ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

「歴史総合」「地理総合」に向けての研究を参観する

 新学習指導要領で「歴史総合」、「地理総合」が導入されます。その概要も徐々に明らかになってきました。

 

教育課程部会 社会・地理歴史・公民ワーキンググループ(第14回) 配付資料:文部科学省

 

 資料8-1によると「歴史総合」は「近代化」(産業革命帝国主義)、「大衆化」(二つの世界大戦)「グローバル化(冷戦~21世紀)という3つの柱で、地域と時系列の二面から比較し因果関係を考えるのが狙いです。今まで世界史Bの「付録」扱いの主題学習が「メインディッシュ」になったといえます。

 しかし「近代化」や「帝国主義」について高校1年生が理解する、しかもアクティブラーニングの方法を用いてというのは、なかなかハードルが高そうです。

 現在いくつかの学校がこれら科目の研究開発を行っています。

 そこで11月に文部科学省研究開発学校として「地理基礎」「歴史基礎」の研究を行っている神戸大学附属中等教育学校(神戸市東灘区)の研究発表会に参加しました。

www.edu.kobe-u.ac.jp

 

 

*7月31日の別の研究会で副校長の勝山先生に「研究開発の様子をブログに載せていいですか」と伺ったところ許可を頂きましたので、その様子を伝えます(写真はプライバシーに配慮しました)。

 

 この日は参観者が多く、研究授業は体育館のアリーナで行われました。

 

 最初は4年生=高校1年生の「地理基礎」を参観しました。「持続可能な世界の構築」の「現地化の視点とグローバル化」という学習内容でした。

 生徒はここまで南インドとサブサハラの自然環境等について学んでいて、この日の前半は「現地で使える商品を開発」を生徒が考え、ポスターにしたものを参観者にプレゼンしました。

 

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 南アジアやサブサハラは未舗装でぬかるんだ道が多く、車が通行しづらい(車を押すことを仕事にしている人もいるそうです)ので、タイヤの中に液体窒素を充填してぬかるみを瞬時に凍らせて走る工夫とか、ソーラー発電を利用した携帯電話や電動四輪車など、なかなか斬新なアイデアが紹介されました。

 その後、生徒は参観者の指摘を受けて「自分たちのプランに何が足りないのか」をグループで議論しました。

    確かに上述の工夫などは購入のコストやメンテナンスが現地の人には負担です。「現地化」とは現地の人のニーズなど現地の目線で考えなければいけない、というまとめでした。

 

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 授業の狙いは、「現地化」の意味を知識として得るというより「気づく」に重きが置かれていたように思います。担当の先生も「生徒にはしんどかった」といっていました。

    確かに生徒からすれば、色々知恵を絞って立派なポスターを作った上で、「君たちの発想には問題がある!」と「ちゃぶ台返し」される訳です(常に前提を疑う文学部出身の私にはすっと入ってきますが)。

 とはいえ議論の様子を聞いていると、生徒からは「もっと知りたい、考えたい」という素直な姿勢がひしひしと伝わってきて、試練に耐えるスポ根アニメ(笑)の主人公のような「柔軟な強さ」を感じました。

 

 次に4年生の「歴史基礎」を参観しました。「アジアの近代化と帝国主義」という単元で、ここまで学習してきたことのまとめとして、19世紀末から20世紀初頭の東アジアの近代化と帝国主義について、小学生向けの教科書を作るという活動でした。

 生徒たちはこれまでのワークシートや宿題の「イメージ図」(イラスト、地図、コラム)を元に何を、どうまとめるか、議論しながら模造紙に文章を書いていきました。

 

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 しかし学習してきた内容をさらに平易な言葉に置き換えるのは(しかも時間と字数の制限あり)大人でも難しい作業です。私が見た班は真面目な生徒たちで、勉強したことをなるべく詰め込もうとして苦労していました。

 とはいえ冊封朝貢体制、日本、清朝、朝鮮王朝の「近代化」の明と暗など、教科書を読んで先生の話を聞いただけでは容易に理解できない内容を大まかに把握していて、それを前提に班員で議論しているので感心しました。 

 

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*後の研究協議で「帝国主義という概念に対する批判的考察は?」という高度な質問が飛んでいましたが、もう少し学習が進めば帝国主義を「独占資本の世界進出」以外のアプローチ(例えばナショナリズムと国民統合)で捉える必要が出てくるので、きっとこの生徒たちなら気がつくと思います。

 

 研究協議の時に勝山先生が、この研究開発の核となる「21世紀型能力」と「歴史的思考力」のあり方について説明されていました。

 現状の歴史教育は「コンテンツ重視」から脱却できない、「コンピテンシー」つまりどういう能力や学力を伸ばすのか、を議論する必要があると指摘されていました。

 しかし「21世紀型能力」という汎用的能力(基礎力、思考力、実践力)に歴史教育が従属するのではなく、生徒が「歴史的な見方・考え方」「歴史的思考力」を身につけることが汎用性能力の育成につながる、と勝山先生は力説されていました。

 

 世界史は必ずヨコ(地域)タテ(時系列)の比較と因果関係で物事を解釈します。そして「解釈」するときには必ず「私の立ち位置」、今私はどこにいて、どのような問題に直面しているのかなど自分の問題に引きつけて「問い」を立てます。

 たとえば最近の「主権者教育」がうたう「公平・中立」は、「Aさんは…」「Bさんは…」と意見を羅列するだけになりがちです。

   そうではなくて各意見を時間軸の中に位置づけたり、似た事例と比較することを通じて、主張の根拠や背後にある意図を明らかにし、批判的に考察することが主権者に必要です。そのために歴史的思考力は欠かせません。

 

 また勝山先生はアクティブラーニングが「体を動かすこと」=隣の人と話したり、みんなの前で発表すること、ではなく「脳を活性化すること」と断言していました。 

 今回の研究発表を参観して、近現代の日本史でなじみのある範囲を突破口に「近代化」や「グローバル化」について問いを立てて考えるというのは、神戸大学附属中等教育学校ほどではないにしろ多少は脳を活性化する授業ができるかも、と思うことができた一日でした。

 

 授業および準備にあたられた先生方、大勢のギャラリーの中で物怖じせず議論を戦わせていた生徒のみなさん、どうもありがとうございました。

世界史の入試問題について考える(3 一橋大学2017)

2017年入試の世界史の問題について考えます。第3回は一橋大学です。

 

過去の出題についてはこちら

 

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

解答例作成の方針と問題の入試方法はこちら

 

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

一橋大学 2017年


課題 引用文が述べる現象(貨幣の量が増えると物価が上がる)が、スペインの盛衰と16~17世紀のヨーロッパ経済について与えた影響について 400字

 

マトリックス

 

スペイン

ヨーロッパ経済

16世紀

ポトシ銀山の開発 銀の流入

穀物価格の上昇 物価の騰貴

 

スペインの覇権

封建領主の没落

 

カトリック政策やオスマン帝国との戦いで軍事費増大。

国内貴族を保護して銀は国内産業育成に使われない

商業の中心が大西洋岸に 北イタリア諸都市の衰退

 

オランダ独立戦争

イギリスの私掠船がスペインの銀船隊を襲う 無敵艦隊の敗北

アントウェルペンに銀が集中 毛織物 バルト海交易

17世紀

衰退

オランダが商業の中心に アムステルダム 中継貿易

 

 

英仏の重商主義 毛織物工業を重視

 

解答例

3/6  イギリスと新大陸の銀の関係を追加しました

3/24 「17世紀の危機」について追加しました

16世紀にスペインがポトシ銀山を開発すると新大陸の銀がヨーロッパに流入した。人口増加による穀物価格の上昇もあってヨーロッパでは銀の価格が下落し物価が高騰する価格革命が発生した。このため西欧では封建地代に頼る領主が没落して市民層が台頭し、貿易の中心が大西洋に移動して地中海の貿易都市が衰退した。東欧では輸出用の穀物の生産のために農奴制が強化された。しかしスペインが得た銀はカトリック政策に基づく対外戦争に費やされ、国内産業にも投資されず、ネーデルラントアントウェルペンに銀が集まった。スペインはこの地を圧迫したが抵抗運動が発生しオランダが独立した。またイギリスに銀船隊が襲撃され無敵艦隊が敗北して大西洋の制海権も失い衰退した。17世紀に銀の流入が減って物価が下落し経済が停滞する中でオランダが世界商業の中心となり、イギリスは海賊行為で得た銀で毛織物業を奨励し、重商主義と西欧と東欧の国際分業が確立した。399字

 

 

学習のポイント

 ここ何年かの教養主義から打って変わって、今年は経済系の最高峰らしい世界システム論に関する出題。当ブログの「グローバル化」で一部紹介(予想したのではないので「ズバリ的中」ではないですが)。

 定番部分については「こんなの出ない」とか言わずにちゃんと一通り演習する。慶応の経済学部や商学部の問題をする。

 

 

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

 価格革命がスペインの盛衰と16~17世紀ヨーロッパの経済への影響について答える。

 スペインの盛衰については、新大陸から銀が流入→それを元手に対外戦争(カトリックの保護が大義名分)→ヨーロッパの覇権を握る→銀が国内産業育成に使われず、アントウェルペンに流出→オランダ独立戦争→イギリスが私掠船でスペイン船を襲う→無敵艦隊敗北→衰退というストーリーを書く。

