ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

2020年度 「大学進学希望者学力評価テスト」(仮)について考える

 私は世界史を主に教えていますが、最近周りが騒がしくなってきました。

 原因のひとつは、2022年度から実施される新学習指導要領で「歴史総合」「地理総合」「公共」が新設されることです。もうひとつは2020年度から実施される「大学進学希望者学力評価テスト」(仮)です。

 今回は2月に発表された世界史サンプル問題をもとに、新しいテストがどのようなことを求めているのかについて考えたいと思います。

 

 

1 新学習指導要領と新テストの経緯

 

 事の起こりは2006年度の「世界史Aの未履修問題」です。進学校(特に理系進学熱(笑)が高まっている学校)で、受験に不要だけど必履修科目という「厄介者」の「世界史A」がディスられていた(笑)ことが明るみに出ました。

    某党からは「日本国民は日本史必修だ!」のような声もあがりましたが(中学校の「歴史分野」は日本史)文部科学省の新方針は「日本史と世界史を融合させ、近現代史を中心にアクティブラーニングの方法で学ばせる」に落ち着きました。

    これは日本学術会議が提言した「歴史基礎」に近いものです。

 

提言はこれ

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t193-4.pdf#search='%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%9F%BA%E7%A4%8E+%E6%8F%90%E8%A8%80'

 

こちらも参考になります 比較ジェンダー史学会

http://ch-gender.jp/wp/?page_id=11249

 

 とはいえ中身はまだ検討中(2016年度の秋には答申が出る予定)、入試での扱いも定かではありません。現場の教員としては、内容はまだしもアクティブラーニングを使って何を、どこまで、どの程度教えるか不透明です(研究開発校に指定されている学校があります)。

    また地理教員が不足している(理系進学熱が高まっている進学校で地理は理系専用の「センター点取り科目」と扱われ、その結果地理学への進学者が激減)現状から、「地理総合」(防災教育も含まれます!)もグダグダになり、共倒れの危険もあります。

 

    センター試験に代わる「新テスト」も概要が明らかになってきました。一、二年生向けの「高等学校基礎学力テスト」(仮)は、複数回実施やAO入試への利用などの方針は後退、科目も国数英で落ち着きそうなムードです。

    「大学進学希望者学力評価テスト」(仮)は、国語と英語で論述式を導入、CBT(一斉・同問題受験ではなく、膨大な問題群の中からパソコンを使って解答する。SPI-3のイメージ?)の導入がうたわれています(「基礎学力テスト」は完全CBTで実施予定です)。

 

「高大接続システム改革会議」の最終報告はこちら

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/033/toushin/__icsFiles/afieldfile/2016/03/31/1369233_01_2_1.pdf

 

河合塾の記事

2020年度以降の大学入試|Kei-Net

 

 

2 「大学進学希望者学力評価テスト」の世界史サンプル問題

 

 「高大接続システム改革会議」の最終報告書によると、生徒につけたい三つの学力は1「知識・技能」、2「思考力・判断力・表現力」、3「学びに向かう力(主体性)」です。1は「高等学校基礎学力テスト」、2は「大学進学希望者学力評価テスト」、3は国公立大学の二次試験で試す模様です。

    すでに今年の国公立大学の二次試験で、京大の「『積ん読』の説明とその評価を自由英作させる問題」のような、2や3を試す問題が各大学で出題されています。

 

 同会議の第11回配付資料にたたき台となる「サンプル問題」が物理と世界史で示されています。物理の問題は実験のデータを読み取ったり、実験内容を数値で表現したり、仮説をたてたりしています。高校生の「科学オリンピック」みたいなテイストです。

 「歴史総合」はまだ未確定なので、現行の「世界史B」をベースとした問題がサンプルです。問題の狙いは、現行の「学習指導要領」の内容にもとづき、1資料から情報を取り出して、2その時代の人々が経験したことから現代的な課題を見いだして、3その原因・影響・解決策について仮説を立てて、4考えを表現する、だそうです。

 

 実際に問題を検討します。資料はアンガス・マディソン『経済統計で見る世界経済2000年史』の数字をグラフ化したものです。これは大阪大学の2013年度(2014年度にも「かぶせ」問題あり)の世界史の問題と同じで、設問にも類似しています。「高大接続システム改革会議」には大学側からも参加していますから、阪大関係者が一枚噛んでいるのでしょうか。

 

サンプル問題はこれ 高大接続システム改革会議(第11回) 配付資料3-2

世界史は24ページから 問題は29ページから 

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/033/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2016/02/17/1367231_04_2.pdf

 

大阪大学の入試問題はこちら 会員登録必要(無料)

www.toshin-kakomon.com

 

 

 問1は、A地域のグラフを見て、それが日本・中国・西欧のどれかを判断し、①から⑥の単文を見て、A地域のことを述べている正しい文章を全て選びます。

 センター試験の場合は、「17世紀の中国について当てはまるものをひとつ選べ」と問われて、「17世紀の内容だけど事項に誤りがある」、「説明は正しいが時代あるいは場所が違う」を除いていき、妥当なものをひとつ選びます。

 サンプル問題は、まずグラフを見て、17世紀の落ち込みと19世紀にB地域に抜かれるところからA地域が中国であることを判断し(阪大の2014年度の問題に「なぜAが中国なんですか」と質問をするシーンがあります)、時代、場所、説明内容、事項が一致する選択肢を探します。グラフの年代から推理する問題は過去にセンター試験で出題されていますし、「いつ、どこ、何」判別もセンター試験の定番で、複数の正解を選ぶこと以外はセンター試験と一緒です。

