ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

「歴史総合」「地理総合」に向けての研究を参観する

 新学習指導要領で「歴史総合」、「地理総合」が導入されます。その概要も徐々に明らかになってきました。

 

教育課程部会 社会・地理歴史・公民ワーキンググループ(第14回) 配付資料:文部科学省

 

 資料8-1によると「歴史総合」は「近代化」(産業革命帝国主義)、「大衆化」(二つの世界大戦)「グローバル化(冷戦~21世紀)という3つの柱で、地域と時系列の二面から比較し因果関係を考えるのが狙いです。今まで世界史Bの「付録」扱いの主題学習が「メインディッシュ」になったといえます。

 しかし「近代化」や「帝国主義」について高校1年生が理解する、しかもアクティブラーニングの方法を用いてというのは、なかなかハードルが高そうです。

 現在いくつかの学校がこれら科目の研究開発を行っています。

 そこで11月に文部科学省研究開発学校として「地理基礎」「歴史基礎」の研究を行っている神戸大学附属中等教育学校(神戸市東灘区)の研究発表会に参加しました。

www.edu.kobe-u.ac.jp

 

 

*7月31日の別の研究会で副校長の勝山先生に「研究開発の様子をブログに載せていいですか」と伺ったところ許可を頂きましたので、その様子を伝えます(写真はプライバシーに配慮しました)。

 

 この日は参観者が多く、研究授業は体育館のアリーナで行われました。

 

 最初は4年生=高校1年生の「地理基礎」を参観しました。「持続可能な世界の構築」の「現地化の視点とグローバル化」という学習内容でした。

 生徒はここまで南インドとサブサハラの自然環境等について学んでいて、この日の前半は「現地で使える商品を開発」を生徒が考え、ポスターにしたものを参観者にプレゼンしました。

 

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 南アジアやサブサハラは未舗装でぬかるんだ道が多く、車が通行しづらい(車を押すことを仕事にしている人もいるそうです)ので、タイヤの中に液体窒素を充填してぬかるみを瞬時に凍らせて走る工夫とか、ソーラー発電を利用した携帯電話や電動四輪車など、なかなか斬新なアイデアが紹介されました。

 その後、生徒は参観者の指摘を受けて「自分たちのプランに何が足りないのか」をグループで議論しました。

    確かに上述の工夫などは購入のコストやメンテナンスが現地の人には負担です。「現地化」とは現地の人のニーズなど現地の目線で考えなければいけない、というまとめでした。

 

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 授業の狙いは、「現地化」の意味を知識として得るというより「気づく」に重きが置かれていたように思います。担当の先生も「生徒にはしんどかった」といっていました。

    確かに生徒からすれば、色々知恵を絞って立派なポスターを作った上で、「君たちの発想には問題がある!」と「ちゃぶ台返し」される訳です(常に前提を疑う文学部出身の私にはすっと入ってきますが)。

 とはいえ議論の様子を聞いていると、生徒からは「もっと知りたい、考えたい」という素直な姿勢がひしひしと伝わってきて、試練に耐えるスポ根アニメ(笑)の主人公のような「柔軟な強さ」を感じました。

 

 次に4年生の「歴史基礎」を参観しました。「アジアの近代化と帝国主義」という単元で、ここまで学習してきたことのまとめとして、19世紀末から20世紀初頭の東アジアの近代化と帝国主義について、小学生向けの教科書を作るという活動でした。

 生徒たちはこれまでのワークシートや宿題の「イメージ図」(イラスト、地図、コラム)を元に何を、どうまとめるか、議論しながら模造紙に文章を書いていきました。

 

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 しかし学習してきた内容をさらに平易な言葉に置き換えるのは(しかも時間と字数の制限あり)大人でも難しい作業です。私が見た班は真面目な生徒たちで、勉強したことをなるべく詰め込もうとして苦労していました。

 とはいえ冊封朝貢体制、日本、清朝、朝鮮王朝の「近代化」の明と暗など、教科書を読んで先生の話を聞いただけでは容易に理解できない内容を大まかに把握していて、それを前提に班員で議論しているので感心しました。 

 

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*後の研究協議で「帝国主義という概念に対する批判的考察は?」という高度な質問が飛んでいましたが、もう少し学習が進めば帝国主義を「独占資本の世界進出」以外のアプローチ(例えばナショナリズムと国民統合)で捉える必要が出てくるので、きっとこの生徒たちなら気がつくと思います。

 

 研究協議の時に勝山先生が、この研究開発の核となる「21世紀型能力」と「歴史的思考力」のあり方について説明されていました。

 現状の歴史教育は「コンテンツ重視」から脱却できない、「コンピテンシー」つまりどういう能力や学力を伸ばすのか、を議論する必要があると指摘されていました。

 しかし「21世紀型能力」という汎用的能力(基礎力、思考力、実践力)に歴史教育が従属するのではなく、生徒が「歴史的な見方・考え方」「歴史的思考力」を身につけることが汎用性能力の育成につながる、と勝山先生は力説されていました。

 

 世界史は必ずヨコ(地域)タテ(時系列)の比較と因果関係で物事を解釈します。そして「解釈」するときには必ず「私の立ち位置」、今私はどこにいて、どのような問題に直面しているのかなど自分の問題に引きつけて「問い」を立てます。

 たとえば最近の「主権者教育」がうたう「公平・中立」は、「Aさんは…」「Bさんは…」と意見を羅列するだけになりがちです。

   そうではなくて各意見を時間軸の中に位置づけたり、似た事例と比較することを通じて、主張の根拠や背後にある意図を明らかにし、批判的に考察することが主権者に必要です。そのために歴史的思考力は欠かせません。

 

 また勝山先生はアクティブラーニングが「体を動かすこと」=隣の人と話したり、みんなの前で発表すること、ではなく「脳を活性化すること」と断言していました。 

 今回の研究発表を参観して、近現代の日本史でなじみのある範囲を突破口に「近代化」や「グローバル化」について問いを立てて考えるというのは、神戸大学附属中等教育学校ほどではないにしろ多少は脳を活性化する授業ができるかも、と思うことができた一日でした。

 

 授業および準備にあたられた先生方、大勢のギャラリーの中で物怖じせず議論を戦わせていた生徒のみなさん、どうもありがとうございました。