 16~17世紀のヨーロッパ経済については、16世紀は価格革命の影響(領主の没落、西欧は工業化、東欧は農場領主制)、17世紀はオランダ、イギリス、フランスの台頭を説明する。スペインの重金主義、オランダの中継貿易、イギリス、フランスの貿易差額主義(毛織物工業の奨励)も比較したい。

 特にイギリスの重商主義はスペインの銀船隊を襲って獲得した「海賊マネー」が元手。ラテンアメリカガイアナスリナムフランス領ギアナが並ぶのは、英蘭仏の海賊行為の名残。

 

追記 3/24

 17世紀は経済の不振、人口増加の停止、物価の下落など「17世紀の危機」と呼ばれる状態になるが、成長に限界に来たこと、気候の変動に加えて新大陸からの銀が入ってこなくなったことも一因とされる(オランダが例外的に繁栄したのはアジア内貿易で日本の銀が手に入ったから)。

 東京書籍と帝国書院の教科書は経済史や「世紀の概観」に強いので先生に頼んで購入し、論述用の教材にすること。

 

 なおちくま新書の『銀の世界史』と『世界史を作った海賊』は「私掠船」などスペインとイギリスの対立について詳しい。最難関大学を受験するなら勉強の片手間に関係する新書ぐらい読んでおくこと。

 

 

問1 トルデシリャス条約

問2

課題 19世紀の奴隷解放の歴史のなかでハイチとアメリカ合衆国はそれぞれ他とどのような異なった特徴を持っているか。100字

 

解答例

ハイチではプランテーションの黒人奴隷が蜂起し、1804年にフランスから独立して黒人共和国となり奴隷制が廃止された。アメリカ合衆国では奴隷制をめぐって南北戦争が勃発し、北部が勝利して奴隷制憲法で禁止された。100字

 

ポイント

 ハイチは奴隷の蜂起から共和国成立、アメリカ合衆国南北戦争の結果であることを示す。字数が少ないので固有名詞は避ける。

 

問3

課題 ラテンアメリカ独立運動の契機、担い手、独立後の経済政策 275字

 

メモ

契機 アメリカ独立革命、ナポレオンのスペイン征服 ウィーン会議後の反動

担い手 中心はクリオーリョ。革命には他の階層も動員

独立後 イギリスに経済的従属 クリオーリョの地主制は解消されず。

ブラジル ポルトガル王子を皇帝に迎え平和的に独立。


解答例

スペインがナポレオンに征服され植民地支配が緩んだことやイギリスの海上封鎖を契機にラテンアメリカ生まれの白人であるクリオーリョが本国から自立しはじめた。ウィーン会議後スペインの支配が再び強まると、彼らはメスティーソなど従属階層を巻き込んで独立戦争を本格化させた。米英の支持を得て独立は達成されたが、クリオーリョが政治を独占しその大土地経営は維持され、一次産品の輸出と工業製品の輸入でイギリスに経済的に従属した。ブラジルではナポレオン戦争中にポルトガル王室が避難したが、周辺地域で独立運動が発生すると王族が皇帝となりブラジル帝国が平和的に独立した。272字

 

ポイント

 契機=直接の原因はナポレオン戦争について書く(いわゆる「大西洋革命」は背景=間接的な原因)。経済的な部分はイギリスとの関係を書く。

 ブラジルの部分は高校生には難しい。ちなみにポルトガル三十年戦争中にスペインから自立し、その後はイギリスのジュニアパートナーと化す(リカードの比較生産費説はイギリスとポルトガルが例)。大陸封鎖令の時代、ポルトガルがヨーロッパの穀物を闇で輸出する基地だった。難関私立でおなじみ「アシエント」も、奴隷貿易本体に深く関わっているのはポルトガル

 

 

課題 ザイトンとはどこか。その都市を取り巻く11~13世紀の国際関係 400字

 

マトリックス

 

泉州の様子

取り巻く国際関係

11

市舶司が置かれる。ジャンク船で東南アジアへ

北宋遊牧民の圧迫。朝貢貿易は廃れ私貿易が中心。

12

南宋時代の最大の貿易港

南宋が江南を支配。金と対峙。

13

ユーラシア循環経済で海の道と草原の道がつながる マルコ=ポーロが訪れたとされる

モンゴルの平和

周辺諸国に出兵。朝貢を促す。

 

解答例

泉州。11世紀に北宋は周辺の遊牧民の圧迫を受けて領土を縮小し、北では契丹と兄弟の礼を結び、西では西夏と君臣関係を結んだ。このため唐代の朝貢貿易は廃れ私貿易が主流になり、またチョーラ朝が宋に使節を送るなど海の道での交流も活発化した。泉州には市舶司が置かれてイスラーム商人が訪れ、中国商人はジャンク船を使って陶磁器や銅銭を輸出した。12世紀に北宋は金に首都開封を占領されたので杭州に逃れ南宋を維持した。南宋は金と和議を結び淮河を境とし南宋が金に臣下の礼を取った。南宋の拠点が江南に移ったことで泉州は最大の海港都市となった。13世紀にはモンゴル帝国西夏や金を征服し、南宋も元に滅ぼされた。また元は日本や東南アジアに出兵して各国に朝貢を促した。このモンゴル帝国の征服によって草原の道と海の道をつなぐユーラシア循環ルートが生まれ、東西交流が盛んになり、泉州はマルコ=ポーロが訪れるなど東西の結節点として繁栄した。398字

 

ポイント

 マルコ=ポーロの『世界の記述』ではザイトンが泉州、キンザイが杭州(臨安からキンザイ、と覚える)。

 

*正確には臨時の宮廷(行在 アンザイ)

 

 高校生だと400字が厳しい問題。教科書の宋、元で泉州の記述がある部分を「国際関係」と「交易」の面からピックアップする。

 北宋冊封体制が崩れて私貿易、南宋は江南の政権、元の征服活動は朝貢を促すことが目的であったことに気がつけば、それぞれの時代と泉州との関わりが見えてくる。日本もいわゆる「元寇」後は日元貿易を行っている。

 なお元代の「ユーラシア循環経済」は2015年の東京大学および大阪大学で何回か出題されている。ブログでも紹介済。

 

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

 またセンター試験で「チョーラ朝」が出た時にちゃんと復習してあれば宋代の南アジア、東南アジアとの関係が書ける。帝国書院や東京書籍の教科書だと「三仏斉」とか出てくるが、固有名詞が思い出せなくても話は通じる。

 

4 私大一般、国立二次の「削り問題」攻略のための復習ポイント 参照

 

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

 

まとめ

 今年は一橋大学「決めうち」の人より東京大学の過去問を含めてグローバル化など定番テーマを一通り対策していた人の方が有利な問題でした。

 「傾向が変わった」とも言えますが、過去に奴隷貿易グローバル化の話題は出ていますし、早稲田や慶応を併願しているなら当然準備している部分です。

 もともと一橋大学は社会科学系の最高峰であり、経済に関心のある生徒が集まるのですから、今回の話題は「ど真ん中の直球」なのかもしれません。

 ですから定番の中世史や東アジア近現代史に比べると今年は解答の方針が立てやすい問題でした。

 センター試験、併願の私立大学、国立大学二次とまんべんなく学習し、同じ難易度の大学の過去問をすることで実力を養成しましょう。

 

世界史の入試問題について考える(2 京都大学2017)

 2017年の世界史の問題を解答しながら、何が試されているのか、どのような準備をするかについて考えます。第2回は京都大学です。

 

2016年はこちら

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

問題の入手方法、解答例作成の方針についてはこちら

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

 

課題 匈奴について、中国との関係を中心にしつつ前3世紀から後4世紀初頭に至るまでの歴史 300字以内

 

マトリックス

 

中国王朝

匈奴

前3C

長城を修築 蒙恬の遠征

前3C末

前漢

冒頓単于 高祖を破る

前2C半

前漢

武帝の討伐

前1C半

前漢

匈奴が東西に分裂

後1

後漢

東匈奴が南北に分裂 南匈奴が内地に移住

後3

西晋

八王の乱で五胡が侵入

後4

西晋

南匈奴西晋を滅ぼす

 

解答例

匈奴は陰山山脈を拠点として活動していたが、前3世紀に秦の始皇帝蒙恬を送って匈奴を攻撃し、趙と燕が作った長城を修築した。前3世紀末に冒頓単于匈奴を率いて前漢の高祖を破り、和平を結んで毎年銀や絹を受けた。前2世紀半ばに武帝は衛青らを派遣して匈奴を討伐し貿易の利益を奪ったので匈奴は衰退し、前1世紀半ばに東西に分裂した。後1世紀に東匈奴が南北に分裂し、南匈奴は内地に移住した。後漢の時代になると匈奴は傭兵として用いられるようになり、3世紀末の西晋の内紛である八王の乱でも傭兵として活躍した。これ以後匈奴は五胡のひとつとして内地にたびたび侵入し、4世紀はじめに首都洛陽を占領して西晋を滅ぼした。295字

 

