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ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

フィールドワーク 横光利一と『雪解』について考える

 先日、知り合いが出演すると聞いたので「『雪解』のつどい」という横光利一を顕彰する会に参加しました。

 

 横光利一(1898~1947)は菊池寛に師事し、川端康成と共に新感覚派として大正から昭和にかけて活躍しました。

 数々の比喩を用いて卑弥呼を描く『日輪』、蠅の目線から馬車の悲劇を映像的に描く『蝿』、段落と句読点を極端に排した実験的な文体で人間の裏側を描く『機械』など、多彩な表現を駆使して人間心理に迫るのが特徴です。

 

 横光利一は母親の実家が三重県の柘植(現伊賀市)で、大津の尋常小学校を卒業した後旧制三重第三中学に通います。

 『雪解』は、旧制中学に通う学生(卓二)と下宿近くに住む小学生の少女(栄子)との淡い恋を描いた自伝的小説です。城下町の風景や旧制中学の行事の描写がほぼ横光の学生時代の様子であり、少女のモデルも名前が判明しています(ロリとかいっちゃ駄目です)。

 

 そのような事情から、その旧制中学および後身の新制高校のOBにとって『雪解』はご当地作品であり、自らの学生生活と重なる部分があるので、毎年様々な講師を招いて『雪解』を中心に横光利一とその作品を顕彰しています。

 今年は横光利一が旧制三中を卒業して100年なので、当時の『校友会報』(一年間の行事の記録と自由投稿からなる冊子、高校の生徒会誌のようなもの)を紐解いて、彼の学生時代をのぞいてみようという企画でした。

 

こんな感じ

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『校友会報』を読むと、横光利一はマルチな活動をしていることがわかります。体育大会では200メートル、400メートル、二人三脚で一位をとり、部活では撃剣部(たぶん銃剣)や柔道部の大会で記録を残しています。柔道が本業のようで、1級まで昇段しています。他にもサッカー部ではフォワード、野球部ではピッチャー、遠泳大会で完泳したという記録が残っていて、なかなかのスポーツ少年です。

 ただ長距離走は苦手だったようで、50位までの記録に名前が残っていません。中学の行事で敢国神社(現伊賀市一之宮)、菖蒲池(現伊賀市)、月ヶ瀬(現奈良市月ヶ瀬)へ遠足があり、『校友会報』には「往路は競争」となっています。

 『雪解』にこの描写があります。卓二が神社までマラソン大会している途中、同じ場所へ遠足している小学生の列を見つけ、栄子を探しますが、栄子の友だちが卓二に気づいて栄子をからかいます(今で言う「ヒューヒュー」)。横光の他の作品に比べて『雪解』はあっさりした文体ですが、このシーンだけは情景描写と感情が入り交じり「新感覚派」風です。

 

 一方で横光利一は「学芸競技部」で博物や数学で記録を残し、弁論部にも参加しています。また五年生の時に『校友会報』に二つ文章を投稿していて、ひとつは散文詩の『夜の翅(つばさ)』、もうひとつは大阪、神戸、四国方面への修学旅行の様子を記した紀行文です。

 『校友会報』には当時の学生が詩や散文を投稿していて、どれも文才を感じるものですが、中でも異彩を放つのが横光の同級生である岡村浩が第二学年の時に投稿した散文詩です。少し引用します。

 

淋しいポプラ

淋しい凋落の日――。

けふきのふ、俄かに少し下りた様な灰色懸かった青空に、ポプラの枝が高く突き出て、その先に五つばかりの葉が、淋しげにヒイラヒイラ動いてゐる。

やがて冷たい空気の底に眠るのだらう。

(中略)

まもなく秋も更け、黄い黄い綺麗な葉が細い枝葉を離れて、弱々しくガサともバサとも音立てず、物静かに一片二片と散り始めた。

その一片二片に、運動場の淋しい秋が衰へて行く。

 

 ボードレール、ワイルドなど耽美主義、象徴主義は明治の文壇に影響を与えていますが、当時の旧制中学生もこれらを読み込んでいたと思われます。横光利一の『日輪』は、自然の情景を比喩にして人間の微妙な感情を表現していますが、岡村浩の文章も同じ枠組みで、しかも二年生でここまで書いているのは驚きです。彼は三年で退学し、その後の消息は追跡できなかったそうです。

 

 後半は、旧制第三中学の流れをくむ県立高校の生徒が『雪解』を読んだ感想を発表しました。学生服姿の男子生徒は見るからに「文武両道」なナイスガイで、主人公の卓二が栄子に好きと言えないシャイな様子に共感できると言っていました。

 

 ところが隣の女子生徒は「卓二が栄子を好きになったきっかけは、友だちが『あの女の子は君に気があるようだ』と言われたからだし、友だちが気を利かして二人きりの部屋を真っ暗にしたのに、卓二は手も握らないどころか『向こうから手を握ってくれればいいのに』と思ったりとか、本当に受け身で草食系男子どころかダメ男ちゃんだ」と肉食系女子の視点からばっさり切って捨てたので、会場は大爆笑。

 また「栄子がしょっちゅうやってきたと思ったらぷっつりとこなくなって、卓二がやきもきしてその辺を探すところは、女子の『じらし』テクニック」との発言には年配のご婦人もうんうんとうなずいていました。

 テキストは作者から離れた瞬間から読者が自分の視点で読んでよい、「この時代の背景は…」に必要以上に縛られることはない、という説があります。この女子生徒を参加させたのはある意味正解かもしれません。

 

 もう一人の私立高校の生徒は、『ナポレオンと田虫』(1926年)は英雄ナポレオンが領土を拡張すればするほど田虫が広がり毎晩そのかゆみに苛まれる、日本の中国進出への当てこすりではないかと読んでいて、面白い観点だと思います。

 

 全入時代の高校とエリートだけが進学できる旧制中学を比べてはいけないと思いますし、旧制中学の教養主義を絶対視してはいけないと思いますが、高校時代に部活が生活の大半で活字を読むのは学校のドリル宿題だけ、はやめさせないといけません。

 『源氏物語』と太平洋戦争で戦死した日本兵(いわば横光の後輩)が遺した日記に触発されて日本研究に没頭したドナルド・キーンは、「日本の文学は枯れない泉だ」と言っています。文武両道を実践してもらうのは私たち教員の仕事と思います。

 

 もっとも横光利一は『校友会報』によると卒業時の席次は55人中42番、100年前の部活大好き高校生みたいで、親近感が湧きましたが。