裂、うち南匈奴が内地に移住、というところが受験生には書きづらいところ。
蒙恬は始皇帝の命で匈奴の制圧に乗り出し、オルドス地方(黄河が大きく湾曲している内側の砂漠地帯)に進出した。「蒙恬」はできれば書きたい(ⅡⅣレベル)。「オルドス」が書けるのはよっぽどの世界史マニアなので高校生は書かなくて良い。
*発展 名古屋大学の2014年の問題Ⅱをやってあった人はリード文と問題の内容を書けばほぼ2/3をカバーできる。ただしこれは「悪問」として有名で、『絶対に解けない受験世界史』にも収録されている。
その原因は問4「北方ユーラシア騎馬民族と漢との関係中国と匈奴の関係の変化、紀元前2-1世紀の範囲で」。この文言だと紀元前1世紀なのか紀元後1世紀なのかはっきりせず、前か後かで解答が全く変化する! 京都大学はちゃんと「後4世紀」と書いてある。
Ⅱ
難易度凡例
◎マスト ○書かないと差をつけられる △書くと差がつけられる
▲書けるとでかいが無理しない ×たぶん無理
出題パターン凡例
ま:紛らわしい や:ややこしい こ:細かい知識 り:理解・推理 ぜ:有名ものの前後・左右 ゆ:由来・フルネーム て:抵抗
aり○班固 bま△総理各国事務衙門 c◎義和団事件
1り○禁書や文字の獄によって反清的と見なされた書物が取り締まられたから。
5り○パリ講和会議で中国が主張した二十一か条要求の撤回が受け入れられなかったことに反発して北京で五・四運動が発生したから。
10り▲宣教師が儒教や科挙など中国の文化をヨーロッパに伝え、特に啓蒙思想家に影響を与えたから。
11×三藩の乱
dぜ▲カルゲドン eぜ△ウマル f◎アイユーブ
gぜ▲バイバルス hこ△ティマール
12(ア)◎エフェソス (イ)り○ササン朝 13こ×アルメニア(共和国)
14こ○ミスル 15り○サーマーン朝 16こ▲12イマーム派
17り△モンケ=ハン 18×サヌーシー教団
19(ア)◎ワッハーブ王国 (イ)ま○アブドゥルメジト1世
新三年生に向けてアドバイス
b 2 漢字を正確に書く練習をする。
10 教科書に書いてあるが普通読み飛ばすところ。ヴォルテールは「アダムとイブが生まれる前に中国に王朝があった」ことにショックを受けて、「これからは中国研究だ!」と言っている。
11 ドボン問題。三藩の乱か台湾の制圧か2択。
d g 16 難関私立大学の「削り」問題。
18はドボン、京大の先生で研究している方がいる模様。私も『世界史の窓』をチラ見(笑)。
19(イ) タンジマートはメジト ミドハトはハミト 有名な語呂判別もの。タンジール事件とアガディール事件、李鴻章(淮軍)と曾国藩(湘軍)、望厦条約(アメリカ)と黄埔条約(フランス)、ギリシア悲劇詩人、ヘレニズム科学者、WW1の講和条約などが難関私立大学の「紛らわしいもの」の定番。
有名どころの前後物や細かい知識がいつになく多い。去年が簡単すぎた反省?