解説

 教科書ではばらばらに載っている匈奴について中国との関係を軸に再構成する。京都大学の定番「トピック抽出タテ整理」問題。

 難しいのは武帝の後。前1世紀東西に分裂→後1世紀東匈奴が南北に分裂、うち南匈奴が内地に移住、というところが受験生には書きづらいところ。

 蒙恬始皇帝の命で匈奴の制圧に乗り出し、オルドス地方(黄河が大きく湾曲している内側の砂漠地帯)に進出した。「蒙恬」はできれば書きたい(ⅡⅣレベル)。「オルドス」が書けるのはよっぽどの世界史マニアなので高校生は書かなくて良い。

 

*発展 名古屋大学の2014年の問題Ⅱをやってあった人はリード文と問題の内容を書けばほぼ2/3をカバーできる。ただしこれは「悪問」として有名で、『絶対に解けない受験世界史』にも収録されている。

 その原因は問4「北方ユーラシア騎馬民族と漢との関係中国と匈奴の関係の変化、紀元前2-1世紀の範囲で」。この文言だと紀元前1世紀なのか紀元後1世紀なのかはっきりせず、前か後かで解答が全く変化する! 京都大学はちゃんと「後4世紀」と書いてある。

 

 

難易度凡例

◎マスト ○書かないと差をつけられる △書くと差がつけられる

▲書けるとでかいが無理しない     ×たぶん無理

出題パターン凡例

ま:紛らわしい や:ややこしい こ:細かい知識 り:理解・推理 ぜ:有名ものの前後・左右 ゆ:由来・フルネーム て:抵抗

 

 

aり○班固  bま△総理各国事務衙門  c◎義和団事件

1り○禁書や文字の獄によって反清的と見なされた書物が取り締まられたから。

2ま○王羲之  3◎『資治通鑑』  4り○禅宗

5り○パリ講和会議で中国が主張した二十一か条要求の撤回が受け入れられなかったことに反発して北京で五・四運動が発生したから。

6◎グプタ朝  7◎郭守敬  8◎ネルチンスク条約  9◎広州

10り▲宣教師が儒教科挙など中国の文化をヨーロッパに伝え、特に啓蒙思想家に影響を与えたから。

11×三藩の乱


dぜ▲カルゲドン  eぜ△ウマル     f◎アイユーブ

gぜ▲バイバルス  hこ△ティマール

12(ア)◎エフェソス   (イ)り○ササン朝  13こ×アルメニア(共和国)

14こ○ミスル       15り○サーマーン朝  16こ▲12イマーム

17り△モンケ=ハン    18×サヌーシー教団

19(ア)◎ワッハーブ王国 (イ)ま○アブドゥルメジト1世

 

 

新三年生に向けてアドバイス

 

b 2 漢字を正確に書く練習をする。
10 教科書に書いてあるが普通読み飛ばすところ。ヴォルテールは「アダムとイブが生まれる前に中国に王朝があった」ことにショックを受けて、「これからは中国研究だ!」と言っている。

11 ドボン問題。三藩の乱か台湾の制圧か2択。

d g 16 難関私立大学の「削り」問題。

18はドボン、京大の先生で研究している方がいる模様。私も『世界史の窓』をチラ見(笑)。

19(イ) タンジマートはメジト ミドハトはハミト 有名な語呂判別もの。タンジール事件とアガディール事件、李鴻章(淮軍)と曾国藩(湘軍)、望厦条約(アメリカ)と黄埔条約(フランス)、ギリシア悲劇詩人、ヘレニズム科学者、WW1の講和条約などが難関私立大学の「紛らわしいもの」の定番。

 

有名どころの前後物や細かい知識がいつになく多い。去年が簡単すぎた反省?

 

 

課題  1980年代のソ連、東欧諸国、中国、ベトナムにおける当時の経済体制および政治体制の動向 300字

条件  それらの国、地域の類似点と相違点に着目

ヒント 大きな変革を迫られた

 

マトリックス

 

経済

政治

ソ連 前

経済の停滞 計画経済が非効率 

共産党独裁の弊害 自由主義の取り締まり

市場経済への移行

ゴルバチョフペレストロイカ 複数政党制 大統領制

東欧 前

経済の停滞 計画経済が非効率 

共産党独裁の弊害

市場経済への移行

東欧革命で共産党政権が崩壊

中国 前

鄧小平 改革・開放 社会主義市場経済 外資の導入

共産党独裁

 

第二次天安門事件

ベトナム 前

難民問題 ボートピープル

共産党独裁

ドイモイ 市場経済 外資

 

 

解答例

ソ連では計画経済の非効率から経済が停滞し、共産党の腐敗やアフガニスタンへの侵攻で政治も停滞した。85年からのペレストロイカで複数政党制、大統領制市場経済が導入された。東欧諸国も経済が停滞し民主化ソ連に抑えられていたが、ソ連が東欧への指導権を放棄すると市民のデモで社会主義政権が倒れて市場経済に移行した。中国では改革・開放政策によって社会主義市場経済外資の導入で経済が発展するが、共産党独裁は維持されたため89年に民主化運動が起こるが天安門事件で弾圧された。ベトナムでは統一後政治や経済の混乱から難民が相次いだが、86年からドイモイと呼ばれる共産党独裁の下での市場経済への移行や外資導入が始まった。299字

 

解説

 京大の特徴は「バーター出題」(Ⅰが中国古代ならⅢはヨーロッパ近現代)だが、出題パターンも「タテ整理」と「ヨコ整理」がバーターになっている。こちらはヨコ比較だが「ビフォーアフター」の比較も書く。

 天安門事件ゴルバチョフ訪中を契機に起きたのを含めて、すべての項目がペレストロイカとつながっている。ただしソ連と東欧では共産党一党独裁が崩れ、中華人民共和国ベトナム一党独裁の上で市場経済が導入されたことを比較する。

 「冷戦の崩壊」の単元で先生は必ず「なぜソ連が衰退したか」について話している(はず)。理解できていれば取り組みやすい問題だが現役生には厳しい。政治経済の授業を活用するしかない。

 一問一答は自習で知識を蓄積できるが、こうした論理については授業や演習が頼りになる。先生の話は聞くこと(笑)。

 解答例は「ゴルバチョフ」「鄧小平」「ワレサ」など人名を削って具体例を入れた。

 

*発展 2016年の東大の第1問にしろ、このところアラフィフの私にとって与しやすい問題がよく出題されるのは、出題者もそれぐらいの年齢だから?

 


a◎ケルト  b◎フン  c◎フランク

問1 こ○線文字B  問2 ◎イオニア人  問3 ◎エトルリア人  問4 ◎民会

問5 ◎テオドシウス帝  問6 ぜ△テオドリック大王

問7 ◎アタナシウス派に部下と共に改宗した。

問8 ○全国を州に分け、現地の有力者を伯に任命し、巡察使に監視させた。

問9 ◎アヴァール人 問10 ◎ビザンツ帝国

 

d ×ケーニヒスベルク  e り△オスマン帝国  fゆ▲クリム=ハン国

g △ダンツィヒ     h こ○フィンランド

問11 り▲十字軍時代の巡礼者の警護

問12 △宗教的にはスウェーデンプロテスタント、フランスはカトリックだが政治的には神聖ローマ皇帝を共通の敵としていて、三十年戦争主権国家間の戦争であることを表しているから。

問13 ◎カント  問14(ア) ◎七年戦争  (イ)◎グロティウス

問15 ◎エカチェリーナ2世がイギリスを孤立させ、北米13植民地の独立戦争を間接的に支援するために提唱した。

問16(ア) り○アメリカ合衆国 (イ)り○ウィーン会議

 

 

新三年生に向けてアドバイス

 

問1 文字の歴史は難関私大の定番なので一通り復習する。

問6 アラリックとガイセリックは教科書には載っていないがテオドリックは載っている。オドアケルのついでに覚える。

d ケーニヒスクローネは神戸の洋菓子メーカー。関西人だと地図で地名を見たとき頭に残る(笑)。こういう「県民スペシャル」は仕込んで損はない。私の県にもあるが企業秘密。

 

*追記 合格した生徒の自己採点メモを見たのですが、最初は「?」をつけていたのに問13「カント」を解答した後に思い出したそうです(カントはケーニヒスベルクの出身)。他教科(とはいってもテストに出るわけでない)の情報が目に入った時に記憶され(いわゆる「捨て目」)、ヒントから推理できるかがふるい落としポイントです。かなり難しいです。「学校の授業をギラギラしながら臨め」ということでしょう。 

 

e f クチュク=カイナルジ条約を知っていれば判断できる。難関私大レベル。

h 関東の難関私立大学でフィンランドの歴史が「削り」問題で時々出題されるが、この出題は最後の空欄で判断できる。WW2勃発後のフィンランド侵攻でソ連国際連盟を除名されたのは有名。

問12 宗教だけだと部分点かも。三十年戦争主権国家間の戦争であることを書きたいが、高校生が理念的なことをスラスラいうのは難しい。

 

 Ⅱと同じく単文論述問題が出たが、教科書レベルの問題。新三年生は北海道大学の問題で練習する。難関私立大学の入試問題も暇つぶしにする。

 

世界史の入試問題について考える(1 東京大学2017)

 国公立の前期試験、みなさん実力を発揮できましたか?