 

 選択肢①は16世紀、アメリカ大陸進出、貿易・商業の活発化から西欧、②は「シベリアの銀」がおかしいので間違い選択肢、③は17世紀、農民反乱、東北の異民族王朝で中国(ちなみに難関私立では「東方から来た女真族」のように方向が違うから×、という地図レス地図問題がある。受験生は東南西北に注意)。

 問題は④。真面目な生徒は「17世紀の宗教対立や王位継承問題も絡んで」を見て「それってユグノー戦争のことで16世紀では?」と思って誤文と判断しそうですが、問2の解答を見ると④は正文の扱いです。ジェームズ2世のカトリックカミングアウトに絡む王位継承排除法の話を指していると思います。授業ではやるところです。ただざっくりと「17世紀、西ヨーロッパ」の様子なら宗教対立だけでいいと思います。

 ⑤は18世紀中国のことで2013年度の阪大の入試問題そのまま、2014年の東大でも出題されている国立二次試験の定番問題。⑥は「租税の銀納化」は明代から始まっているので間違い選択肢だが「租税の銀納化が始まり」と明示した方がいい。⑦は日本18世紀、⑧は西欧というかイギリスの話題で、他が「地域」全体の変動なのにこれはピンポイント。また「農業革命が直ちに工場労働者増加につながったとは言えない」という研究もある。阪大史学も産業革命をゆっくりとした変動ととらえているのだから、「一因となった」ぐらいの表現にした方がいいと思います。

 

 問2は残りの選択肢のうち、A地域以外について正しく説明したものをひとつ選んで、その内容に関係深い事件・物を語群xから、制度・組織を語群yから選びます。

 ①は「メキシコ銀」と「東インド貿易」(阪大の2016年の問題)、④は三十年戦争魔女裁判(やっぱり「王位継承問題」が引っかかる)、⑦は生糸(阪大過去問で「出合い貿易」が出題)と鎖国体制、⑧は第二次囲い込みと産業革命を選びます。用語を見て「○○世紀のどこの何」が言えるかどうかなので、こちらも現行のセンターレベルです。

 

 問3と問4は、グラフの旧ソ連の部分に関する生徒4人の会話(今年のセンター試験リスニングに似た出題がありました)を見て、生徒の仮説の論拠にならないものを選ぶという問題です。とはいえ問3は「18世紀のこと」でないものを選ぶ単純な年号問題(「ベーリングはピョートルの晩年」は難関私大レベル)、問4は「農産物輸出」の増加と関係しないと考えられる資料をあげる「日本語力」の問題です(もちろん社会科学的な論理力は必要です)。

 

 

3 まとめ

 

 サンプル問題をみた感想です。

    「新テストの狙い」である「1資料から情報を取り出して」は主に「年号」、つまり17世紀の中国の落ち込み、19世紀の西欧の急上昇から、明清交代と産業革命がイメージできるかです(個人的には「17世紀の危機」という割に西欧のGDPの落ち込みがないところに「モヤモヤ」を感じてほしいです。阪大の2014年のリード文を参照)。年号以外の情報を取り出す問題は作問が困難かもしれません。

 2「その時代の人々が経験したことから現代的な課題を見いだす」は、一見聞かれているようには見えませんが、⑤の「辺境部の開発」(山を切り開いてトウモロコシを栽培した。人口増加を支えたが環境破壊の一因に)は、京大の過去問「西欧の大航海時代が新旧両大陸にどのような影響を与えたか」のような「大航海時代を現在のグローバル化の視点で問い直す」ことを求めています。元ネタが国立二次試験だからでしょう。

 

 以上から、サンプル問題は事項の「いつ・どこ・何」がちゃんと頭に入っていて、どの方向から聞かれても取り出せ、かつ地域ごと・○○世紀ごとにざっくりと様子が把握できているかを求めてる点で従来のセンター試験と同じ、年号偏重主義(笑)も同じです。細かい知識より「ざっくり感」が増えて複数正解があるので、センター試験よりは頭を働かせる必要はあります。

 3「仮説を立てる」、4「考えを表現する」は、この問題を見る限り、従来から公民で出題されている「日本語読解力」の問題に近いです。どの先生も授業で社会科学的な因果関係で歴史を解説しているはずですから、生徒がそれを実践できるような試験や授業の方法を考えれば対応できそうです。

 

 新しい部分もあります。東京大学大阪大学の入試では早くから「グローバル化という問題意識から歴史をリライトする」という視点が明示されいて、サンプル問題はその点を従来の問題よりうまく表現しています。

    中教審の方針では「歴史総合」は「グローバル化」、「近代化」、「大衆化」が三本柱になりそうですし、大学は新しい観点を前倒しで入試に投げ込んできますから、現場の教員もしっかり勉強して同じ教材でも違う視点から切り込む準備をしなければと思います。

 

 しかし生徒の興味は「入試に必要かどうか」、進学校(理系進学熱以下略)の興味は「どれだけ国公立大学の数が稼げるか」ですから、アクティブラーニング中心の「歴史総合」がディスられずに済むかどうかは入試での扱い次第という嫌な予感もします。歴史は繰り返すのでしょうか(笑)。