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ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

「受験は団体戦」について考えるその1

 「文武両道」「受験は団体戦」「現役生は冬から伸びる」「最後まであきらめるな」は受験生に向かってよく使われる言葉です。

 私はこの言葉があまり好きではありません。言葉そのものではなく、この言葉が単なる生徒への励ましや根拠のない応援として使われているのが気に入りません。私にとってはどういう状態を「文武両道」「受験は団体戦」と呼ぶのか、また「冬から伸びる」「最後まであきらめない」ためにはどのような条件が必要なのか、そしてそのためには具体的に何をするのか、の方が重要だからです。

 そこで今回は「受験は団体戦」の意味を問い直してみたいと思います。

 

 私は「受験は団体戦」を「松・竹・梅」に分類しています。

 

 まず「梅」です。大学進学がメインの「進学校」であっても、国公立を目指して三月まで勉強をする生徒もいれば、九月に専門学校や大学のAO入試に合格して進路が決定する生徒もいるなど、進学先は様々です。

 さて九月に進学先が決まった生徒にとって、心がけ一つで二学期は「消化ゲーム」になってしまうことがあります。そうした生徒がたくさんいて、かれらが目標を持たず二学期をだらだらと過ごしていると、三学期まで頑張ろうと思っている生徒も「私も早く楽になりたい」と思い、安易に進路先を決めてしまうことがあります。「進学校」は国公立大何人合格という数字を気にしますから(笑)、このようなムードが学校中に漂うのは具合が悪い。

 私も担任をしている時に「受験が終わっても他の人はまだ頑張っているのだから、早く決まった人もそれぞれ目標を持ちましょう」と言って、進路が決定した生徒に資格試験を勧めたり、応援グッズを作らせた思い出があります。このように「クラスや学校の進学に向かう雰囲気を壊さず、それぞれが自分の目標に向かって努力する」ことを「受験は団体戦の梅」と定義します。

 

 「竹」は「梅」よりも積極的な意味合いです。たぶん生徒たちが考えるのはこれです。私が勤務する学校の生徒は自習室が好きで(学校、塾、果ては自習ができる公共のスペース)毎日どこも賑わっています。クラスや部活の仲間が自習室その他で頑張っているのを見ると、「私も頑張らなければ」と思います。最近は「アクティブラーニング」がトレンドで、机をつけて教えあう光景も見られます。

 学校の先生や塾のチューターは基本的に親切な人ばかりで、どんなときでも親身に質問に答えてくれます。毎日欠かさずお弁当を作ってくれ保護者もいます。みんなが頑張り、周囲が応援してくれるから私も頑張ることができる。私はこれを「受験は団体戦の竹」と定義します。

 私は特に後半の「様々な人の支えがあって私は勉強ができている」という謙虚な心と感謝の気持ちは忘れてはいけないと思います。ところが、私が進路指導主事をしていたとき、卒業生のアンケートの中で「受験は団体戦なんて、そんなのないわ」というのを見つけました。そこで「受験は個人戦」という観点から「受験は団体戦の竹」を批判的に考察したいと思います。(続く)