 昨年度に引き続き、問題を解きながら来年度に向けてどのような準備をしたらよいか考えます。

 

*解答例の方針

  • 解答例は受験生と同じように何も見ないで書くことを基本にしています。ただしブログに載せる以上推敲はしています(本番では推敲している暇はないです)。
  • 教科書の記述を超えない程度にしていますが、一部先生が授業で必ず話す(はずの)知識は入れます。
  • 解答例の紹介ではなく、解答へのアプローチの仕方や新三年生が何を準備するかについて考察することが主眼です。
  • 予備校の解答例の方が練られているのは当然です。当方はそちらと勝負する気はありません。解答例が知りたい人はそちらを見てください。だから比べないでください(笑)。

 

*発展 2月に定番テーマについて特集をしましたが、2017年の名古屋大学の世界史で「魏晋南北朝仏教道教」「士大夫」「冊封体制」の説明問題が出ました。予備校風に言うと「ズバリ的中」ですが、別に名古屋大学の対策をしたわけではないですし、定番テーマは必ずどこかで出ます。ただ名古屋大学を受験した人がブログを見ていただいたなら幸いです。

 

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

入試問題の現物は日本経済新聞、読売新聞、毎日新聞より拾ってください。

 

 

東京大学 2017年

 

第1問

課題 前2世紀以降のローマ、春秋時代以降の黄河・長江流域について、「古代帝国」が成立するまでの二地域の社会変化。

条件 古代帝国の類似性と法則的な発展が論じられてきた。しかしそれぞれの地域社会の発展、帝国統治者の呼び方の登場の経緯には違いがある。

語句 漢字 私兵 諸侯 宗法 属州 第一人者 同盟市戦争 邑

 

語句から芋づる ローマか中国かで使う

漢字 中 漢字文化圏 始皇帝が篆書に統一

私兵 ロ 有力者が無産市民を私兵化

諸侯 中 周王から封土を与えられる

宗法 中 宗族が守るべき規範

属州 ロ 征服活動で得た海外領土

第一人者 ロ アウグストゥス、第一市民

同盟市戦争 ロ 内乱の1世紀 イタリア半島の自由人に市民権が認められる

邑 中 都市国家

 

マトリックス

 

ローマ

中国

背景

属州の拡大による自作農の没落 ラティフンディアの拡大

周王の封建と宗法による邑の連合国家

契機

奴隷の反乱 同盟市戦争 市民権の拡大

周室の内紛、遊牧民の侵入で周王の権威が低下

経過1

有力者が無産市民を私兵化

有力者が周王の権威を元に諸侯を統率

経過2

有力者の私的な同盟

諸侯が王を自称し富国強兵政策

結果1

最も強力な有力者が属州を監督し、その富で軍隊を維持して治安を守る

王が貴族を介さず役人を派遣して農民を直接支配する

結果2

オクタウィアヌス地中海世界を統一

秦王政が黄河と長江流域を統一

皇帝概念

元老院からアウグストゥスの称号 共和政の伝統を名目上は守る

王の上位権力である皇帝の称号を創始した

影響

市民の自由な経済活動を保障する帝国

政治制度を整え官僚を地方に派遣する中央集権的な帝国

 

解答例

ローマでは前2世紀に長年の対外戦争と属州からの穀物流入で自作農が没落して市民皆兵が崩れる一方、属州で富を蓄積した騎士が奴隷制大農場を拡大した。こうした中で属州や奴隷の反乱が相次いだ。そこで有力者は無産市民を私兵化して反乱を鎮圧し互いに抗争した。カエサルは広大な属州を支配下におさめ、その収入で軍隊を維持しローマ世界の治安を守る体制を構築した。彼の暗殺後オクタウィアヌス地中海世界を平定し、元老院からアウグストゥスの称号を得て、市民の第一人者と自称して共和政の伝統を守り、同盟市戦争以後拡大したローマ市民権を持つ者の自由な活動を保障する地中海帝国を確立した。黄河流域では周王が諸侯と主従関係を結び、同族集団が宗法にもとづいて結合する都市国家の邑の連合政権を形成したが、周室が衰退すると有力諸侯が周王の保護を名目に諸侯と盟約を結んだ。この春秋時代から実力主義の風潮が強まり、戦国時代には周室の権威は失墜し諸侯は王を自称し戦国の七雄が覇権を競った。鉄製農具の普及で生産力が高まると小家族経営が可能になり、七雄の秦は法家の思想を採用し、郡県制で農民を直接支配して軍備を整え、他の6国を破って黄河・長江地域を統一した。秦王政は諸王の上に立つ権力者という意味で皇帝の称号を創始し、全国に郡県制を敷き、法を整備し、度量衡・貨幣・漢字を統一して官僚制や文書行政による集権的な帝国体制と漢字文化圏を構築した。597字

 

ポイント

 ローマ帝国秦帝国が成立するまでの「社会変化」を比較して論じる。

 ひとつは社会のあり方。前者は「自作農からなる市民皆兵の都市国家」から「独裁者が管理する属州の富で傭兵を維持する地中海帝国」へ、後者は「氏族的な都市国家の連合体」から「皇帝が小農を直接支配する官僚制帝国」への変化。

 もうひとつは地理的広がり。前者は「ローマ人だけの都市国家」から「ローマ市民権を持つ者の地中海帝国」へ、後者は「黄河流域だけの文化圏」から「漢大陸全体の文化圏」への変化。この2つを要領よくまとめれば解答になる。

 

 たぶん使いにくいのが「漢字」という指定語句。

 ローマ帝国は官僚があまりいない。一方で中華帝国は官僚による文書行政が特徴。文字を篆書に統一したのは中央の命令を地方に伝えるため(始皇帝展で政府の命令を記した竹簡が展示されていた)。

 解答例では「漢字」を氏族支配から文書行政への変化という意味で使った。

 

今後に向けて

 今回はここ数年の時代を区切って世界を俯瞰する出題ではなく、「帝国のあり方」を抽象的に比較する出題だった。

 知識の出し入れだけではなく、抽象的な概念が比較できるかが問われている。馴染みのある範囲なので受験生的には「よしっ!」だが、実は書けそうで書けないタフな問題。

 最難関大学を受験するなら、ただ用語を覚えるのではなく歴史の「論理」にも注意する。「冊封体制」「世界の一体化」「帝国主義」など、授業中に抽象的な話が出てくれば漏らさず聴き、論述演習で復習する。

 

*発展 古代史オンリーで最近の出題とはテイストが違うように見えるが、アメリカ合衆国中華人民共和国の覇権のあり方に関する婉曲論評ともとれる。穿ち過ぎ?

 

 追記 3/24

*発展 京都大学の典型問題分析で「古代ローマとヨーロッパ中世封建制の軍制と社会のあり方を比較する」問題を紹介しました。京都大学はこうした社会経済と政治のあり方の関連性を問う出題がよくあります。第一志望の過去問研究はマストですが、決めうちはやめましょう。

 

第2問

難易度

◎マスト ○書きたい △難しいが差がつく問題 ▲完全解答は難しい

 

問(1)(a)ポーランド人の国家が隆盛した時期の状況とその後衰退した背景 90字以内

解答例▲

14世紀カジミェシュ大王の時に発展し、ドイツ騎士団に対抗するため同世紀末にリトアニアと合併してヤゲウォ朝が成立した。しかし貴族が強大化して王朝断絶後は選挙王制となり国内が分裂した。90字


ポーランドプロイセン人をキリスト教化するためにドイツ騎士団を誘致したらこの人たちも困った人で(笑)、彼らに対抗するために同じ目に遭っているリトアニアと合併したというのは有名な話。2015年の阪大に類題。


(b)ドイツ統一の際南部に存在した少数者集団と、当時いかなる政策が彼らに対してとられたか。60字以内

解答例○

ドイツ政府は南部に多いカトリック教徒を帝国の敵ととらえて政教分離を進める文化闘争を起こして現地の中央党と対立した。57字

*教科書には政教分離の具体例が書いていないので高校生にはこれが限界。

 

問(2)(a)清朝は藩部を掌握するためにどのような政策をとっていたのか。60字以内

解答例○

清は理藩院を設置して現地の有力者の自治を認める間接統治を行った。また現地の伝統的な文化や風習などを認めて懐柔した。57字。

 

ウイグルではベク制、チベットではダライ=ラマの制度が具体例。清朝は漢族社会では中華皇帝、遊牧民地域ではモンゴルの後継者として振る舞った。

 

(b)シンガポールの独立の経緯について、多数派住民が誰かに触れながら 60字以内

解答例△

マレーシア連邦が成立した時にその一部となるが政府がマレー人を優遇したのでこの地の多数派の中国系住民が不満を持ち分離した。60字


京都大学で既出。戦後史の有名問題。マレーシアはマハティール、シンガポールはリー=クァン=ユーが開発独裁の指導者として有名。今年出来が悪いと来年第3問で「かぶせて」くるかもしれないので周辺事項を復習すること。


問(3)(a)ケベック州が英語以外の言語を母語とする状況が生まれる前提となった、17世紀から18世紀にかけての経緯。60字以内

解答例○

17世紀にフランスが毛皮取引等を目的に北米に植民地を開発したが、七年戦争でイギリスに敗北しパリ条約でこの地を割譲した。58字


*高校生は「フレンチ=インディアン戦争」を書いて「毛皮取引…」を削る。


(b)南北戦争を経て奴隷制が廃止されるが、その後も南部諸州ではアフリカ系住民に対する差別的待遇が続いた。その内容 30字以内、

解答例▲

州法で選挙権が制限され公共施設の使用などが白人と別にされた。30字

その是正を求める運動の結果制定された法律  ◎公民権

その時の大統領  ◎ジョンソン


*関東の私大では定番の「ジム=クロウ法」の説明。授業で「バスボイコット事件」のビデオを見ると印象に残る。

 