Ⅲ
課題 1980年代のソ連、東欧諸国、中国、ベトナムにおける当時の経済体制および政治体制の動向 300字
条件 それらの国、地域の類似点と相違点に着目
ヒント 大きな変革を迫られた
経済 |
政治 |
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ソ連 前 |
経済の停滞 計画経済が非効率 |
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後 |
市場経済への移行 |
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東欧 前 |
経済の停滞 計画経済が非効率 |
共産党独裁の弊害 |
後 |
市場経済への移行 |
東欧革命で共産党政権が崩壊 |
中国 前 |
共産党独裁 |
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後 |
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ベトナム 前 |
難民問題 ボートピープル |
共産党独裁 |
後 |
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解答例
ソ連では計画経済の非効率から経済が停滞し、共産党の腐敗やアフガニスタンへの侵攻で政治も停滞した。85年からのペレストロイカで複数政党制、大統領制、市場経済が導入された。東欧諸国も経済が停滞し民主化もソ連に抑えられていたが、ソ連が東欧への指導権を放棄すると市民のデモで社会主義政権が倒れて市場経済に移行した。中国では改革・開放政策によって社会主義的市場経済や外資の導入で経済が発展するが、共産党独裁は維持されたため89年に民主化運動が起こるが天安門事件で弾圧された。ベトナムでは統一後政治や経済の混乱から難民が相次いだが、86年からドイモイと呼ばれる共産党独裁の下での市場経済への移行や外資導入が始まった。299字
解説
京大の特徴は「バーター出題」(Ⅰが中国古代ならⅢはヨーロッパ近現代)だが、出題パターンも「タテ整理」と「ヨコ整理」がバーターになっている。こちらはヨコ比較だが「ビフォーアフター」の比較も書く。
天安門事件がゴルバチョフ訪中を契機に起きたのを含めて、すべての項目がペレストロイカとつながっている。ただしソ連と東欧では共産党の一党独裁が崩れ、中華人民共和国とベトナムは一党独裁の上で市場経済が導入されたことを比較する。
「冷戦の崩壊」の単元で先生は必ず「なぜソ連が衰退したか」について話している(はず)。理解できていれば取り組みやすい問題だが現役生には厳しい。政治経済の授業を活用するしかない。
一問一答は自習で知識を蓄積できるが、こうした論理については授業や演習が頼りになる。先生の話は聞くこと(笑)。
解答例は「ゴルバチョフ」「鄧小平」「ワレサ」など人名を削って具体例を入れた。
*発展 2016年の東大の第1問にしろ、このところアラフィフの私にとって与しやすい問題がよく出題されるのは、出題者もそれぐらいの年齢だから?
Ⅳ
a◎ケルト b◎フン c◎フランク
問1 こ○線文字B 問2 ◎イオニア人 問3 ◎エトルリア人 問4 ◎民会
問5 ◎テオドシウス帝 問6 ぜ△テオドリック大王
問7 ◎アタナシウス派に部下と共に改宗した。
問8 ○全国を州に分け、現地の有力者を伯に任命し、巡察使に監視させた。
d ×ケーニヒスベルク e り△オスマン帝国 fゆ▲クリム=ハン国
問11 り▲十字軍時代の巡礼者の警護
問12 △宗教的にはスウェーデンはプロテスタント、フランスはカトリックだが政治的には神聖ローマ皇帝を共通の敵としていて、三十年戦争が主権国家間の戦争であることを表しているから。
問13 ◎カント 問14(ア) ◎七年戦争 (イ)◎グロティウス
問15 ◎エカチェリーナ2世がイギリスを孤立させ、北米13植民地の独立戦争を間接的に支援するために提唱した。
新三年生に向けてアドバイス
問1 文字の歴史は難関私大の定番なので一通り復習する。
問6 アラリックとガイセリックは教科書には載っていないがテオドリックは載っている。オドアケルのついでに覚える。
d ケーニヒスクローネは神戸の洋菓子メーカー。関西人だと地図で地名を見たとき頭に残る(笑)。こういう「県民スペシャル」は仕込んで損はない。私の県にもあるが企業秘密。
*追記 合格した生徒の自己採点メモを見たのですが、最初は「?」をつけていたのに問13「カント」を解答した後に思い出したそうです(カントはケーニヒスベルクの出身)。他教科(とはいってもテストに出るわけでない)の情報が目に入った時に記憶され(いわゆる「捨て目」)、ヒントから推理できるかがふるい落としポイントです。かなり難しいです。「学校の授業をギラギラしながら臨め」ということでしょう。
e f クチュク=カイナルジ条約を知っていれば判断できる。難関私大レベル。
h 関東の難関私立大学でフィンランドの歴史が「削り」問題で時々出題されるが、この出題は最後の空欄で判断できる。WW2勃発後のフィンランド侵攻でソ連が国際連盟を除名されたのは有名。
問12 宗教だけだと部分点かも。三十年戦争が主権国家間の戦争であることを書きたいが、高校生が理念的なことをスラスラいうのは難しい。
Ⅱと同じく単文論述問題が出たが、教科書レベルの問題。新三年生は北海道大学の問題で練習する。難関私立大学の入試問題も暇つぶしにする。