今後に向けて

第2問は毎年同じで、有名語句だけ覚えないで意味もちゃんと分かっていて書けるかどうかが試される。普段の心がけ。

 

第3問

難易度

◎マスト ○書かないと差が付く △書くと差が付けられる

出題パターン

ま:紛らわしい や:ややこしい こ:細かい知識 り:理解・推理 ぜ:有名ものの前後・左右 ゆ:由来・フルネーム て:抵抗


問1 ま△シャープール1世  問2 ◎ウマイヤ朝 り○メロヴィング朝

問3 こ○グスタフ=アドルフ 問4 ◎トラファルガーの海戦

問5 や○李鴻章       問6 ぜ△サン=ステファノ条約

問7 ◎ファショダ事件    問8 て△ベトナム独立同盟

問9 こ○アメリカ合衆国ソ連、イギリス  問10 ◎グロティウス

 

東京大学志望者なら全問正解必須。

問5 漢字は正確に書く練習を。関西人は書ける(鴻池)

問1、問6、問8 「ど忘れ」に注意。

問9 PPAPならぬPTBT(笑)

 

今後に向けて

紛らわしいもの、有名どころの「いつどこだれ」や前後の知識、権力に抵抗した人は東京大学および難関私立大学の定番。日頃の心がけおよび難関私立大学の過去問の活用。

 

世界史論述 定番テーマに挑む(5 宗教の寛容、民族と宗教)

世界史の論述典型問題ファイナル、宗教に関してです。

ここ何年か本命と言われながら出題されていない部分です。

 

前回

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

 

5000字を越えますがファイナルなのでご了承ください。

 


1 宗教の寛容

 

例題1 大阪大学 2014年

課題 17世紀前後のインドの宗教政策 130字程度

語句 アクバル 融和 ラージプート アウラングゼーブ

 

解答例

ムガル皇帝のアクバルイスラームヒンドゥーの融合をはかる信仰が盛んになったことを背景に、ジズヤを廃止してヒンドゥー教徒融和し統治の基礎を固めようとした。一方アウラングゼーブは熱心なムスリムでジズヤを復活させたのでヒンドゥーラージプートシク教徒の反乱を招いた。133字

 

類題 大阪大学 2009年

課題 金の宗教事情 40字

 

解答例

金は特定の宗教を強制しなかった。民間では儒教仏教道教を融合した全真教が創始された。43字

 

ポイント

異なる文化が喧嘩せず融和する例はまとめておくこと(他にはフリードリヒ1世、トレドとパレルモ、ガザン=ハン、ラス=カサス、キング牧師、ブラント、デクラーク)。

 

 

例題2 東大 2011年

課題 7世紀~13世紀のアラブ・イスラーム文化圏での異なる文化の接触や交流による軋轢、生活様式の多様化、受容、発展、伝播について 510字

語句 インド アッバース朝 イブン=シーナー アリストテレス 医学 代数学 トレド シチリア島


用語から芋づる 軋轢 受容 発展 伝播で整理

インド:ガズナ朝…寺院の破壊(軋轢)、デリースルタン朝…スーフィーの浸透、バクティとの類似性(受容)。租税の金納化。

アッバース朝…マワーリーのジズヤ廃止(受容)イラン人、トルコ人イスラーム世界の中心に(発展)。

イブン=シーナー…サーマーン朝 ギリシアの医学(受容)→ヨーロッパへ(伝播)

アリストテレスイブン=ルシュドが研究(受容)→スコラ哲学(伝播)

医学 代数学ギリシア生まれ(発展)→ヨーロッパへ(伝播)

トレド シチリア島アラビア語文献のラテン語への翻訳センター(受容 伝播)

 

解答例

7世紀にアラビア半島で成立したイスラームは次第に地中海世界に拡大した。8世紀のアッバース朝は首都バグダードギリシア語文献をアラビア語に翻訳して文化を吸収した。また非アラブ人ムスリムへのジズヤを廃止してイラン人やトルコ人を登用したので、9世紀以降彼らが地方で政権を作りイスラーム世界が広がった。インドではガズナ朝が10世紀以降北インドへの侵入を繰り返し、最初ヒンドゥー寺院を破壊するなど衝突もあったが、13世紀に奴隷王朝が成立した頃にはスーフィーズムとバクティとの類似性からイスラームがインドで受け入れられ、現地の文化と融合した。インド数字や代数学イスラーム世界で発展した。またイブン=シーナー医学典範やイブン=ルシュドアリストテレス研究などギリシアの学問も発展し、これらが十字軍や国土回復運動などイスラームキリスト教徒と争う過程でヨーロッパに伝わり、イベリア半島トレドシチリア島パレルモではアラビア語文献のラテン語への翻訳が行われ、中世の大学やスコラ哲学の成立など12世紀ルネサンスにつながった。8世紀には中国から製紙法が伝わり、サマルカンドイベリア半島では製紙工場が作られて文化の発展に寄与した。506字

 

ポイント

 イスラーム史を文化の衝突、受容、伝播という面からとらえ、さらに地理的広がりでとらえられるか、が問われている。「入試問題で世に問う」部分も含め、東京大学のエッセンスが凝縮された問題。地中海だけでも510字書けるが、最近の東京大学の傾向風に?インドと中国についても足してみた。

 教科書の表面的な理解だけだと「キリスト教徒とムスリムはいつも喧嘩している」だが、中世の地中海では共存していた、その例がシチリア島で高山先生の専門分野。

 

 

2 政治の言語としての宗教

 

例題3 京都大学 2012年

課題 魏晋南北朝時代における仏教道教の発展、両者が当時の中国の政治・社会・文化に与えた影響。300字

 

芋づるメモ

 仏教

 後漢に伝わったらしい。4世紀に仏図澄、5世紀に鳩摩羅什がクチャから来て仏教華北に広める(文化)。北魏の道武帝が雲崗大仏のモデル。孝文帝の時に洛陽に龍門の石窟寺院ができる。仏教の呪術で王朝を権威づける鎮護国家(政治)。南朝では貴族の教養として仏教が受容されて寺院が建設された(社会)。

 道教

 老荘思想、陰陽五行説、民間信仰が集まったもので民間でも信仰される(文化)。張陵の五斗米道の天師道が起源で北魏寇謙之が教団を組織、太武帝の信任を得る。仏教弾圧(政治)。

 

解答例

仏教はクチャから来朝した4世紀の仏図澄、5世紀の鳩摩羅什らによって広まり、後者は仏典を漢訳した。また法顕はインドに赴き仏典を研究した。後世の浄土宗と禅宗の開祖もこの時期とされる。北魏仏教の呪術性で王朝を権威づけようとし、雲崗や竜門の石窟寺院で皇帝の姿に似せた大仏を制作した。南朝では貴族の教養として仏教が信仰された。王朝の保護のもと仏教寺院が政治に干渉することもあった。道教老荘思想に陰陽五行説や民間思想が集まって形成された。現世利益を重視し民間の社会生活と結びつき文化の基層となった。5世紀に寇謙之が教団を形成すると太武帝はこれを保護して仏教寺院を弾圧し、その後もたびたび廃仏が行われた。297字


ポイント

 仏教道教を政治・文化・社会で比較する、京都大学らしい「マトリックス」問題。「北魏の大仏は皇帝の似姿」というのは私が授業で使っている山川出版社の『ムービー世界史』にでてくる。南朝仏教の関係は漢文の授業に出てくる。先生の話は聞くこと(笑)。

 

類題 京都大学 2013年

課題 ウンマの成立過程、正統カリフ時代ウンマに生じた主要な政治的事件とその結果 300字

条件 ヒジュラ カリフ シーア派

 

解答例

メッカで迫害を受けたムハンマドらは622年にメディナへ脱出した。これをヒジュラという。ムハンマドメディナウンマを設立して宗教と政治の指導者となり、アラビア半島勢力を広げた。632年にムハンマドが死ぬとウンマの政治的な指導者としてカリフが選挙で選出された。この時代にササン朝を滅ぼし、ビザンツ帝国からシリアとエジプトを奪った。しかしウンマの拡大とともにムスリム戦士の中で内紛が生じ、第4代カリフのアリーが暗殺された。これに乗じてシリア総督のムアーウィヤがウマイヤ朝を建ててカリフを世襲化すると、アリーの子孫のみをカリフと認めるシーア派が形成されて、ムハンマドの教えを守る多数派のスンナ派と対立した。297字


ポイント

ヒジュラからウマイヤ朝成立までを書けば解答になるが、カリフはムハンマドの「代理」なので宗教的権威はムハンマド(野球の永久欠番みたいなもの)、カリフはでウンマの運営を任されている、と理解する。

 

 

3 従属地域の抵抗、宗教と民族主義の結びつき

 

例題4 京都大学 2009年

課題 19世紀末から1947年までのインド亜大陸での民族運動におけるヒンドゥー教徒イスラーム教徒の関係や立場の違い、イギリスの(対立を煽る)政策。

 

時系列整理

1885年 インド国民会議 ヒ

1905年 ベンガル分割令 イ

1906年 カルカッタ大会 ヒ

1906年 全インドムスリム連盟 ム

1919年 ローラット法 イ

ガンディーの非暴力不服従運動 オスマン帝国のカリフ制を支持してムスリムとの連携を深めるも、挫折 ヒとム

塩の行進 英印円卓会議 ヒ

新インド統治法 イ 州政府 ムスリムの多い州はムスリム政権

1947年 カシミール紛争 インドとパキスタン分離独立 住民交換

 

解答例

19世紀末に成立したインド国民会議派はヒンドゥーの親英団体であったが、イギリスがヒンドゥームスリムの分断を図るため1905年のベンガル分割令を発表すると、国民会議派は反英化した。これに対してムスリムは親英的な全インド=ムスリム連盟を結成した。1919年にイギリスがローラット法で民族運動を弾圧すると国民会議派のガンディーが非暴力・不服従運動を指導しムスリム共闘を呼びかけたが失敗した。1930年代に民族運動が再燃するとイギリスは新インド統治法を制定して州政府の自治を認めたが、ヒンドゥームスリム双方の州政府が生まれ、両者の対立は決定的になった。1947年にヒンドゥー主体のインドとムスリム主体のパキスタンに分離独立した。300字

 

ポイント

 インドの民族闘争のうちヒンドゥームスリム、イギリスが絡むところを書く。宗教は国民の統合に繋がるが少数派の抑圧も付随する、は国民国家の不可避な問題。

 

例題5 東京大学 2012年

課題 アジアアフリカにおける植民地独立の過程とその後の動向 540字

条件 20世紀~第一次世界大戦後~第二次世界大戦後 地域ごとの差 宗主国への経済的従属や同化政策、移民による社会問題

語句 カシミール紛争 非暴力・不服従 ディエンビエンフー スエズ運河国有化 アルジェリア戦争 ワフド党 ドイモイ 宗教的標章法

 

語句から芋づる 

カシミール紛争…WW2後インド 植民地時代のヒンドゥームスリム分断政策の名残

非暴力・不服従…WW1後インド ヒンドゥームスリム一帯が目標も失敗

ディエンビエンフー WW2後ベトナム フランスが戦後に厚かましくも植民地支配を継続しようとする

スエズ運河国有化…WW2後エジプト、独立後もスエズ運河に部隊駐留 経済的従属からの離脱

アルジェリア戦争…WW2後アルジェリア、独立達成後にフランスに移民

ワフド党…WW1後、エジプトの独立 民族政党 イスラームと民族運動が結びつく(ムスリム同胞団)のを押さえ込む

ドイモイ…WW2後 ベトナム戦争社会主義体制→難民など滅茶苦茶→開放経済

宗教的標章法…WW2後アルジェリア フランスへの移民。スカーフ論争

 

ヒント

経済的従属:エジプトとインド…イギリスへの従属

同化政策:イギリス…エリートの養成 フランス…フランス語押しつけ

移民:アルジェリアからフランスへ ベトナムから難民

 

指定語句があげているのは西からアルジェリア、エジプト、インド、ベトナムが2つずつ。

独立時期の違い…エジプトはWW1後 インドはWW2直後、アルジェリアはWW2後に武装闘争、ベトナムはWW2後~冷戦が終わってやっと軌道に乗る。


解答例

エジプトは第一次世界大戦後に穏健なワフド党が中心となりエジプト王国として独立したが、スエズ運河はイギリスが支配するなど経済的に従属した。第二次世界大戦後に共和政となり、ナセルが民族主義を強めてスエズ運河国有化を宣言した。インドではイギリス式の教育を受けた親英的な国民会議派が20世紀に反英に転じ、第一次世界大戦後にはガンディーが非暴力・不服従運動を唱えてヒンドゥームスリム共闘を訴えた。しかしイギリスの分断政策で両者の対立は深まり、第二次世界大戦後にインドとパキスタンが分離独立、両者間で発生したカシミール紛争は現在も続いている。アルジェリアではFLNとフランス白人植民者との間でアルジェリア戦争が勃発、62年に独立が承認された。独立後フランス語が話せるムスリムがフランスへ移民するが、宗教的標章法のように政教分離を原理するフランス政府との間で軋轢が生じた。ベトナム第二次世界大戦後に独立を宣言するがそれを認めないフランスとの戦争になり、ディエンビエンフーで勝利してジュネーヴ休戦協定を結んが、共産主義の拡大を恐れるアメリカが介入してベトナム戦争が勃発した。社会主義国家樹立後も難民が発生するなど混乱が続き、冷戦終結ドイモイと呼ばれる開放政策で経済成長が進んだ。539字


ポイント

 ヨーロッパで起きた事件がアジアの民族運動にどう影響したか(関連)と各地の特徴の比較。東京大学の定番パターンのひとつ。問題そのものは現代史の定番ばかりなので教科書を一通り終わらせている生徒には書きやすい。それぞれについて過程とその後をコンパクトに書く。

 ワフド党やレザーハーンは、宗教と民族運動が結びつくのを恐れた列強が世俗政党を利用してそうした動きを押さえ込もうとした、と理解する。山川出版社の新版『世界現代史』参照。

 


類題 一橋大学 2011年

課題 フス戦争へと至った経過、結果、歴史的意義

条件 フス派が何に対して戦っていたか

 

解答例

14世紀に教会の世俗化が進み、教会大分裂などローマ教会とフランス王、諸侯の争いが続き、教皇権は失墜した。イギリスのウィクリフが教会の世俗化を批判し、聖書中心主義を唱えると、15世紀にベーメンのフスが共鳴して教会を批判した。これに対して皇帝ジギスムントは1414年にコンスタンツ公会議を招集し、教会大分裂を解消すると同時にフスを火刑に処した。ジギスムントがベーメンを相続するとフス派が反発してフス戦争が始まった。戦争は最終的に鎮圧されたがフス派の抵抗は激しく皇帝の権威は失墜した。フス戦争は教会の世俗化を批判し、聖書中心主義を訴えた点で16世紀の宗教改革の先駆といえる。またチェコ人としての民族意識が高まり、宗教改革後はプロテスタントが広まった。ベーメン地方はハプスブルク家の支配となるが、17世紀にベーメン王がカトリックを強制しそれに貴族が抵抗したことが三十年戦争の発端となり、ドイツの分裂は決定的となった。397字

 

ポイント

 フス戦争の歴史的位置づけを示す。フス戦争がチェック人の民族意識形成と宗教改革につながり、教皇権と皇帝権の双方が失墜した、という流れ。

 一橋大学キリスト教と王朝の関係の問題が頻出。たぶん準備しているはず。

 

 もうおなかいっぱいです(笑)。

 受験生の皆さん、2月25日には全力を尽くして、知らない問題が出ても知識をフル活用して最後まであがいてください。

  

世界史論述 定番テーマに挑む(4 グローバル化続き)

世界史の論述典型問題、グローバル化の続きです。

 

前回

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

問題は東進、代ゼミなどから入手してください。

 

 

3 モンゴルの世紀

 

例題3 東京大学 2015年

課題 13~14世紀のモンゴルの時代、日本列島からヨーロッパに至る交流の諸相

条件 経済的文化的側面に焦点を当てる 600字

語句 ジャムチ 授時暦 染付 ダウ船 東方貿易 博多 ペスト モンテ=コルヴィノ

マトリックス

 

西欧

ユーラシア中部

東アジア

日本

経済

ペスト←

ダウ船→

←染付

→博多

 

東方貿易←

ジャムチ←

 

←日元貿易

 

 

 

 

 

文化

 

コバルト→

→モンテ=コルヴィノ

 

 

 

 

授時暦→

→貞享暦

指定語句から芋づる

どこ(草原の道or海の道) なに(経済or文化)で分類

ジャムチ:草 両 モンゴルのパスポートがあれば移動が可能

授時暦:草 文 イスラームから

染付:海 経 西アジア産のコバルトで着色し、海外へ輸出

ダウ船:海 経 アラビア商人の来港

東方貿易:海 経 アジアの産物がイスラームを介してヨーロッパへ

博多:海 経 日元貿易

ペスト:海 経 人口の減少

モンテ=コルヴィノ:草 文 カトリックの布教

 

 解答例

モンゴル帝国は13世紀にユーラシアの草原地帯を支配しただけでなく海域にも進出してユーラシア循環経済ルートを構築した。草原地帯ではジャムチと呼ばれる駅伝制が整備され、東西の往来が盛んになった。西では十字軍でイスラームと対峙していたヨーロッパからフランチェスコ派修道士が派遣され、モンテ=コルヴィノは大都でカトリックを布教し、イル=ハン国ネストリウス派の僧バール=ソウマはローマ教皇を訪問した。またムスリム色目人として帝国内で活躍し、イスラームからは暦法が伝わって郭守敬が授時暦を作成し、またコバルトが伝わって染付という陶磁器が作られ西方に輸出された。元からは細密画がイスラーム世界に伝わった。海域では元は日本や東南アジア諸国に遠征した。その多くは失敗したが各国はその後元に朝貢したので東南アジアの貿易が活発化した。日本では元寇後は日元貿易が行われ、銅銭や陶磁器が博多などへ輸出された。このとき伝わった授時暦は後に貞享暦となった。また循環ルートに乗ってムスリム商人のダウ船がアラビアから東南アジアに来港し、神秘主義教団の活動もあってこの地でイスラームが広まった。ユーラシア循環経済ルートはヨーロッパの経済にも影響を与え、地中海では東方貿易が活発化して香辛料や絹が取引された。しかし交流の活発化によって中央アジアが原産と考えられる黒死病がヨーロッパの海港都市に伝わり、多数の犠牲者を出した。596字

 

ポイント

 「モンゴルの世紀」をグローバル化の端緒とする設問は有名だが、600字はつらい。

 高校生で難しいのは染付のコバルトの話。また「博多」は「元軍を博多で破った」ではなく「日元貿易」で使いたい(博多へ向かう沈没船を調査したらスゴイお宝が出た、というのは日本史の知識)。

 

 

4 ○○世紀の時代

 

例題4 大阪大学 2009年

課題 14世紀の危機 日本を含む3つ以上の地域 120字程度

条件 寒冷化による農業生産力の低下 モンゴル時代の交流の活発化

語句 紅巾の乱 黒死病

 

マトリックス

 

原因

結果

中国

天災 交鈔の乱発

紅巾の乱 元滅亡

ヨーロッパ

黒死病

百年戦争

日本

元寇後の幕府の衰退

南北朝 倭寇

 

解答例

中国では天災と交鈔の乱発で農業や商業が混乱し、紅巾の乱が発生して元が滅亡した。ヨーロッパでは英仏百年戦争に加えてアジアから伝来した黒死病のために人口が減少した。日本では元寇の結果武士が窮乏、鎌倉幕府が滅亡して南北朝時代となり、倭寇の活動が活発化した。125字

 

 

類題1 大阪大学 2009年

課題 17世紀の危機 ヨーロッパとアジアの主要国・地域での混乱や衰退 250字程度

語句 三十年戦争 ピューリタン革命 ユグノー 第二次ウィーン包囲 アウラングゼーブ 鄭氏(台湾)


解答例

ドイツでは三十年戦争が発生して国土が荒廃した。イギリスではピューリタン革命が起こり国王が処刑されるなど混乱が続いた。フランスではルイ14世がナントの勅令を廃止したためユグノーがヨーロッパ各地に逃亡した。オスマン帝国第二次ウィーン包囲に失敗してハンガリーを失うなどヨーロッパでの影響力を後退させた。インドではムガル帝国アウラングゼーブがジズヤを廃止したためヒンドゥー教徒シク教徒の反乱を招いた。中国では明が滅亡して清が北京に入城すると各地で反清運動が高まり戦乱で人口が減少、台湾の鄭氏の抵抗の影響で貿易も縮小した。258字

 

 

類題2 大阪大学2014年

課題 黒死病スペイン風邪を引き起こした要因のひとつである、地域間移動の頻度について、最も重要と思われる点 100字程度

 

解答例

黒死病は13世紀にモンゴルによって成立したユーラシアを循環する交易を通じて地中海にもたらされ各地に広まった。スペイン風邪第一次世界大戦でヨーロッパ戦線に投入された植民地の人々が復員したことで世界的に拡大した。104字


ポイント

「○○世紀」に同時多発的に起きた事件をざっくり俯瞰する練習は、大阪大学および東京大学で必要。

 資料集の「○○世紀の世界」を休み時間に眺める。

 2世紀はローマ、パルティア、クシャーナ朝後漢と「帝国」の時代。3世紀から5世紀にかけては危機の時代(ローマは軍人皇帝、中国は魏晋南北朝)。8世紀はフランク、ビザンツイスラーム、唐と「帝国」の時代…と共通性に注目する。

 

 スペイン風邪は「欧州戦線に植民地の人が動員された」という『映像の世紀』(難関ではこのビデオからよく出題される)の知識を引っ張ってくる。

 これはたぶん「ドボン問題」だが、阪大2015年の「ザールの戦後」と同じく「じたばたできるか」が大事。「最後まであきらめるな」はこの「未知のことに対して知識を総動員して言葉をひねり出す」こと

    そういう「あがき」が大学でやっていける資質。その辺を出題者は見ている。

 

*発展:国立(以下略)の先生の「最後まで…」は「とにかく出願し受験せよ」の意味の場合が多いですが、精神論的指導では綿密な準備が必要とされる難関大学の合格は失礼ですが無理です。

 

 ちなみにヨーロッパ全土で猛威をふるったのに「スペイン風邪」と呼ばれるのは、当時WW1で各国が情報統制をしていて、中立国のスペインの情報が流れたかららしい。横光利一の『雪解』のヒロインもこれで亡くなった。

 

こちら

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

 

5 人口の移動

 

例題5 大阪大学 2012年

課題 16~19世紀の大西洋の奴隷貿易が環大西洋世界の地域の歴史に及ぼした影響 140字

用語 プランテーション 産業革命 低開発

 

解答例

カリブ海や南米ではさとうプランテーションが発達しモノカルチャー化が進んだ。ヨーロッパでは奴隷貿易の利益が綿布の生産に投資され、産業革命が発生した。北米13植民地では商工業が盛んになり本国の対立から独立戦争が発生、19世紀には奴隷制度を巡って南北戦争が発生した。アフリカ大陸は人口が減少し低開発状態に陥った。151字

 

ポイント

 「環大西洋地域」なので、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカを書く。指定語句がヒント。「影響」と問われているので、間接的で長期の変化を書く。

 三角貿易の原理が分かっていれば簡単だが「低開発」という言葉は帝国書院の教科書を読んで「世界システム論」の何たるかを理解していないと難しい。

 ちなみに北米13植民地はカリブ海地域に商品を輸出して利益を上げていて、最初はイギリスも目こぼししていたが(有益な怠慢)、フレンチ=インディアン戦争以降本国の重商主義政策が強化された。割愛して他に字数を回してもいいと思うが、「環大西洋革命」が好きな大阪大学の学習向けに入れてみた。

 

 

類題 大阪大学 2012年

課題 19世紀後半~1920年代のアジア移民急増の理由、向かった先、現地の世界に与えた影響 180字

用語 交通・運輸革命 華僑・印僑 白豪主義 1924年民法

 

解答例

 

交通・運輸革命で鉄道や汽船が実用化され、19世紀後半にイギリスが中国とインドで勝利し北米で奴隷制度が廃止されると、華僑はアメリカの鉄道建設やオーストラリアの金鉱へ、印僑マレー半島カリブ海の鉱山やプランテーションへ移住した。前者は白人労働者との対立を生み、オーストラリアでは白豪主義が唱えられ、アメリカでは1924年民法でアジア系移民が全面禁止された。後者は現地で多民族社会を形成した。191字

 

ポイント

 華僑と印僑は読みやすいように分けたが、無理すれば合体も可能(読みにくい)。前回の東京大学の過去問をやってあれば「現地白人との対立」はひねり出せる。

 アロー戦争後にイギリス人が中国で大々的に労働者を募集したというのは高校生の知らない知識だが、シパーヒーの反乱奴隷解放宣言などと同時期であることから推理する(まあ現場では難しい)。

 

 人口の移動は、他にトルコ人19世紀半ばアイルランド人(ジャガイモ飢饉)、19世紀末南欧(『母を訪ねて三千里』)が思いつく。

 アルゼンチンとオーストラリアに白人が多いのは冷凍船の開発で牧畜が盛んになった後の移民だから、イタリア系移民がアメリカを目指したのはイタリア統一戦争後の混乱が原因、19世紀末にロシア系ユダヤ人がアメリカを目指したのはポグロムが影響、など移民の話題は探せば色々出てくる。

 

    西アジアの難民流入やアメリカの新大統領など移民の問題がクローズアップされているから復習しておきたい。

 

 白豪主義についてはこちら

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

 

 

まとめ

 

新三年生向け

  • 似たようなテーマは似たような大学で何度も出ているので、まずは過去問をやって傾向をつかむ。
  • 授業は「これは定番テーマだ」とぎらぎらしながら(笑)受ける。教科書や資料集に戻って関連事項の整理をする。

 

受験生向け

  • 過去問をやって、解説を見て、資料集のテーマ史コーナーで学習して、また過去問と類題をする。
  • 本番では、指定語句があればそこに芋づるで「いつ、どこ、なに」を書き込み方針をたてる。指定語句がない場合は時間をタテ軸、テーマ(経済、文化)をヨコ軸にとって事項を書き出す。
  • 本番では「え、そんなのやってない!」という設問が出ても、既存の知識を総動員して言葉をひねり出す。

 

 ラストは「宗教の寛容」。

 

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

 

世界史論述 定番テーマに挑む(4 グローバル化)

 世界史の論述定番テーマ 第4回は「世界史の中のグローバル化」についてです。

 歴史学は「現代の課題について歴史を通じて一言言う」というスタンスです。今回のは最もホットな話題のひとつです。

 

前回はこちら。

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com

 

* 字数が4000字をオーバーしたので、近代以前のグローバル化は別の機会にします。

 

 

1 大航海時代~ヨーロッパの海外進出

 

例題1 大阪大学 2008年

課題 グローバル化がどのように進んだかについて 15~17世紀 300字程度

条件1 先導した主要勢力 主要な進出先の変化

条件2 アジアの諸国家や交易ネットワークなど非ヨーロッパ世界の動きとヨーロッパとの関係

条件3 グローバル化を先導した商品や産物

 

マトリックス

 

 先導勢力

主要な進出先

アジアの諸国家や交易ネットワークとの関係

商品・産物

15世紀

ポルトガル

アフリカ、アジア

既存の国家の秩序や交易ネットワークに参入する

香辛料、生糸

16世紀

スペイン

新大陸

既存の秩序を破壊する

銀 さとう

17世紀前半

オランダ

東南アジア、新大陸

 

香辛料

17世紀後半

イギリス

インド、新大陸

 

綿布 たばこ

17世紀後半

フランス

インド、新大陸

 

毛皮

 

解答例

15世紀末にポルトガルがインド航路を開発してインド、東南アジア、中国に達した。彼らは明の秩序やイスラームの交易圏に参入しつつ、時に武力を用いて拠点を確保し、日本銀を元手に香辛料や中国産の陶器を買い付けた。またアフリカの王国と結んで黒人奴隷を新大陸に輸出した。16世紀にスペインは新大陸で既存の権力を滅亡させ、銀山開発やさとうプランテーション経営を行った。17世紀前半にオランダはインド航路を押さえ香辛料貿易を独占し、北米やカリブ海にも進出した。17世紀後半にイギリスはインドで綿布の交易を行い、また北米に入植して先住民と争いながらたばこプランテーションを拡大した。遅れてフランスもインド貿易や北米植民地開発に乗り出した。306字

 

ポイント

 ヨーロッパの対外進出の展開を書かせる。私立の入試問題の定番。

 問題は条件2。アジア地域は商人の交易ネットワークや既存の秩序(明、ムガル帝国)がしっかりしている。ポルトガルはゴアやマラッカを占拠したり、ディウ沖でマムルーク朝と戦ったりするが、種子島に漂着したポルトガル人が王直(倭寇の親分)の船に乗っていたことからわかるように、現地勢力と仲良くしながら交易圏に食い込んできた。

 その辺を新大陸での横暴な振る舞い(アステカやインカを滅亡させて、自分たちの都合のいい経済システムを作る)と比較することが必要。

 

 

類題 京都大学 2009年

課題 新大陸の発見が新旧世界にもたらした直接の影響

語句 先住民 作物

 

マトリックス

新大陸

ヨーロッパ

中国

スペイン人が既存の秩序を破壊

銀が流入 価格革命

銀が流入

原住民を酷使 銀山の開発

固定地代の領主衰退

租税の銀納化

原住民の人口が激減 

封建制衰退 主権国家体制 

経済の発展 人口増加 

黒人奴隷の輸入

商業の中心が大西洋に

新大陸の作物

砂糖などのプランテーション

東欧は農場領主制

トウモロコシの栽培

複雑な民族構成

 

 

 

新大陸の作物が流入

 

 

ジャガイモの栽培  

 

解答例

新大陸ではスペインの侵略によって既存の国家が破壊された。先住民は銀山などで酷使され、疫病などで人口が激減した。そこでプランテーションの労働力として黒人が輸入されたので民族構成が複雑化した。ヨーロッパでは新大陸の銀が流入して物価が上昇し、固定地代に頼る封建領主が没落し、商業の中心は地中海から大西洋に移った。東欧では農奴制を強化され西欧向け穀物を生産する農場領主制が広まった。またジャガイモなど新大陸産の作物が伝来し、アイルランドなど寒冷地の食糧事情を改善した。中国では新大陸の銀が流入して経済が発展し、一条鞭法など租税の銀納が始まった。また新大陸産のトウモロコシが伝来して18世紀の人口増加を支えた。299字

 

ポイント

 こちらは大航海時代の「影響」=間接的な変化を書かせる問題。リード文に「アジア」「新旧両大陸」とあることに気づく。

 最近は、価格革命は新大陸の銀が流入する前から起きている(人口増加で穀物需要が増加した)という説が主流。

 

 

2 19世紀のグローバル化

 

例題2 大阪大学 2008年

課題 グローバル化がどのように進んだかについて 19世紀~20世紀初頭 300字程度

条件1 先導した主要勢力 主要な進出先の変化

条件2 アジアの諸国家や交易ネットワークなど非ヨーロッパ世界の動きとヨーロッパとの関係

条件3 グローバル化を先導した技術や人の動き

 

マトリックス

 

主要勢力

主要な進出先

アジアの諸国家や交易ネットワークなどとの関係

技術や人の動き

19世紀前半

イギリス

中国 東南アジア

戦争で現地勢力を破る 不平等条約

 

19世紀後半

イギリス、フランス、オランダ

中国 東南アジア

植民地の分割 抵抗運動

中国人、インド人の移民 蒸気船

19世紀末

イギリス、フランス、ドイツ

アフリカ

植民地の分割

海底ケーブル

20世紀初頭

アメリカ

中国 東南アジア

中国の半植民地化

 

 

解答例

19世紀に世界の工場の地位を築いたイギリスは清朝自由貿易を認めさせ、インドや東南アジアではプランテーションを開発して、工業製品の輸出と原料の輸入という国際分業体制を築いた。この結果インド系や中国系の労働者が汽船を使って東南アジア、カリブ海、オーストラリア、アフリカへ移住した。フランスもベトナムで現地勢力や清と争って植民地を拡大した。1870年代にドイツやアメリカの工業化によってイギリスの地位は低下するが、イギリスは海底ケーブルによる通信や鉄道・海運のインフラ、金融で優位を保ち、列強のアフリカ、太平洋、中国の分割でも多くの利権を得た。これに対して従属地域では民族主義的な反乱や、近代化を受容して自己改革をする動きが生まれた。311字

 

ポイント

 進出先の変化と、自由貿易推進の19世紀前半と、帝国主義による領域囲い込みの19世紀後半という質的変化を説明するという方針をたてれば、汽船や海底ケーブルといった技術の説明がスムーズにいく。ベトナムのくだりはなくてもよい。

 イギリスの19世紀前半は「自由貿易帝国主義」と理解する。公式の植民地をたくさん持たなくても(コストがかかって無駄)、イギリスの商品は世界一なので、自由貿易(それを可能にしたのが海軍力と各地に整備した港湾施設)を推し進めて経済的に世界の覇権を握ることができる。

 19世紀後半は「社会帝国主義」と理解する。アメリカ合衆国やドイツで工業力が増し、イギリスの「世界の工場」としての地位が低下すると植民地を囲い込んで、そこに資本を投下したり、国内の失業者を移民させて社会問題を解決する。また海底ケーブルによる通信網をイギリスが持っているので、先物取引の情報収集や世界中での為替の決済が可能。イギリス以外の国もイギリスのシステムに合わせたほうが便利(デファクトスタンダードの走り)。

 

 

類題 東京大学 2013年

課題  17世紀~19世紀の大西洋、インド洋~太平洋にかけての交易によって生じた開発の内容、人の移動、それに伴う軋轢 540字

条件1 カリブ海と北アメリカ両地域 非白人系の移動

条件2 奴隷制度廃止前後の差異

語句  アメリカ移民法改正(1882年) リヴァプール 産業革命 大西洋三角貿易 奴隷州 ハイチ独立 年季労働者(クーリー) 白人下層労働者

 

指定語句から「芋づる」

  • アメリカ移民法改正(1882年)…過去問のリード文。中国系移民の禁止(北米)
  • 奴隷州…南部と北部が経済対立。奴隷州をめぐる争い(北米)
  • 白人下層労働者…アジア系労働者に仕事を奪われる(北米)

 

書くべきこと

 1 開発の内容

 

 2 人の移動

  • 北米:黒人奴隷→中国人労働者


 3 軋轢

 

解答例

カリブ海地域では17世紀より砂糖プランテーションが形成された。ヨーロッパからアフリカへ日常品や武器を販売し、アフリカから黒人奴隷を購入してプランテーションで働かせ、生産した砂糖をヨーロッパへ輸出する大西洋三角貿易が発達した。リヴァプールは18世紀に奴隷貿易の港として繁栄し、その富は三角貿易の対価として取引されたインド産綿製品に刺激されて綿工業が起こったマンチェスターに投資されて、産業革命につながった。フランス革命が起こるとサント=ドマング島で黒人の蜂起が発生し、1804年にハイチ独立が達成された。この影響でカリブ海地域では奴隷制が廃止され、かわってインド系の年季労働者が導入された。北アメリカ地域では産業革命の影響で19世紀から綿花のプランテーションが拡大し、その労働力として黒人奴隷が使用され、イギリスの奴隷貿易禁止後も奴隷制が継続した。奴隷を必要とする南部と工業化が進み奴隷制に否定的な北部が奴隷州を巡って対立し、1861年に南北戦争が発生した。この結果奴隷制度は廃止され、新たな労働力として中国系移民が太平洋岸の農園や大陸横断鉄道の建設などに従事した。しかし移民労働者に職を奪われた白人下層労働者との間で対立が生じ、19世紀後半のアメリカ移民法改正で中国系移民が禁止された。533字

 

ポイント

 「黒人奴隷が禁止された後の労働力にインド系や中国系の労働者が汽船に乗って移動した」というのは高校生には厳しい(東京書籍や実教出版の教科書には載っている)。南北戦争インド大反乱、アロー戦争がほぼ同じ頃。最難関大学ではたびたび出題されるテーマ。

 リヴァプール奴隷貿易アイルランド移民についてはNHKの『世界遺産リヴァプールの回がコンパクトにまとめてある。

 

続きます。

 

bunbunshinrosaijki.hatenablog.com